第八十八夜 聖樹からの贈り物

 出立の朝、ハクヤ達はハウズやティアに迷いの森の案内をしてもらう前に、予定通り聖樹のもとへとやって来ていた。


「はぇ~。見るのは三度目だけど、じっくり見るのはこれで初めて......でっけぇ」


「ほんとだね。遠くからでも十分に大きいとは思ってたけど、間近で見るとほぼ首を上げて見るだけで、正直首が痛い」


「あの木に登ったら何が見えるんだろう」


「ふふっ、ここに初めてくるエルフの子供達も同じような反応しますね」


 ルーナ、エレン、ミュエルの順で感想を述べていく。その全て聖樹を足元から見て出てくる圧倒的な迫力に対する言葉であった。


 ハクヤはその聖樹をじっくりと見ながら声をかける。


「まだ起きてるか?」


『......ああ、まだ意識はあるぞ。もうじき飛びそうであるがな』


「そうか。なら、間に合って良かった」


「ハクヤ、話しかけてるけど何話してるんだろう?」


「さあね、挨拶するって言ってたし声をかけただけなんじゃない」


 ルーナの言葉にミュエルは反応しながらチラッとエレンの様子を見る。それはエレンの表情を確認するため。


 その表情は案の定であった。思わず言葉を失っているようであるが、あの顔は明らかに聖樹の声が聞こえてるという反応だ。


 ミュエルは思わずため息を吐く。ここにエレンを連れてくるのは間違いだった。本当の意味でハクヤの願いを叶えるのであれば。


 聖樹の声が聞こえる。つまりは、エレンもまた特別な存在であるということの証。

 しかし、それをエレンが知ってしまうことは後にも先にもハクヤはいずれエレンに真実を話さなければいけなくなったということ。


 しかし、ハクヤがこのエレンの反応を予想できなかったはずがない。だからこそ、ミュエルはハクヤが何を考えてるかわからなかった。


 そんなミュエルの視線に気づきつつも、ハクヤは努めて聖樹と向き合う。


「別れの挨拶にね。あんたの足元で随分と派手なことをしたし。それにここであんたの守り人を殺したしな」


『仕方ないことだ。それにどんな形であれ、いずれは淘汰される命。寿命でも病でも争いでも事故でも等しく死は変わりない。

 それにワシはこの世界の管理者であるぞ? 一体何十、何百万の人生を見送ってきたと思ってる。今更死に優劣を決めるつもりはない』


「そうか。そっちの方が俺的には助かる。聖樹に目の敵にされちゃ、さすがに逃げれないからな」


『はっはっは、動けぬワシに何が出来ようか。それよりも、この命尽きる前にお前達に渡しておきたいものがある』


「渡しておきたいもの?」


「どうしたのハクヤさん? 聖樹さんが何かくれるって?」


「みたいだな」


 ルーナの質問に答えつつ、黙り込んだ聖樹を見つめるハクヤ。すると、聖樹は唸り声を上げるように葉を一気にざわつかせた。


 森が鳴いているようだ。普通に聞いた葉音よりも数十倍は大きい音が周囲に響き渡り、その直後に聖樹の葉の一つ一つが一斉に光り始めた。


 そして、その光は枝を伝って幹に入り、根本付近まで降りてくると幹すらも透かすような溢れ出る光を放ち始めた。


 明らかにその光の中に何かあるといった感じだ。その光に導かれるようにハクヤは歩き出す。


 ハクヤが向かって来るのに合わせ、聖樹の頭の方から二本の太いツタが降りてきて聖樹の光ってる部分にツタ先を合わせると両開きにしていく。


 そこにはまるで聖樹の心臓であるかのような脈打つ光の球体があった。琥珀のようなそれの中心には青白く光る四角い物体があった。


「これは......?」


『まずは手に取れ。ワシ、今かなり無理してるのだからな』


「あ、すまん」


 ハクヤはその球体に手を突っ込むとまるで押し返されるような柔らかい弾力を感じながら、それでも濡れてるような感覚はなくその四角い物体に手を伸ばしていく。


 そして、手に取って引き抜くとそれは人差し指と親指で摘まめるほどの小ささであった。サイコロほどの大きさと言えよう。


 触った感覚的には固い。爪を立てても傷がつく様子はなく、当然変形も見られない。とりあえず、魔力を流してみて――――


『絶対に魔力を流す出ないぞ』


「おっと。つい昔の職業病でわからないことは調べたくなっちまう感じで。それで? これは一体?」


『それは聖樹の涙。いわゆる禁忌に触れる蘇生が行える唯一の回復道具と言っても過言ではない』


「おいおい、そんな代物をどうして俺なんかに?」


『お主はこれからより一層過酷な道を辿る。これはあくまでワシの予測だがな』


「いいか? 遥か太古から生きている聖樹が経験則で予測した場合、それは俺達にとっちゃ未来予知と変わらないんだぜ?」


『だったら、用心することだな。いつ、どのタイミングでかは定かじゃない。しかし、必ず使うタイミングはやってくるだろう。せいぜい早くに使い過ぎないようにな』


「逝くのか?」


『ただ生まれなおすだけだ。また行く末を見守ってるぞ』


 その瞬間、聖樹はその全身に光を満たした。あまりにも眩しくて目を開けることも叶わず、開けたとしても見えるのは白一色で失明するだけであろう。


 その光は数秒間と続き、ようやく光が収まったと言うときにはハクヤ達は目の前に見えるそれを見て目を疑う。


 そこにあったのは苗木。地面から生えた双葉。誰しもが植物を育てたうえで見たことのある双葉の苗だ。


 とはいえ、その大きさは優に十メートルは超えていてもはやその図体だけで言えば立派な木である。

