第六十五夜 迷いの森

 エルフの森に向かって走り続けて数日、ハクヤ達は迷いの森にやってきていた。


「相変わらず、あたり一面に濃い霧が発生してるな」


「それに、まるで惑わすかのような特徴的な木々ばかりで逆に判断が尽きずらい」


「加えて、その木の一本一本が大木のような太さだし」


「まさに樹海って感じだね」


 見上げるマングローブのような高さの木が周囲を取り囲み、足場の悪い地面からさらに根っこを露出させて至るところに生え伸ばす


 馬車で通行できる道幅はあるものの、それ以上に足場の悪さが馬車の運転の不向きさを表している。


 とはいえ、もう迷いの森に入ってしまった以上、馬車を置いていくのは魔物に餌を与えているようなものだし、何よりまだ新品なのにもったいない。


「にしても、迷いの森って本当に迷いそうだよね。まあ、だからそういう名前なんだろうけど」


「原因はこの周囲を覆う霧だろうな。この霧は水蒸気が作り出す霧にさらにこの土地特有の濃い魔力が合わさって認識を紛らわしくさせるんだよ」


「つまり、人族が道しるべに使う探知魔法を使ったところで霧の濃い魔力に反応して現在地すら特定できない。ここを突破したいのなら、魔法に頼らない手段が必要」


「それじゃあ、今こうして走っていられるのは感覚探知である獣人のミュエルさんのおかげってことだね」


「ありがとう、ミュエル」


「ふふ、どういたしまして」


 エレンの誉め言葉に少しだけ表情を軟かくするとミュエルはエレンの頭をそっと撫で始めた。

 その光景を尊い感じで見ていたルーナは何かをピーンと思いつくとハクヤに告げる。


「ハクヤさんハクヤさん、あなたもミュエルさんに感謝の言葉を述べた方が良いんじゃないかな? 普段、あまり言えてなかったりするんじゃない?」


「ちょ、ルーナちゃん!」


 突然ハクヤに話題を振ったルーナにミュエルは思わず慌てる。ラブコメで言えば、まるで主人公に恋するヒロインの女友達的ポジションだ。「ぐいぐいいっちゃいなよ。あいつ鈍いんだから」みたいなことを言う奴。


 確かに、言われたい気持ちがないわけではないが、こう言わせてるような感じであまり良い気がしない。言ってもらうならもっと自然に――――


「ああ、そうだな。いつも助かってる。ありがとな」


 あまり......いい感じはしない......はず。


「あれれ~? 尻尾が揺れちゃってますよ~? やはり獣人の皆さんは感情に素直――――痛たたたたた!」


「ミュエル、落ち着いて。頬が伸びてる! 伸びてるから! ルーナも謝って!」


「ごふぇんふぁふぁい」


 羞恥心と怒りが爆発したミュエルは無言でルーナの頬を引っ張り始める。その痛みにルーナは涙目になり、ルーナの手をタップし続けるが終わる気配がない。


 すぐに止めに入ったエレンであったが、半分ぐらいは「自業自得だよね」とも思ってる。ドライではない。正当な罰だ。


 そんな三人を「なにやってんだ」と見つめるハクヤはふと今の状況を思い出し皆に聞いてみた。


「そういえば、エルフの集落に向かう場合は大概この迷いの森を突破しなくちゃいけないんだけど、あのダークエルフ......魔族はここを突破できるかが疑問だ」


「数少ない別ルートの方へ向かったんじゃない? まあ、徒歩で移動したとすれば、遠回りの道だからそれなりに距離がかかるけど」


「痛たたた......そういえば、魔族も感覚探知を持ってないの?」


「持ってる種族は少ないかもな。大抵は魔道具に頼るが、魔力が濃いこの一帯では恐らく正常な動きはしないだろうな。加えて、魔力が濃いせいかここに住む魔物は良く育つ。走るぞ!」


 ハクヤは馬に鞭を叩き、加速させた。その直後、馬車の背後から太い気をなぎ倒しながら一匹の巨大な熊が現れた。


 その熊は左目に傷を負い、大きさは7、8メートルほど。何日かまともな食事にありついていないのかよだれを垂らしながら馬車を追う。


「おっきいね。それに霧に紛れられやすいように体が白い毛で覆われてる」


「あれはミストルベアーね。獰猛で特徴としては周囲の霧を操る」


「まだ来るみたいだよ。近づいてきたからわかるけど、木々を移動しながら馬車を取り囲んでいる魔物がいる。恐らくスローモンキー」


「そいつは厄介だな。すまない、迎撃を頼めるか」


「「「もちろん」」」


 ハクヤの頼みにミュエル、エレン、ルーナは力強く答えると三人はさっと馬車の上に乗った。三人が乗れるスペースはギリギリしかなかったので、立っているのが精いっぱいだ。


「ルーナちゃん、ここでの大振りはできるだけ避けて斬撃だけで対処することは可能?」


「可能だけど、あたし的には飛び込んでいった方が良いかな。何かロープとかもってない?」


「そこまでの無茶は頼めなかったからそう聞いたんだけど......やってくれるのなら任せるわ」


「ミュエル、私は?」


「エレンちゃんはあたしと一緒に迎撃に専念して。相手も私達も動いてる。しっかりと動きを予測して撃つんだよ」


「わかった。グレンちゃん、接近された時頼むね」


「キューイ!」


 ミュエルは手元に氷の弓矢を携え、エレンが肩にグレンを乗せながら杖を構えた。

 エレンがダンジョンで使った特大魔法を使って以来ずっと眠りっぱなしだったグレンが突然起きたことにルーナは「何それ」と興奮気味に反応した。


 すると、ルーナは馬車の屋根から足を踏み外し、そのまま落ちていく。


「あああああ~!」


「「ルーナ|(ちゃん)!?」」


 それを見たエレンとミュエルは思わず唖然とするが、どうやら命綱のロープだけはしっかり巻いてあったようで、加えてルーナ本人も巨大な斧を地面に叩きつけて落下ダメージを防いでいた。


