第六十六夜 エルフの暗号と聞き耳

 ハクヤは突如として森の奥から現れたエルフの集団に驚いた。しかし、こちらに敵意はなく、ただ見定めるように木の枝に立ち見据えてくる。


 ハクヤは馬車を止めるととりあえず窮地を救ってもらったことに関するお礼を述べた。


「助けていただきありがとうございます」


「それはいい。こちらが勝手にやったことだ。それよりもどうしてこんな場所に? ここは余所者が立ち入っていいばしょではない」


 やや強めの口調でエルフの一人が告げる。これ以上進むことを警告しているような物言いだ。

 それに対して、ハクヤは冷静に返答する。


「エルフの集落を訪れる予定がありまして」


「それは如何に?」


「一言で言えば、観光です」


「「「「え?」」」」


 その反応にエルフだけではなく、馬車の上に乗っていたエレン、ミュエル、ルーナも揃って驚いたように声を漏らす。

 その三人に至っては「何言ってんだこいつ?」みたいな目で。


 明らかに「観光」とか言ってられる空気でもなければ、嘘つけば即攻撃という空気であったにもかかわらず堂々と嘘をつくハクヤに対して、例の三人は逆にこの先の展開が読めなくなっていく。


 しかし、思いのほか空気は緊迫から緩んだような空気になった。そして、一人のエルフの男性がハクヤの近くに降りていく。


「名は何という?」


「ハクヤです」


「ハクヤか。君は今明らかな嘘をついて騙そうとしたね? そして、それで騙されれば私達が君達を捕虜として村に連れていくと。そう考えたんだね?」


「なんのことやら」


 優し気なエルフの物言いにハクヤも優し気に返答する。しかし、その笑みはどこか貼り付けたような感じで、周囲からすれば明らかに笑ってない感じであった。


 にもかかわらず、空気感で言えばそれほど緊張した感じではない。その意味をなんとなく察したミュエルと未だわからず首を傾げるエレンとルーナ。


「いいよ。負けだ。どうやら君は僕達の存在をよく知っているようだ」


「それならどうも。ちなみに、次の質問は『我らは血に飢えた蛮族ぞ。故に、この場で殺すのが手っ取り早いんだが?』となりますよね。これってもう少し柔らかくならないんですか?」


「それについては同感だが、これが昔っからの伝承でね。変えるにも面倒で」


「時間は余るほどあるのに?」


「全くその通りだな」


 急に知人のように話し出すハクヤとエルフの男性の様子にエレンとルーナは増々はてなマークが増えていく。


 すると、エルフの男性が一人の少女を呼び出した。


「ティア。こっちに来なさい」


「はい、父上」


 そう言って現れたのは妙齢の美しい少女のエルフであった。さらりとした金髪に、すらっとした手足。そこらの男であれば鼻の下を伸ばすレベルである。


「この子が案内する。僕達は君達がすぐに泊まれる場所を手配しておこう」


「わかりました。よろしくお願いします」


「敬語なんてよしてください。人間年齢で言えば恐らく年下でしょうし。私も気軽に接してくれた方がありがたいです」


「わかった。それじゃあ、後は女性同士だから気が楽だと思うぞ」


「お気遣い痛み入ります」


 それから、ハクヤが「もう安全だから戻っていいぞ」と告げるとエレン、ミュエル、ルーナの三人は馬車へと乗車。そこに加えて、ティアも乗車していく。


 すると、ティアの父親と周囲のエルフは一斉に霧の奥へと消えて、ハクヤも馬車で真っ直ぐと進んでいく。


 その一方、車内では簡単な挨拶があった後、先ほどのハクヤとティアの父親のやり取りについて会話していた。


「そういえば、さっきのハクヤとティアのお父さんがやっていたのはどういうことなの?」


「簡単に言えば、暗号のやり取りみたいなものです」


「全くそうは見えなかったけど......」


「まあ、それは内容が内容ですからね。そもそもの話、私達の村に来るためには私達の暗号を知っているか、知り合いのエルフを連れてくるかなんですよね」


「でも、普通は暗号を知らない。周知されれば誰でも来放題で暗号の意味ないしね。だけど、あることを知っていれば別に暗号を知らなくても大丈夫」


「なにそれ? 暗号でなきゃ来れないのに、暗号がなくても大丈夫? なんだか矛盾してない?」


 ミュエルの言葉にルーナは首を傾げはてなマークが飛び交っていく。その反応にティアは「そこがミソなのよ」と嬉しそうに答えた。


「知っているべきことは私達が“森の民”であるということ。もしくは、自然を愛し、自然の流れのままに身を委ねる種族であること。わかりにくいだろうから言いますけど、私達に嘘がつけない。ついてもすぐにバレるということです」


