第六十四夜 誰か、誰か止めて!

 ガタンガタンと馬車が揺れている。舗装されていない道を走っているから当然のことだ。

 辺りは鬱蒼とした森に包まれていて、それでも少しでもマシな通り道を探しながら馬車を走らせる。


 ルーナと出会ってから一晩が経ち、ハクヤ達はエルフの森に向かっていた。

 昨日結論付けたダークエルフの正体が魔族であるならば、できる限り急いだ方が良いと思ったからだ。


 直接的な会話はしていないが、ハクヤとミュエルの中で一致している考えがある。それは影楼そしきがかかわっているということ。


 それは少なからず同業として働いたことがある故の内的事情であり、ハクヤに至っては過去に魔族とかかわったことがある。


 ハクヤがいた“影楼”は基本的に何でも屋だ。情報操作、暗殺、死体処理、傭兵などいろんな(主に後ろ暗い)職を扱い、依頼者は他種族にわたる。


 その影楼そしきの中で一番のお得意様が魔族であった。あくまで中立的な立場であるこの組織において、敵対する人族の主要人物の暗殺を多く注文したのだ。


 殺す相手が国の重鎮であればあるほど報酬は高くなるためにそう簡単に連続で依頼を出すことは難しくなるが、中立的立場にいるその組織を魔族側の手下と人族に判断させるには十分だった。


 もともと暗い過去を持つ人達が多かったために、組織のほとんどが真っ当な職について働いている人達と比べれば明らかなはみ出し者であった。


 故に、国を守るためにということで国民に恐怖を与えるようなはみ出し者は討伐対象となり、はみ出し者であるがために魔族と共謀していると捉えられてしまったのだ。


 きっと今更ながら、そうさせることが魔族の狙いだったのだろう。

 ただずっと中立的に仕事を全うしてきただけなのに、いつしか依頼はほとんどが魔族からしか来なくなった。


 そして、人族との敵対に決定づけられたのが、とある国の国王夫妻及び血族を暗殺すること。それはハクヤの裏切りによって8割ほどの成功で幕を閉じたが、人族からは完全に敵対対象となった。


 それからはその組織も魔族の子飼いのような状態だ。もっともハクヤの見立てではといった感じであるが。


 故に、ハクヤとミュエルはその魔族という言葉の背後にその組織が再び絡んでいるのではないかと思われる。


 前の町で戦ったリュートのように今回も幹部の誰かがかかわるような、そんな嫌な予感がする。

 一応、足取りを掴まれないような工夫をしたところで、あんなものはただの時間稼ぎに過ぎないから。


 「いずれはこっちから打って出ないといけないのか」とハクヤは考えながら馬車の操作に集中する。

 その一方で、ルーナは荷馬車から見えるハクヤの後ろ姿を見て思わず呟いた。


「にしても、ハクヤさんって何者なのかな?」


「急にどうしたの? ルーナちゃん」


「いや、ちょっとね。あたしが戦っている時にハクヤさんが助太刀に来たんだけど、その時に見せた幻視というか......自ら死を想像させられるイメージ? があまりにも衝撃的過ぎて、今もこんなに穏やかな感じが違和感あるんですよ」


「あー、その節はこちらからも謝っておくわ。うちのハクヤが申し訳ない」


「いえいえ、謝って欲しいとかじゃなくて! ただ、あの殺気は少なからずいくつもの修羅場をくぐってきているか、もしくはかつてそういう仕事をしていたかとしか思えなくて」


 ミュエルは表情には変えなかったが思わず「鋭い」と内心呟いた。

 ハクヤの見せた殺気でそこまで推測が立てられるのは、同じそれなりの修羅場をくぐってきた人だけ。


 少なからず組織内にはルーナのことに関する情報はない。ということは、全く別の出か経験者故の感受性か。少なくとも、ミュエルは少しだけルーナの警戒度を上げた。


「そういえば、ハクヤさんがエレンさんとミュエルさんを“娘”と“妹”と言ってましたけど、実際どうなの? ミュエルさんは当然だけど、エレンちゃんもハクヤさんと似たようなことはないし」


