第5章 心を前進させるとき

第八十九夜 地雷少女ルーナ

 ハクヤ達は馬車に乗ってのんびり移動中。年齢が近く、同じ世間のことをあまり知らないエレンとルーナは相変わらずの中の良さで話し込んでいて、ミュエルは運転席にいるハクヤの隣にいた。


 それは聖樹でのハクヤの言動を確かめるためでもあり、これから向かう場所を尋ねるためでもあった。


「これからどこいくの?」


「ここからだと聖王国【ルナリア】が一番近いからそこかもな」


「その場所に行くということは本気なのね......」


 どうやらハクヤは本気でエレンに隠していた秘密の一つを教える気でいるようだ。それこそ聖王国ルナリアなどエレンのためにあるような国なのだから。


「もとより隠しきれるのも限界があった。恐らくお前も見ていただろ? 俺と聖樹が話していた時のエレンの反応を」


「......そうね」


「エレンは半信半疑の様子であったがいつその事実に紐づけるかは時間の問題だ。だったら、早めのうちに本当はそう言う人物であったことを知る必要があるだろ」


「といっても、もうすでにエレンの代わりはあの国にはいるけどね。そもそも異例も異例よ。ああいう存在って二人いるものなの?」


「さあな。だが、恐らく血筋的にそういうことが出来たんだろうよ。もっとも第一継承者であるエレンよりもその力は劣るだろうが」


「どうするの? そこで“勇者”が現れたら。ずっとエレンちゃんを探し続けていて、それまで姿をくらませていたとしたら」


「どうもしないさ。そいつがエレンにとってふさわしい人だったら俺はそいつでいいと思う。俺の私情はとてもエレンに向けるべきではない」


 「そう言う割にはその答え自体私情なのよね」とミュエルは思わずハクヤにため息を吐いた。

 ハクヤがエレンを大事にしようとする気持ちは前からだが、相変わらずエレンと正面から向き合うつもりはないようだ。


 エレンも知らないエレンの秘密を明かすというから、もしかしたらと思えば......いつまでも自分の過去の罪と向き合っている。


 それ自体は悪いことではない。むしろどこまでも追及すべき咎である。

 いや、だからこそなのかもしれない。だからこそ、正面から向かい合うつもりはない。光と影が交わらないように。


 ミュエルは「自分も似たようなものね」と思わなくもない。同じ罪にまみれた同士で上手く寄り添っていけるほどこの世界も人の心も単純じゃない。


 自分の気持ちに障害が立ち、周りの環境に障害が立ち、そして相手の心に障害が立つ。最低でも三つの障害を突破しないと変わらないほどに複雑なのだから。


「ハクヤ.......あなたは今でも幸せに生きたいと思ってる?――――自分のために」


 ミュエルは三角座りをして両膝に腕を回してホールドする。まるで今のミュエルの心の状態を表しているかのように小さくなった。


 とはいえ、ミュエルがそう聞いたのは少なくとも三つの村や街での騒動を踏まえて、エレンと始めた旅の時に思っていた心に何か変化があったのかと思ったからだ。


 少なくとも、打ち明けることがないだろうと思っていたエレンの秘密をハクヤが教える気になったのは大きな変化があったからだと言える。


 それに対してハクヤは少しだけ遠い目をした。


「どうだろうな。深くは考えたことなかったけど、今でもエレンが幸せな人生を過ごしていくのを眺めていたいと思ってる。そのためなら命は惜しくないと。だけど......」


「だけど?」


「俺らしくもなく欲深くなって来ててさ。もう少しお前らと旅を楽しみたいと思ってる。早くエレンには所帯を持って幸せな生活を送ってほしいと思ってるくせにな」


「......」


 ミュエルはその言葉に思わず静かに目を見開いた。それは珍しくハクヤが自分ハクヤのために行った願望であったからだ。


 今までは何がどうあろうと「エレン」という言葉がついて回り、ハクヤの人生はエレンのためにあると言っても過言ではなかった。


 しかし、そのハクヤが自分の願いを吐露した。それはミュエルにとっては衝撃的な事実で、同時に自分に対しても希望が湧いたような感じであった。


 自分でも願いを言っていいんだとということ。今までずっと押し殺そうとしてきたのは、憧れであったハクヤがそうしてきたからともいえる。


 しかし、そのハクヤが自分の願いを吐きだしたとなれば、ミュエルとてもはやその心の想いを止める障害は何もなくなった。


「私もいたい。ずっと一緒に......」


 思わず漏れ出た言葉。「誰と」という言葉がないのでハクヤには正確には伝わらないだろうが、それでも確実に漏れ出たような自分の願望にミュエルは思わず顔を赤くする。


 クールでいた自分ではあるまじき行為である。それもハクヤに対して告げたことに。もはやこれは自分の中では告白に等しく、ハクヤの隣でいるせいか心臓はバックバクである。


 それに対して、ハクヤは微笑しながら告げた。


「そうか。俺と一緒だな」


「.......っ!」


 落ち着け。ハクヤは勘違いしている。ハクヤの言葉はあくまで「今のメンバーと」だ。自分の「ハクヤと」ではない。


 しかし......だがしかし、どうしよう顔がニヤけてしまう。口角がせり上がってきて、顔は熱いし、心臓は更に飛び跳ねるように鼓動を繰り返し、頭の中も少しフワフワしてきた。