「え、ハクヤさん、バリバリに嘘ついてましたけど」


「ああいう清々しい嘘はもはやふざけてるだけだからいいのですよ」


 その言葉にエレンとルーナは「あの時のハクヤってふざけてたんだ」と冷たい視線を送る。こっちがどれほどヒヤヒヤしたのか知っているだろうか。


 その視線に気づきながらもハクヤは知らんぷり。関われば負けると思い、全力で気づいていないフリをする。恐らく、バレているけれど。


「もとよりあの方は不器用ですから、嘘つくときは黙るかはぐらかすかのどっちかじゃないですか?」


「確かに......」


 ティアの余計な一言にミュエルまで同意してハクヤに冷たい視線を送る。もはやこの場にハクヤの味方などいない。


「ふふっ、話を戻しますね。嘘がつけないというのは、私達は耳が良いからなんです。

 自然と調和して生きている私達にとって、植物や木といった自然だけではなく、その人が持つ肉体もまたこの世界の自然の一つなのです」


「体が自然と一部とはさすがに考えたことなかったわね」


「自然超理論というエルフだけの考えなのであまり馴染みなくて当然ですよ。

 そして、その自然超理論の中では肉体も自然の一部として、普段している呼吸も肉体が正常な動き――――つまり生きるために自然な動きをしているということになるのです」


「耳がいいって言ってたけど、それじゃあその自然な動きをティアさん達は正常な音として捉えていたってこと?」


「そうなりますね。別にこれといって耳障りとかじゃないんですよ? 生まれたときから聞きなれてる音ですし、慣れてくれば意図的に意識から外すこともできますし」


 ルーナの質問にティアは丁寧に答えていく。すると、今度はエレンがスケッチブックに何かを描きながらティアに質問していく。


「それじゃあ、逆に異常な音をしている時は嘘をついている時ってこと?」


「そうなりますね。ほら、嘘をついている時って特有の仕草であったり、視線を合わせないようにしたりとかあるじゃないですか? 

 そういう風な自然でない動き方に関しては肉体からざわつくような音を鳴らすんです。正確には、心音の違いですけど」


「ちなみに、さっきのハクヤさんみたいにわざと嘘をつく場合は?」


「バレることを前提とした嘘ならば、基本的に正常な音を出します。

 例えば、ルーナさんが私に対して『実は男なんです』と言ったところで、見た目でバレますから『バレるか心配』みたいなドキドキはないでしょう?

 まあ、ハクヤさんの場合は本来の暗号の方も知ってた感じでしたが」


 そのティアの言葉にエレンは「つまりこういうこと?」とスケッチブックを見せるように裏返した。そこには小さいハクヤがいた。


「耳がいいエルフのティアさんにとってはハクヤが嘘をつこうが関係なくバレて、その判断は嘘をついた時の心拍数の変化で確かめている。

 そして、エルフの村に向かいたいときはともかく誠実な返答をすること。嘘は絶対についちゃダメ。つくということは後ろめたさが存在するから」


「そういうことになりますね」


「エレンちゃん、まだ足りない部分があるわよ。その状況で平然と嘘をつきにいくハクヤこの男はバカってこと。知っててわざとそっちやってるんだからね」


「そうだね。追加で書き込んでおかないと」


「それでいて、鈍感野郎とかも追加だよ」


「ハハハ......」


 段々とそのスケッチブックに書き込まれていく内容はハクヤに対するただの愚痴を書き込んでいった感じになっていた。もはやエルフの暗号そっちのけ。


 なんなら先ほどの暗号についての話し合いよりも明らかに盛り上がってしまっている。この状況にはティアも思わず苦笑い。ふと視線を移したハクヤの背中は酷く小さく見えた。


 そんなハクヤを慰めるようにティアは運転席の方へと移動していくとハクヤの横に座る。


「夫としての甲斐性が試されているようですね」


「ハハハ、試されている感じですけど、夫じゃないですよ? エレンは娘で、ミュエルは妹で、ルーナはつい最近出会った旅仲間って感じです」


「そうなんですか......」


 そう呟きながらティアは後ろを振り向き、仲睦まじい三人の光景を見る。そして、これが「鈍感」と呼ばれる所以かと理解した。


 ルーナはともかくとして、エレンとミュエルに限っては心の音色が明らかに違う。

 散々愚痴を言ってる割りには心が跳ねているのだ。それこそ嘘をついているように。


 もちろん、その言っている愚痴が嘘じゃないこともわかっているし、心の音色も嘘じゃないことはわかっている。


 どんな理由であれ、その二人にとってはハクヤという存在が明らかに大きい存在であるということを理解した。とても音色で主張してくる。


 その一方で、ハクヤにも耳を傾けてみると愚痴を言われてる割りにはこれまた楽しそうだ。そして、ハクヤにとってもエレンとミュエルは大切な存在であるということが伝わってくる。


「私、実は初めて人族と獣人族に会ったんですよ」


「感想は?」


「私達って自然と一体になってる感じですから、基本的に喜びも悲しみも常に一定って感じなんですよね。だから、あんな良く変わる音はこう見えても驚いてるんですよ」


「常に笑ってるように見えるけどな」


「そう見えるだけですよ」


 ティアはももに肘をつけて両手にそのまま顔を乗せてリラックスポーズ。そして、目を瞑って隣と背後の音に耳を傾ける。


「楽しそうですね」


「俺もそう思うよ」


 ハクヤはチラッと後ろを見て三人の楽し気な会話の様子を確認すると少しだけ馬車の速度を落とした。

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