「それは......」


 エレンは答える前にミュエルに確認を取った。言葉ではなくアイコンタクトでだ。それはすなわち、ハクヤと自分の関係性をどこまで話していいかというもの。


 しかし、ミュエルはそれに対するアイコンタクトをせずに目を瞑ると代わりにミュエルの背中をポンッと叩いた。


 エレンはその意味がなんとなくわかった。それは自分が良いと思うところまで話していいということ。


 ミュエルはルーナの警戒度を上げているが、信用できない人物ではないと判断している。その上で話す選択権をエレンに譲渡したのだ。


 エレンはミュエルが少なからず信用“は”できる相手だとわかると主に自分中心にハクヤとの出会いから今までを話し始めた。


 そして、話し終わると今度はミュエルが組織の内容は伏して話し始めた。それから、話し終わるとルーナはなぜか泣いていた。


「うぅ、ハクヤさんはいい人ですねぇ......」


「うん、ハクヤはいい人だよ。そして、私が最も信頼できる人」


「相変わらず感情が豊かね」


 とはいえ。ミュエルはその言葉をハクヤが聞いたならば全力で否定しそうだなと思った。そして、その思いが理解できた。


 簡単に言えば、後ろ暗い過去を持つ人にとって優しい言葉、誉め言葉は毒である。

 人を殺してきた人がその罪を償って人助けをしたところで、それは償いの延長線上でしかない。


 故に、償うことのために当たり前のことをしているだけであって、決して褒められるべき行動じゃないのだ。


 自分がどういう人間かは自分が一番理解している。当然だ、自分の体であるのだから。

 だとすれば、当たり前の償いをしているだけで褒められるとどうなるか。簡単だ、自己嫌悪が纏わりつく。


 「褒めてくれる」それは自体は素直に嬉しいことだ。しかし、自分の本性を知っているが故に、誉めてくれる知らない人を騙しているようで苦しくなる。


 きっと本性を表せばその苦しみからも解放されるだろう。しかし、それは自らが本性みずからを封じ込めた足枷。決して取り外してはいけないもの。


 故に、その苦しみはどこまでも永遠だ。それから逃れるのは二つ。その足枷を外すか誉め言葉どくから逃げ続けるか。


 現状、ハクヤはそのうち後者を取っている。故に、エレンの幸せに過ごせる日がやってきたのなら本人は消えると豪語しているのだろう。


 そのあまりにも暖かな空間は太陽そのもの。そして、ハクヤを例えるならば蝋の翼をつけたイカロス。


 今はまだ落ちはしないがそれも時間の問題。ハクヤの問題が全て解決したその時には真っ逆さまに落ちるだろう。


 しかし、ハクヤにとってはそれでいいのだ。たとえこの身が焼き焦がれようとも、そのエレンの幸せこそが願うべきことなのだから。


 そしてまた、それはミュエルも同じ。いつまでも自分を縛り続けてる解けない呪い。きっとハクヤを追ってあの世界に踏み出した時からわかっていたことだ。


 だが、ミュエルは言ってあげたかった。それがたとえハクヤの気持ちを理解していたとしても。


「ええ。ハクヤはいい人よ。昔っから不器用に悪人ぶってね」


「「......」」


 その時のミュエルの顔は切なそうな表情をしながらも、確かにただ一人の好きな人を想う乙女の顔をしていた。


 本人的には「たとえハクヤの内情を知っている人がいても褒めてあげる人がいてあげてもいい」と思っているだkなのだが、どうやらそれ以上に言葉にならない想いが溢れ出てしまっていたようだ。


 そして、それを本人も気づいていない。しかし、ルーナとエレンはしっかりと見た。目をぱちくりさせるほどに。


 加えて、エレンのミュエルが抱えるハクヤに対する疑惑的想いに対して確信がいった。もっともそれを口に出すことはしないが。


 ミュエルは二人がジーっと見ていることに気付くとハッとなり顔を赤らめる。それから、言い訳するように慌ただしく話し始めた。


「こ、これは違うのよ!? ただ昔っから不器用で、偽悪的に振舞っていてたタダのバカだったなーと思ったからってだけであって、そこんとこ勘違いしちゃダメよエレンちゃん!」


「は、はい......」


 ミュエルは自分が口に出した言葉に対して思い出しやや冷静さを欠いているのだろう。グイっと眼前に近づいてきたミュエルに対して、エレンは思わず気圧される。


 とはいえ、今の言い方はまるで全く反対の事を言っているような感じだ。勘違いしない方が難しいだろう。


 それをぼーっと眺めていたルーナは何かに感激したように両手の拳を握りしめると力強く告げる。


「今の言葉、とっっっっても心に染みた! エレンさんもミュエルさんも乙女すぎてやばい! 超可愛い!」


「「!?」」


 ルーナが突然話しかけて来たかと思うと興奮して話し方がギャルっぽくなっている。その言葉に二人とも反応が追い付いていかないが、次の言葉で追い付かないのは理解の方でもと悟った。


「あたし、今こうして鬼神薬を取り返すために手伝ってもらってる最中で何か恩返しできないか考えてたんだけど、二人の乙女の顔を見たら絶対幸せになんなきゃダメでしょこれ! って思った!」


「あ、あのルーナちゃん。落ち着いて―――」


「ってことで、あたしが二人が幸せになれるよう助太刀していくよ!」


「「え!?」」


「最終目標は二人ともゴールイン!」


「「ええ!?」」


 二人は驚くばかりで言葉が出てこない。理解が追い付いていない証拠だ。しかし、それではルーナの暴走を止められるはずもない。


 ルーナはルーナで何をそんなに興奮しているかと思うほどに言葉に熱量がこもっている。なんなら、顔の圧が強くて吐息からも多大な熱量を出している。


「ってことで、お二人の幸せは私が保証します! 大船に乗った気持ちでどんどんハクヤさんにアタックを仕掛けちゃいましょう! あたしが恋の応援団長です!」


「「......」」


 たった今かろうじて動いていた二人の思考が心停止の合図を告げるようにピーっと動きを止めた。

 もう止められない。この暴走少女ルーナを止められない。

 二人の気持ちはこの時確かに一つであった。


 ちなみに、ハクヤは「エルフにあったらまずどういう風に挨拶しようか」と真剣に考えていたために耳には全く入っていない。

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