 そのせいか耳はぺたんと折れていき、代わりに尻尾は激しくゆらゆら。ああ、こういう時に感情が表に出やすい獣人の血が恨めしい。


「でも、自分がハクヤを意識してるのは本当で、でもでもそう簡単に告げれる想いじゃなくて......けど、ここにいると心臓が張り裂けそうだし、今すぐ逃げ出したい。でもでも、急に動くと変な勘違いされるかもしれないし......どうしよう!」


「......ルーナ、なに言ってるんだ?」


 ハクヤは訝しげな様子でミュエルの耳元で囁いてるルーナを見ている。明らかに何かを吹き込んでる感じだ。


 「その言葉にシンクロしてミュエルが動いているのはすごいと思うが、それって後でルーナは大丈夫なの?」という気持ちも束の間、ルーナに気付いたミュエルは思わず目が点になった。


「にゃあああああ!?」


「あははは、ミュエルん恥ずかし――――へぶしっ!」


 耳から尻尾までビクンと真っ直ぐに立ったミュエルは普段出すこともないような驚きの声とともに、目にも止まらぬ速さのネコパンチ。


 その拳をルーナの顔面をはたき、そのままぶっ飛ばした。その光景を見ていたエレンは「今のはルーナが悪いと思うよ」とそっとルーナの顔面に治癒魔法をかけていく。


「ルーナ! 何の真似よ!?」


「どうどうどう、落ち着いてよミュエルん。そんなにカリカリしちゃダメだよ」


「誰のせいでこうなってると思ってるの......」


「いや~、どうにもイチャイチャしているミュエルんを見てイジリたくなっちゃって。ほら、好奇心は猫を殺すって言うでしょ?」


「あんた鬼でしょ」


「鬼も猫も一緒だよ! 好奇心には同じく勝てない!」


「ってことはまた隙あらばイジると?」


「うん!――――って、あああああ! 待って落ち着いて! ミュエルん!」


 ルーナの元気のいい返事にミュエルは正しく猫のような鋭い飛びつきでルーナのマウントポジションを取るとルーナの頬を思いっきりつねっていく。


 それに対してルーナは鬼人族の強肩を活かして振りほどこうとするが、ミュエルががっちり抑え込んでいて逃げることはできない。


 そして、ミュエルは「さっきから何気なく言ってるミュエルんって名前はなんなのよおおおお!」と別の怒りの再充填も済ませてルーナに罰を与えていく。


 そんな普段見ることもないミュエルの光景を見てエレンは思わず堪えきれなくなって笑い、ハクヤはそれを振り返ってしり目に見つつ「ミュエルも意外に子供っぽいな」と内心で思った。


 そして、しばらくのお仕置きが終わった後、ミュエルと位置が入れ替わったようにハクヤの隣にルーナが座る。


「頬が真っ赤だな」


「痛い。すごく痛い。ヒリヒリする。途中、エレンちゃんも『練ったパンみたい』といって触りに来たときは終わったと思ったよ。もうただ恥ずかしさを紛らわせてあげようと思っただけなのに」


「あれでか。っていうか、微塵も反省してねぇな。それで? ミュエルは?」


「あれ? 気になります?」


「俺がお前に手出しできないと思ったら大間違いだぞ?」


「荷車の方でふて寝してます、はい!」


 ハクヤのニコッとした顔にルーナは咄嗟に告げた。しかしすぐ後に、「それって具体的にどういうなのか気になる」とか呟いてるので手に余る。


 実際、ルーナに出来たとしても限界までくすぐるか鬼のような訓練という名のしばきであるかだ。もっともやりやすいのは後者であるが。


 どうして若干妄想して楽しそうな顔を浮かべているのか。もしかして、ミュエルを弄っているのは案外被虐それ目的だったり?


 だとすれば、是非ともエレンのいないところでそこいらの性癖は処理して欲しいものだ。少なくとも、エレンの教育上に悪いのは確か。


 すると、ふいにルーナはハクヤに対して質問してくる。


「そういえば、『お前らと旅を楽しみたい』って私も数に入ってたりする?」


「なんだ急にしおらしくなって。さっき見たいなバカ騒ぎはどうした?」


「ハクヤさんが私をどういう風に見てるかちょっとわかって悲しくなりましたけど、それでもいいから答えてください!」


「そりゃあ、当たり前だろ」


「......っ!」


 ハクヤの思わぬ即答にルーナは思わずビクッと反応し顔を赤らめる。そして、「えへへ、そっか」と小さく呟き、その言葉を頭の中で反芻させていく。


「それじゃあ、確かエレンちゃんは『娘』で、ミュエルんは『妹』だったし、私はもしかしてこ――――」


「はーい、ルーナちゃんは戻ってきましょうか~」


「ヒエッ!」


 何かを言いかけたルーナの肩からにゅっと笑顔のエレンが飛び出してきた。その顔はいかにも笑っていない。むしろ、怖い。


 そして、エレンはルーナの肩をミシミシとでも言いそうな強さで掴むとそのまま荷車の方へと連れ戻していく。


 ハクヤはその光景にデジャヴを感じながらそっと目を背け、「地雷少女だな」と再び聞こえてくるルーナの叫び声に耳に蓋をさせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る