第五十六夜 空を翔ける水の龍

 町中の気温はどんどんと上昇していく。それこそ、猛暑の気温などとっく前に越えていて、今やどこもかしこも高熱を宿している。


 その原因は当然ながら、リュートがこの町に降り注がせた<流星火球カグツチ>による隕石の影響だ。


 それはほとんどの人から見れば太陽そのもので、それがいくつもこの町に降り注いできてるのだ。

 今やこの町にほとんどの人がいない。いるのは動けなかった人か、灼熱となった空気で動けなくなった人か。


 どちらにせよ、待っているのは死のみだ。誰かが助けに来ることなどない。助けようとすれば自分も死にかねないからだ。


  故に、この町は空から降り注ぐ隕石の轟音以外何もしていない。そう、のだ。


 そもそもこの場に残ってる人の方が少ない。加えて、残っている人も体の衰弱によって声を出すこともままならないだろう。


 しかし、たった二人だけこの環境下でも動ける者がいた。そして、そのうちの大人が少年の胸をサーベルで貫いていたのだ。


 その少年リュートは自身の体に起こった出来事に様子であった。

 ゆっくりと顔を下に向けると胸に確かな異物が刺さっている。本来ならあり得ないはずの光景が。


「がはっ」


 口の中へと込み上げてきた血を思わず口の外に出した。口からは血が一気に排出されるとビチャッと地面に赤い水たまりを広げていく。


 リュートは今度はゆっくりと目の前にいるハクヤに目を向けた。そして、目が合った瞬間思わず背筋が凍り付くような感覚に襲われた。


 その瞳には感情がなかった。勝利した喜びも、仲間を襲った怒りも、仲間を巻き込んでしまった悲しみも何もかもが感じ取れなかった。


 まるで刺した自分自身のことなどまるで考えていないように。

 子供が無邪気な瞳で昆虫を殺すのと同じだ。

 命の重さを知りもしない子供と同じように、殺したという自覚そのものがハクヤからは感じ取れなかった。


 リュートでさえ相手を殺している自覚はあった。

 何人殺してきたとかは覚えていないが、それでも殺そうとして攻撃して苦しんでいる相手を見ることこそ喜びであり、楽しみであったためその時の殺しの自覚はあった。


 その感じられるはずのものが感じられない。それはすなわち――――子供が無邪気に虫を殺すのと自分の死は同列であるということ。


 ザシュッとリュートの胴体からサーベルが抜かれた。

 サーベルが血止めの役割を担っていたので、その蓋代わりのサーベルが抜かれたことにより血がドクドクと流れていく。


 リュートは腹部に熱さを感じた。体内で温められていた血が外へと溢れ、それが服に染みついて広がっていく。


 しかし、それとは反対に体の感覚は寒気を隠せずにいた。体が震え、ひざが笑う。恐怖による寒気だ。


 すると、ハクヤはゆっくりと口火を切った。


「悪いな、奥の手まで使ったのに殺されなくて。まあ、俺たちの世界じゃ別に卑怯とかはないしな。言うなれば、弱いお前が悪い」


「なん.....で.....」


「お前は俺との戦闘中で明らかなミスをしている」


 かすれがかった声で尋ねるリュートにハクヤは率直に告げた。そして、サーベルの血を払うとリュートに見せるように横に向ける。


「今回の戦闘でお前がもっとも気を付けなければならなかったのは、当然ながら俺の魔剣だ。そして、情報が命の生命線ともいえる俺たちにとっては自分が危険だとわかったならそれに最大の警戒を向けるべきだった」


 ハクヤはそのサーベルに魔力を流し込む。すると、そのサーベルの刃に水流が現れ、それが刃に纏われていく。


「俺たちにとって警戒とは“観察”だ。俺の持っている魔剣がどのような性質を持っているのか、発動条件はどのような感じか、その魔剣の魔法上限はどのくらいか。

 それら全てが見てわかるとは言わないが、わからなければ最悪の想定をする。自分が対処できないほどの攻撃が来る可能性があると見込んで、それまでに決着をつける。それが暗殺者おれたちだ」


