第六十夜 涙の旅立ち

「エレン、そろそろ出発の準備はいいか?」


「うん、大丈夫だよ」


 ハクヤは必要なものを詰め込んだリュックを背負うとエレンに話しかける。

 エレンはパンパンな荷物を肩にかけると気丈に振舞った。しかし、そんな偽りの笑みをミュエルが見逃すはずがない。


「寂しい?」


「......うん」


 その率直な質問にエレンはゆっくりとうなづく。その顔には嘘くさくないありのままのエレンの表情が映し出されていた。


 「寂しい」......それはこの町でエレンだけが冒険した世界のことをさすのだろう。

 全く知らない同世代の冒険者と出会い、一緒にパーティを組み、一つのダンジョンを攻略する。


 普通に冒険者として目指して生きていくのらば、誰もが通る道の一つだ。

 故に、別に特に変わったことではない。しかし、エレンにとっては違った。


 箱入り娘のエレンは「冒険者」という言葉一つで胸を躍らせ、ハクヤやミュエルに頼らずに目標を達成するというのはとても大きな経験の一つであった。


 そして何より、その仲間との出会い。人生一期一会というが、ウィル、ベルネ、ボードン、メニカとの出会いはエレンにとって何よりも大切な経験であった。


 お互いを信用し、時には助け助けられ。そして、強大な敵に対して全員で協力して戦うというのはそれだけで価値があった。


 負けることもある。そして、皆で反省会したり、思いっきりバカ騒ぎしたりして気持ちを切り替え、もう一度挑みに行く。


 それによって、ダンジョンを攻略したときのエレンの気持ちはもはや感無量に等しかった。

 心の底からホッとするようなそんな気持ち。これまで頑張っていた分力が抜けていく感じ。

 それから、自分は確かに一つ強くなったという実感。


 そんな経験をともに共有したパーティと別れを惜しむのは当然のことであった。

 しかし、ハクヤから白状させたことによると自分は狙われてるという。


 となれば、一緒に冒険をしたいのは山々であるが、もう二度と同じ目にあわせないようにするためには別れを告げるしかないのだ。


「でも、私自身が決めたことだから」


「そう」


 無理して笑うエレンにミュエルはそっと頭を撫でる。そして、顔の輪郭に沿って手を滑らせていくと頬に触れた。


「なら、ちゃんと笑って別れを言ってあげなさい。どんな不格好な笑顔でもいいから。その気持ちはきっと相手も同じだろうから」


 ミュエルはもう片方の手もエレンの頬に触れさせると親指で口角を無理やり上げた。

 すると、エレンの口は三日月のような形になり、少し変顔してるような感じになった。


「さて、行くか」


 ハクヤはミュエルのおかげで調子を取り戻したエレンを見るとそう告げ、横を通り過ぎる。

 その際、軽くエレンの頭をポンポンと触れながら。


 ハクヤ達は宿屋の人に別れの挨拶をし、町の正門の方へ向かっていくとエレンにとって見覚えのある四人の姿が見えてきた。


 エレンが一緒にダンジョンを攻略したメンバーだ。どうやらエレンの見送りにやってきたようだ。

 すると、ハクヤがエレンの一歩前に出て挨拶と感謝を述べる。


「初めまして。エレンを連れて旅をしているハクヤという者だ。そして、こちらがミュエル」


「初めまして」


「もっと早くに挨拶に来ていればと思っていましたが、このような形で挨拶になってしまって申し訳ない。それから、エレンに大切な経験をさせてくれてありがとう」


 ハクヤとミュエルは恭しくお辞儀をする。その明らかに目上で、自分達よりも強いという存在にウィル達は慌てふためく。


「顔をあげてください。なんか申し訳ないです」


「そ、そうですよ。むしろ、助けてもらってばっかって言うのはこっちでして」


「はい、そうなんです。ダンジョン攻略もエレンさんの力がなかったらできなかったですし」


「俺らの方が感謝を言わなきゃいけないっす」


 ウィル、ベルネ、メニカ、ボードンがそれぞれ言葉を口にする。咄嗟に出た発言であったが、取り繕ったような嘘はなくどれも本当であるとハクヤとミュエルは感じた。


 それは二人の職業病ともいえる嘘を見抜く力なのだが、その力で見抜けたことはエレンは良き友人を持ったということ。


「いい仲間に出会えたな」


「いい仲間に出会えたね」


 顔を上げたハクヤは一歩後ろに下がるとエレンの横に立つ。そして、ミュエルともにエレンにそっと言葉を投げかけた。


 その言葉にエレンは「うん!」と満面の笑みでうなづくと二人にそっと背中を押され、一歩前に進まされる。


 エレンの番であるということだ。人生一期一会。出会いがあれば、必ず別れがあるというもの。

 その別れは必ず出会った人が大切な言葉を告げるべき。告げられなくなってしまう前に。


 前に出たエレンは少しだけ言葉が詰まる。たくさんの思い出が頭の中で駆け巡り、それらの一つ一つが口から溢れ出てしまいそうだったからだ。


 その思い出は短時間で言い尽くせるかと聞かれれば、それは絶対のノーと言えるだろう。

 ならば、その思い出を凝縮させたような言葉を告げるだけ。


「まずはあの時、私を助けてくれてありがとう。出会い方は何とも言えない感じだったけど、まだ冒険者として新米な私にはわからないことが多くて、冒険者ならではのことを教えてくれて嬉しかった」


 それはカルロスに冒険者勧誘された時のことだ。あの時、助けてもらわなければ今頃どうなっていたか。


「そして、その後に私をパーティに誘ってくれたよね。短い期間のパーティだったけど、すっごく嬉しかった。それに、ハクヤとミュエルがいない冒険は怖かったけど、それ以上に楽しかった。皆がそばにいてくれたから」


