第五十七夜 町の伝説の噂

「スースー......ん、う......まぶしぃ」


「う~ん、すがすがしい朝だね。心も晴れやかになりそうだよ。おはようハクヤ。もう起きて」


「まだ7時前だよ.....もう少し寝かせてくれぇ」


 カーテンをバサッと勢いよく開けたエレンは窓から刺す日差しをベッドにいるハクヤに当てていく。

 ハクヤはその光を思わずお腹にかけていた毛布でもって頭を隠す。


「もう......ここ数日ずっとその調子じゃん」


 エレンはそんなハクヤの態度に思わずぷんすか。まるで休日にも早起きを強いる母親と息子のそれであった。


 実のところ、ハクヤ達の戦闘があってから数日が経っている。

 町自体は一部を除いてほとんどが無傷であったため、町に戻ってきた人たちが復興作業を続けている。

 もし一番の被害があったとすれば、それは食料にあたるだろうか。


 リュートの降らせた隕石による熱波がほとんどの食料をダメにしてしまったのだ。故に、宿に泊まっているハクヤ達に振舞われる料理など一切ない。


 これに関してはハクヤは「とんだ置き土産を残していきやがった」とどこか最後に一矢報いられた気分になったのは言うまでもない。


 そして、今のハクヤ達はというとこの町が出した緊急クエスト「食料調達」に参加していて、周辺の森から魔物を狩ってきている。


「ハクヤ、起きなさい!」


「も、もう少しだけ......」


「もう、少しは起きようと努力してよね!」


「まるでどっちが保護者かわからないわね」


「ミュエル、さっきからハクヤが起きないんだよ!」


 ハクヤの部屋に入ってきたミュエルは頬を膨らませて怒りながらハクヤに指をさすエレンの頬をつんつんしながら「まあまあ、落ち着いて」となだめる。


「ハクヤがこの状態なのも一応わけがあるのよ」


「どんなわけ?」


「単純に言えば、魔力枯渇症という症状ね。私達が保有している魔力は常に何らかの形で消耗してるの。でも、消耗した分だけ外から魔素を取り入れて、それを魔力に還元してるから気づかないだけであって」


「そういえば、魔力を使いすぎると虚脱感や疲弊感が出るって聞いたことがあるような......?」


「そう。それが今のハクヤの症状。ある一定の魔力量を切ると動いたことによる疲労とは別の疲労感が出て、その症状は魔力が多い人ほど長く続くの。

 そして、ハクヤは無駄に魔力が多いから数日経った今でもこんな状態」


「無駄って言うな。無駄って」


 ミュエルがニヤッとした顔でハクヤを見るとハクヤはムスッとした表情をして見返す。

 しかし、ベッドの上でだらしなく寝そべった形なので全く持って迫力など感じられない。


 すると、ミュエルは右手に持っていた新聞をハクヤの顔面に投げつける。


「ほら、やっと公共情報が出回ったから少しは目を通しときな。あんたの活躍が面白いことになってるわよ」


「俺の?」


 ハクヤは「よっこらせ」と爺さんのような掛け声で体を起こすと寝ぼけ眼をこすりながら新聞の見出しを覗く。


 その後ろからいつの間にか移動していたエレンがひょこっと顔を出して同じように新聞を覗きながら、ハクヤの寝癖を手櫛でとかしていく。


「えーなになに......『この町に伝説が生まれた。町に訪れた恐怖の火球を沈めた水龍様の軌跡』!? なんじゃこりゃ?」


「簡単に言えば、あんたが食い止めた隕石があるじゃない? それに対して使った魔法が龍の形であったために、その光景を見ていた町民が水龍様が窮地を救ってくれたと勘違いしたみたい」