 その姿に「そりゃあデカくなるわな」とハクヤは苦笑いを浮かべた。


 それから、ハウズとティアに迷いの森の案内をしてもらい森を抜けた後、別れの挨拶をした。


「最後まで世話になりっぱなしだったな。ありがとう。ハウズさんも」


「いえいえ、お気になさらず。まさか聖樹様の若返りの瞬間に立ち会えるなんてもはやこんなに嬉しいことはありません」


「若返り?」


「聖樹様は数万年単位で老体化した体を新しくするためにその体を作り直すとされている。とはいえ、さすがの長命種の私達でもそこまでは生きられない。

 だから、この瞬間はもはや一生起こらない奇跡を見たのと同じ。それを見させてくれたのも、そして村を守ってくれたのも全てハクヤ君達のおかげだ。ありがとう」


「また是非遊びに来てくださいね。今度はで」


 ティアはそう言いながらニヤニヤした様子でエレン、ルーナ、ミュエルを見回していく。

 その視線にエレンは決意の表情で頷き、ルーナは顔を赤らめて下を向き、ミュエルは頬を赤く染めてティアから目線を逸らし続ける。


 しかし、恋を体験して一児の母であるティアの目に見抜けぬものはなし。どんなにはぐらかそうと見抜いてしまう。というか、意外とわかりやすいのだが。


 故に、ハクヤが通常運転であるのが少し気に食わないところであるが、そこは各々のペースがあるだろうとティアはただ三人に強いまなざしのサムズアップを送る。


 そして、ハウズとティアは迷いの森の先にあるエルフの森へと帰っていた。

 ハクヤはその後姿を見送りながら「よし」と呟くとルーナに向き合う。


「お前はこれからどうする?」


「え? んぁ~、そうだね......何も考えてなかったなぁ」


 ルーナはふとやや白い雲がかかった青空を見る。ぼんやりと見つめながら、いろいろあったエルフの村での騒動を思い出した。


 自分のせいでハクヤ達にはたくさん迷惑かけてすごく申し訳なかった気持ちもあるけど、それと同じかそれ以上に楽しい思い出もあった。


 エレンという同じ年の同性がいたからでもあるし、ミュエルというイジリ甲斐のある年上の姉的存在とも出会えた。


 それはルーナにとって幸せな時間でもあった。いや、だからこそなのかもしれない。これ以上、大切な二人を危険な目に合わせないためには。


「......私はどこか――――」


「来いよ。俺達と。どうせ行く当てがないんだったらな」


「......え?」


 急に突風が吹いたように髪がなびき、森がざわめき、そして目の前に立つ三人はもうすでに仲間と言わんばかりのいい表情で立ち尽くしていた。


 逆光のせいかどうにも神々しく見えてしまう。いや、きっとそういう風に自分自身も見出してるのだろう。


 しかし、上手く声が出ない。ふとエルフでの村での原因の一つが自分の不注意から招いたことであると思って固まってしまう。


 そんなルーナにハクヤはそっと手を差し出して告げた。


「お前が俺達に恩返しがしたいというなら、当然俺達の近くじゃなきゃな。それにお前の存在は俺のためにもなる」


「......うん!」


 ルーナは目元にうっすら涙を浮かべながらハクヤの手を取るとそのまま懐まで飛び込み抱きついた。

 その突然の行動にエレンは思わず「あーーーー!」と旋律の表情で叫び、ミュエルも表情に出さないが耳と尻尾がピンと立っている。


「ルーナ、離れなさい! そこは私の特等席で! それから、ハクヤもさっきのセリフについて説明してもらうから!」


「死ね、たらし」


「ハクヤさん、どこまでもついていきます」


「なんかお前ら変な意味で捉えてね!?」


 和気あいあいのままハクヤ達は馬車に乗り走り出した。


******


 聖樹の森のとある場所、そこには若い女と老人がいた。

 若い女は赤い表皮がついたドラゴンの肉に魔力を当てながら何かを調べる様子であった。


「やっぱり、この一部分からは聖女の魔力があるわ。どうやら聖女は本格的に生きているようね」


「全く、お主さえやる気を出していればもっと早くにわかったものの。結局ワシが与えた兵器もダメにして、【召喚王】の奴は死んでしまったではないか」


「私は興味がなかったからしなかっただけよ。だけど、聖女がいるのなら別よね......それに死神ちゃんにお付きのネコちゃん。うん、素晴らしいわ。久々にやる気がでちゃう!」


「はぁ、相変わらず【魔法神】はマイペースでいかんわい」


「そういう【不死王】じいさんも【召喚王】ちゃんが殺されたよりも生物兵器が殺された方がショックなんでしょ?」


「当たり前じゃ! あれを作るのをどれだけ!......とはいえ、やはり【死神】相手にはちと早かったのもあったな。次は改良せんと」


「あなたも十分マイペースなんだけどね」


 そう言いながら【魔法神】と呼ばれた女はぼんやり目の前に置かれた肉を見つめた。その様子に【不死王】は尋ねる。


「どうかしたのか?」


「聖女がいるところには勇者ありというよく聞く言い伝えを思い出しただけよ。でも、ああいう言い伝えは嘘っぱちってことね。なら、に頼んでみようかしら」


 【魔法神】は不敵に笑う。その様子に【不死王】は嫌そうな顔で告げた。


「ババアになっても顔だけは昔のままだな」


「何言ってるのよ? 私はまだ百とちょっとしか生きてないわよ!」

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