 ベルネの突然のパーティ勧誘。そして、エレンを新たにパーティに加えてのダンジョン15階層突破。


 その記憶が頭の中でなんどもループする。あの時の気持ちがエレンの心を成長させる最初のきっかけになったのだから。


 だんだんとエレンの声がわずかに震える。少しだけ上ずったような声で、瞳が潤んでいく。


「それから、私達の冒険はダンジョン攻略って目標になったよね。そのために挑戦しては途中で断念してってことを繰り返して、少しずつ下に潜れる階層を増やしていってまた新たに表れた強敵に対して一緒に協力して倒したよね」


 それはゴーストキング戦に対しての事を言ってるのだろう。一丸となって攻撃に耐え、連携を組み攻撃していく。


 それは圧倒的実力のあるハクヤとミュエルでは難しいこと。しかし、同じような戦力差であるからこそ作戦を立てて、その時の状況に応じて考え行動できた。


 ハクヤとミュエルに頼らない。自分で考えて、自分で行動する。そんなごく当たり前の行動がエレンにとってとても大きいことだった。


 もうエレンの“想い”は誰にも止められない。やがて蓄積したその想いは一筋の涙の川となって頬を伝う。

 心が締め付けられて騒ぐような想いに駆られる。この出会いがとても恋しく、寂しい。


「途中で大変な目にあってしまったこともあったけど、それでも誰も諦めずに一緒にダンジョン攻略してくれたよね。それがとても嬉しかった。そして、ダンジョンを攻略したときの気持ちはきっとずっと忘れることはない」


 エレンの言葉が感情の波に乗ってダイレクトに伝わっていくようにベルネとメニカはもらい泣き始める。


 ボードンも瞳に涙を浮かべながらも我慢するように聞いていて、ウィルはこぼれないように上を眺めていた。


 そして、エレンの気持ちは感謝の言葉とともに爆発した。


「私と一緒に冒険してくれてありがとう!」


「エレン!」


「エレンさん!」


 とめどなく溢れる涙をそのままに、赤く腫らした目をそのままにエレンは全ての冒険の日々の想いを一つの言葉に注ぎ込んで叫んだ。しかし、その顔は晴れやかに笑っていた。


 その言葉に触発されたようにベルネとメニカは動き出し、そしてエレンに抱き着いて号泣する。

 別れを惜しむエレンより泣いているような感じだ。


 そんな三人に対してウィルはボードンに、ボードンはウィルに告げる。


「泣いてもいいんだぞ」


「そっちこそ。しっかり見てやらないとっす」


「うっせ。空が俺と見つめたがってんだ」


 そんな軽口を叩きあいながら、男らしく見送ってやりたいのかもはや崩壊寸前とまで来ている涙を必死にこらえている。


 そして、エレン達が泣き止んでしばらくして、エレンは改めて全員に告げた。


「それじゃあ、またどこかで会えることを信じて。


「「「「」」」」


 その言葉は再びウィル達に出会えることを信じての言葉であった。出会いに別れはつきもの。しかし、その別れたものに再び出会うことだってある。


 だからこそ、告げるべきは「さよなら」ではないのだ。一時的に別れを告げるだけ。故に、「行ってきます」。そして、それに対する見送る側は「行ってらっしゃい」なのだ。


 エレンは歩き出す。ハクヤとミュエルの少し後ろをついていきながら。そして時折、後ろを振り返っては大きく腕を振っていく。


 それから、エレンはハクヤとミュエルの背中に目線を移すと「また少しだけ背中に近づいた」と信じ、力強く歩み続けるのであった。


******


 場所は変わって、魔族が住む魔国大陸のとある屋敷。そこには六人の強者たちが座っていた。

 その六人に情報は伝わっていない。しかし、同じ情報を共有している。


「焔王が帰ってこないね」


「まだ戦ってるんじゃないかっと」


 【召喚王】に対して、兄の【影王】が返答する。しかし、それを言葉にした【影王】であっても、本当はそうは思っていない。

 思うことはただ一つ。その思いを【不死王】が告げる。


「恐らく......いや、ほぼ確実に返り討ちにされたんじゃろうな。フェッフェ」


「だろうなぁ。あんなザコごときに殺されるようならそもそも“神”なんて称号を得ちゃいない。ってことは次は俺が――――」


「いや、行くのは俺だ」


「あぁん?」


 【斬撃王】の言葉を遮って発言したのは【召喚王】であった。その突然の遮りに【斬撃王】は思わず食ってかかる。


「なんでてめぇなんだ?」


「焔王が一人で突っ走ってしまって返り討ちにあったとなれば、せっかく位置が特定できていたのにそれもパァになってしまったということだ。

 となれば、再び奴がどこにいるか特定する必要がある。ならば、俺の召喚の方が便利だ」


「どこがぁ?」


「俺の召喚はたとえ俺が死ぬようなことになってもしっかりと召喚獣は生き残る。奴とて俺の召喚した魔物を全て排除するのは不可能だ。今の状況では俺の方が向いている。暴れたいなら勝手に一人で盛ってろ【斬撃王】」


「てめぇからぶっ殺してやろうか!?」


「だけど、一理あるわねぇ。それじゃあ、それで決定~。私まだ研究途中だし~」


「はぁ!?」


 【魔法神】の突然の決定に思わず【斬撃王】は噛みつこうとするが、分が悪いと判断し何とか黙る。

 すると、その言葉に乗じて【召喚王】は告げた。


「それじゃあ、俺に決定だ。いいか、誰にも手出しはさせない。奴は俺の獲物だ」

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