「なるほどな~」


 ハクヤは半分ほど回っていない頭で返事をする。すると、「ほら、少しは食べて頭を回して」と限り少ないパンをハクヤに投げ渡した。


 それをハクヤがノールックでキャッチするとパンにかじりつきながら、ほかの記事にも目を通していく。

 ちなみに、エレンはというと珍しい状態のハクヤをいいことに髪を結んで遊んでいる。


 ハクヤがむしゃむしゃとパンを咀嚼しているととある記事を見つけた。


「この.....ごくん、このダンジョン内で死んでいた全身が筋肉で覆われたような怪物の死体ってミュエル達が倒した敵か?」


「ええ、そうよ。もとは冒険者でいろいろとクズなことをやってきたみたいだから、まあ因果応報よね」


「因果応報ね.....」


 ハクヤはその言葉が思わず自分のことのように刺さった気がした。そして、それはミュエルもわかっていて、それでもあえて口に出したのだろう。


 この因果律が成立しているのならば、自分達も決して他人ごとではないということを。いずれその時の報いが来る日がやってくるのだと。


 ハクヤはチラッとミュエルを見る。その視線がぶつかるとミュエルは何も答えず、ただハクヤの横にベッドへ腰を付ける。


「ま、なるようになるさ」


「なるようにするの間違いじゃない?」


「そうともいう」


「できればいいけどね」


 ミュエルは思わず呆れたように言葉を返した。

 それは今回の出来事で完全に組織から狙われているということが確定し、焔王が死んだという情報は焔王が戻らない時点ですぐに出回るだろう。


 となれば、焔王が負けて普通の刺客がやってこないわけがない。きっと次に戦うのも“王”のうちの誰かで最悪“神”のどちらかと出くわす可能性がある。


 その意味はさらにこれからの旅が苛酷になることを意味している。相手次第であればエレンを守りながら戦うことは難しくなってくる。


 そういう意味で「できればいい」だ。しかし、ハクヤとミュエルであればそれで話が終わるが、そうは問屋が卸さない。


 それはハクヤが守るべきエレンの存在だ。


 ハクヤは幼い時から組織で生きてきた人間だ。殺すために磨いた暗殺術と戦闘術を引き換えに様々なものを捨ててきた。


 自分の良心も、人とのつながりも、そして――――自分の命でさえも。


 暗殺者にとって一番最初に捨てるのは自分自身の命だ。

 万が一敵に捕まった時、相手の情報を吐かせるために拷問にかけられるだろう。しかし、情報は命よりも重い。それが暗殺者。

 故に、そんな状況となれば潔く死を選ぶ。


 気まぐれで助けた命もあるが、それは本当にただの気まぐれであり、死を扱う暗殺者が命を救うなど本末転倒にもほどがある。


 そのため、いざとなれば自らの死の特攻でもってエレンを生かすことも容易にできただろう。しかし、それはハクヤ側の考えであり、エレンは当然なら違う。


 ハクヤが闇とするならば、光に立つエレンは人を救う。例え相手が人殺しであっても、救える命はできる限り救おうとしてしまう。


 それは仲間であり、大切な人であるならばなおさら。

 故に、「できればいい」のもう一つの意味としてはエレンを生かすために死の特攻が「できればいい」だ。


 たとえ、そのようなことをしてエレンを生かせてもエレンは絶対に喜ばないことは百も承知だ。もはや確かめることもない。


 故に、ハクヤは必ず現れるだろう自分よりも同等以上の存在に対して自分の死でもって食い止めることなくどうにかしなければいけないということだ。 


 そして、ハクヤはわかる。その意味がどれほどまでに難しいかということを。

 今回のやり方だって、仕方ない方法であったとはいえエレンを危険に晒したことは事実。


 やってみて無茶であることを痛いほどわからされた。ミュエルがいなければ、今頃生きる意味を見失っていたことになっていただろう。


 そのため、もう二度とあんな無茶な方法はできない。無茶な行動はエレンに勘づかれれば絶対に止められる。


 今は何をすれば答えにたどり着くかわからない。それでも前に進むためには考え続けなければならない。


 とはいえ、いつでも死ねる身であるならば言いたいことは先に言っておいた方がいいだろう。


「ミュエル、本当に助かった。ありがとう」


「な、なによ急に。別に私はエレンちゃんが大切だから助けに行っただけで......別にあなたの指示じゃなくても助けに行ってたわよ」


「そっか。まあ、大切な妹みたいな存在だしな。それもそうか」


「そうよ!」


 ミュエルはそっぽ向きながら強めの口調で返事をする。しかし、明らかに照れてることがわかるぐらいに耳は真っ赤で、尻尾は楽しそうにゆ~らゆら。


「ほんと、どこら辺が諜報部隊に向いてたんだかな」


「にゃっ!? なにすんのよ!」


 ハクヤはいたずらっぽく笑いながら、ミュエルの尻尾を優しく握る。

 それに対し、ミュエルは頭から尻尾にかけてビクッと一直線に伸びると恥ずかしさと怒りを込めた右ストレートを放った。

 しかし、それはハクヤに簡単に躱される。


「避けんな!」


「いやいや、暗殺者は基本的に防御するってよりは避けるもんだからさ」


「こんのっ!」


「楽しそうでいいですね~」


 拳をプルプルと震わせながら、顔を赤らめ鬼のような形相で見つめるミュエル。それを見ながらヘラヘラと笑うハクヤ。


 そんなちょっとしたイチャイチャにも似た空気に割って入ったのはムスッとしたエレンであった。

 そして、実際にミュエルとハクヤの間にも体を割り込ませている。


「楽しそうでいいですね~」


「エレンちゃん全然楽しくないわよ?」


 ジトーと目線を向けるエレンにミュエルは慌てて返答するが、その様子にもエレンはジト目を変えずに視線は尻尾の方へ。


「その割には随分と反応してるよね? そっちの方は」


「いや、これは! その! 怒りで拳が揺れるように尻尾も揺れてるだけであって!」


「ふーん、そうなんだー。ふーん」


 ミュエルは思わず感じ取った。今のエレンは嫉妬の権化となっていると。

 一応これまでの経緯は放してあるが、ハクヤとともに行動していた時間が多かったためにあらぬ誤解を受けている。


 いや、純粋な気持ちとしては間違ってはいないのだが、それでも今この状況は明らかに望んでいない。


 嫉妬のエレンは大変嫉妬慣れしてないというか、子供がおもちゃを独占しているみたいでかわいらしいのだが、ずっとひた隠しにしてきたこの気持ちをすでに疑われてるエレンにさらに確信を持たれるのは非常に悪い。


 そんなエレンのジト目にあわあわするミュエルを見て、ハクヤは思わず笑顔で告げた。


「やっぱり、ミュエルもエレンに勝てないんだな」


「......エレンちゃん、あれが女の敵よ」


「なるほど、了解したよ」


「ははは......え?」


 急に結託し始めた女性陣にハクヤは思わず笑顔が固まる。そして、逃げ出そうにもすでに手はエレンに捕まれていた。


「そういえば、ハクヤがずっとダルそうだったからがまだだったね」


「その経緯は話したんだから......勘弁して」


 その懇願は通じるはずもなく、ハクヤは正座させられエレンに小1時間説教させられた。

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