 ハクヤはサーベルを下すと上空を見上げる。もはや直接見るのことすら危ないほどの灼熱がもうすぐそこへと迫っている。


 しかし、ハクヤはその状況下でもに冷静な面持ちであった。

 そして、言葉を続ける。


「まあ、実際は殺すのは魔法や作品の試運転であったり、ただの快楽みたいなのはいる。そして、そのうちの一人がお前だ。

 戦い方、言動、それらで相手の性格を図るのは容易い。そして、お前は上を知っていながらも、下のものばかり自分の愉悦ばかりに構っていたから、今がこうだ」


「僕は強い.....はずだった」


 リュートが思わず膝を崩した。恐らく立っている気力すらなくなり始めてきたのだろう。

 しかし、今リュートが口に出した言葉は明らかに弱気であった。

 これまでは自身に満ち溢れていて、たとえ自分より強い相手でも自分の方が強いと言い張る豪胆さはもはやなくなりつつある。


「調子乗っても対処できるのは圧倒的な経験を積んでいたり、英知ともいえる知識を蓄えていたり、それを補える何かが突出した奴だけだ。

 そうじゃない凡人は観察するんだ。見て盗み蓄える。同じのが来たら予測し修正する。その繰り返し」


 そして、ハクヤは冷徹な目を向けると言い放つ。


 「だが、お前は自分の力をただ強いと思うばかりでそのほかを奢った。

 お前は結局普通の人より強かっただけで、才能に憑りつかれたただの子供だ」


「......っ!」


 その言葉がリュートのまだ微かに残っていた心を打ち砕いたのか、力尽きたように前のめりに倒れた。

 もうその瞳に光などなかった。ただあと少しで見えてくる死の淵を遠い目で眺めているだけ。


 すると、ハクヤはリュートの裾を掴むとそのまま引っ張り上げる。


「悪いな、お前の体は消滅させてもらう。死体から記憶読み取るイカれた魔法使いがいるからな」


 ハクヤは自身の一番近くに接近していた火球にリュートを投げる。

 そして、別れの言葉のように言葉を贈った。


 「お前には同情はしないが、お前がこうなった運命には同情するよ」


 リュートの体が火球の触れると一瞬にして黒い炭となってそのまま飲み込まれた。

 全身真っ黒になってしまえばリュートが生きていると思えないし、まさしく消し炭になったであろう。


 しかし、未だに火球は消えることなく降り注ぐ。太陽のフレアのようなものが火球の周りを動いており、それが今にも周囲の家々に燃え移りそうであった。


 ハクヤはこの状況に「やっぱしこうなるか」と少し残念がると頭上にサーベルを掲げて横に向ける。


「実際、あいつは俺が明らかに魔剣による効果を受けているとわかる場面はいくつもあった。そもそもこんな灼熱地獄で平然と俺が動けてる時点でおかしいと思うべきだった」


 サーベルに魔力を流し込むとサーベルを中心とした水の円陣を作り上げる。


「そして、この灼熱はあいつが作り出したあの火球隕石によるもので、言うなればその熱はあいつの魔法で作り出された副作用ともいえるものだ」


 その円陣が等間隔で並ぶ点に変わり、さらにその点が同じサーベルの形へと変わっていく。


「その副作用の熱で俺がやられない。つまりは、その熱を俺の魔剣が打ち消している。そうとも考えられたはずだ。

 最後全身を炎で包んだあいつは言わば自身の肉体を魔力へと一時的に変化させた。しかし、物理では干渉できない魔力に肉体が俺の魔剣で貫かれた。だから、あいつは


 漂ういくつもの魔剣サーベルの剣先に圧縮された水が溜められていく。そして、その魔剣はそれぞれ一つずつ落ちてくる隕石に向けられている。


「お前が意識があるうちに話さなかったのは、万が一死体が残っていた時の保険。そして、確かな死が確認した今言ったのはせめてもの罪滅ぼしって感じだな。まあ、今更拭える数じゃねぇけど」


 ハクヤもうこの世界にはいないリュートに向かって捨て台詞のようにつぶやいた。

 そして、横に向けていた魔剣をまっすぐ頭上の隕石に向けると剣先から水の奔流を放った。


 オリジナルの魔剣から放たれた水は複製して作られた魔剣からも同出力で撃ち放たれていく。

 それらの水は隕石に直撃すると激しく反応して多大な水蒸気を発生させた。


「さすがに魔力を持ってかれるな。だが、やってくれよ魔剣ちゃん」


 ハクヤはさらに魔力を魔剣へと流し込む。すると、魔剣から放たれる水の量と勢いは増していき、隕石の炎と熱、勢いを奪っていく。


 発生したもはや雲と呼べるレベルの水蒸気が隕石を包み込み、さらに熱と炎を奪っていく。

 迫ってきていた隕石の勢いは水の勢いによってほぼ止まったような状態になり、今度はゆっくりと押し返されていく。


「最後の一仕上げだ――――水龍昇ミストアクセレイド


 ハクヤは魔剣を両手で握るとほぼ全ての魔力を使い切るように流し込む。

 その瞬間、放たれていた水は龍の形へと変化し、巨大ないくつもの龍が隕石を口にくわえて空高く昇っていく。


「そのまま宇宙へ飛んでけ!」


 魔剣から龍が飛び出していくと隕石をどんどん上空へと運んでいき、やがてその姿を小さくさせる。

 カランカランともはや持つことすら辛い魔剣を地面に打ち付ける。そして、魔力を失った虚脱感に襲われ思わず背中を丸くした。


 上空では発生した水蒸気が空をどんよりとした曇天に変えていき、ポツリポツリと雨を降らしていく。

 その勢いも次第に激しくなり、バケツをひっくり返したような大雨になった。


 しかし、その雨で体が冷えるということはなく、むしろ灼熱の熱気によって多少温められたのか、勢いはともかく温度としてはちょうどいいシャワーのような感じだ。


 ハクヤは魔剣をしまうと重たい体を起こしてふと空を見上げる。すると、すぐ近くから気配が迫ってきた。よく知った気配だ。


 ハクヤが顔を横に向けると衣服がボロボロになっているが、外傷の見えないミュエルが軽口を叩く。


「これで戦闘後の湯あみは必要なさそうね」


「ははは、全くだ」


 そして、ハクヤは少しバツが悪そうにエレンを見る。すると、エレンの顔はニッコリとしていた。それはもうニッコリで逆に怖いぐらいで.....


「ハクヤ、後でお話ね」


「......はい」


 ハクヤはそっと覚悟を決めて、勝てない強者へと素直に返事をした。

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