 なんとも慌ただしい人である。とはいえ、やることがあるのは二人とも同じ。エレンとミュエルはそれぞれ反対側の木を伝って走るスローモンキーに武器を構えた。


 ミュエルは三本番えた矢を力強く引くと一気に解き放つ。その三本の矢は移動する馬車によって少しそれていくが、しっかりとスローモンキーの三体を仕留めた。


 エレンも<閃光フラッシュ>で相手の動きを一時的にかく乱するとすぐに<白熱球ホワイトボール>で木から落下したスローモンキーを狙い撃ちしていく。


 すると、スローモンキーが冒険者が巻くような腰ポーチから果物を取り出すとそれを豪速球で投げてきた。


「相変わらず名前に恥じない速さね。エレンちゃん、あれは絶対に直撃しちゃダメ。必ず迎撃して」


「わかった。空壁マラナ


 周囲にいるスローモンキーが一斉に適当な投球フォームからのプロ野球選手顔負けの急速で紫色の果物を投げてくる。


 その果物をミュエルは矢で射貫きそのまま凍らせていき、エレンは物理衝撃に特化した透明な壁を空中に展開してその攻撃を防いだ。


 すると、紫色の果物はエレンの設置した壁に防がれると同時に押し潰れシューと紫色の煙を発生させた。色からしてよろしくない色だ。


「あれはなんなの?」


「あの果物はボンゴレの木から作られる“偽物”の果実。本物の果実が食べられないようにするためにボンゴレの木が作り出した強力な毒性を持つ果実よ。

 食べなくても傷つけただけでその個所か果実の毒性が気化して周囲に広がるから厄介。触れるのは問題ない。ちなみに、その毒を吸っただけで呼吸困難、身体麻痺、高熱、嘔吐などなど」


「うわぁ.....その毒が気化したときの持続時間は?」


「持続時間はあまりない。毒が漏れて30秒ほどで無毒化されるから下にいるルーナには問題ないわよ」


「よかった」


 エレンは思わず危惧したことに対する憂いが消えるとスローモンキーを倒すことに集中した。


 その一方で、馬車の外に出たルーナは命綱があるから一定以上は離れないとはいえ、引きずられないように常に後退しながらミストルベアーと対峙していた。


 基本的には走って近づいてくるミストルベアーの攻撃を捌き、その隙に入り込んで攻撃を加えるという感じだ。


 しかし、基本的に(馬車から離れないように)後退しながら攻撃を加えるためどうしても大きな攻撃が加えられない。


 かといって、綱を斬ってしまえば右も左もわからない場所で魔物とずっと戦うことになってしまうので、それもできない。


「う~む、相手がもっと近づいてきたりすればなぁ」


「グルルル!」


「ん?」


 ルーナが愚痴っているとミストルベアーはルーナを睨みながら唸り、周囲の霧を一か所に集めるがごとく自信を覆うように霧を作り出した。


 それによって、ルーナの視界はほぼ白一色。かなりの視界の悪さでロクに自分の足元すら見えない。


「グワァ!」


「おっと!」


 するといきなり、ミストルベアーがルーナの右側から爪で引っ掻いてきた。その攻撃に咄嗟に対処するものの、攻撃しようとしたときにはもう敵は霧の中。


 今度は正面から三本の斬撃が地面を抉りながら直進してくる。馬車を壊すには十分な威力だ。

 ルーナはバックステップで下がりながら両手で持った斧を大きく横に振るう。


 それによって、斬撃を弾き返すことに成功。しかし、その先から反応が見えない。その直後に、左側に回り込んできたミストルベアーが鋭い牙を見せつけながら噛みつこうとする。


「もういい加減に面倒!」


 ルーナは振った武器を戻しながら、今度は力強く踏み込んで横向きに振りぬいた。

 斧の反対側には金槌が付いていて、それは停滞していた空気を思いっきり弾き飛ばすような衝撃波を作り出す。


 ミストルベアーの顔面に金槌の衝撃が加わった直後、弾き飛ばされた後に金槌の軌道を追うように強い突風が追撃してくる。


 それはまるで空気の拳でミストルベアーの作り出した霧が一部晴れていく。しかし、完全に晴れないということはまだ敵は生きているということだ。


 ルーナが「意外にタフだな」と思わず辟易していると突如として周囲から声が聞こえてくる。


「後は我らに任せよ」


 その言葉の直後に降り注ぐのは馬車よりも前方からの弓による攻撃で、それらは全てルーナを避けるようにして霧のある一か所に矢が吸い込まれていく。


 ルーナはすぐに馬車の屋根まで戻っていくと先ほどまで発生した濃い霧が消えて、ミストルベアーが倒れている姿を発見した。


 そして、そのミストルベアーを誰がやったのかと周囲を見渡してみるとすぐに理解した。


 周囲の木々には霧でハッキリ見えないが、ところどころ見せる白い肌に金髪、長い耳――――エルフの人達が立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る