第三十八夜 お酒にはご注意
「「「かんぱ~い」」」
とある宿場の食事処。賑わう冒険者や町の人々と雰囲気に混ざるようにある席でハクヤ達は木製のジョッキを空中で突き合わせていた。
そして、その中に入った飲み物をそれぞれハクヤとミュエルはグビグビとエレンはチョビッチョビッと飲んでいく。
そのジョッキに入っているのはお酒だ。
アルコール度数はどのくらいかはわからないが、それほど高いとは感じない。
今日の食事の目的は先程まで行っていたダンジョンの20階層突破祝いとミュエルからのエレンの成人祝いを兼ねている。
ダンジョンは50階層まであり、ほぼ初心者冒険者のエレンが初回で3分の1を終わらせたのは割と凄いことで、他ならばパーティを組んでいても15階層の階層ボスに負けるほどだ。
しかし、エレンはそれをソロでクリアした。
その時はピクシードラゴンのグレンの力も借りて。
エレン的にはグレンの手も借りずにやっていきたかったようだが、さすがにそれは二人から止められた。
とはいえ、グレンもれっきとしたエレンの使い魔なのでソロで攻略したこと自体は間違いじゃない。
それとエレンは既にハクヤによって成人式は祝われているのだが、ミュエルも個人的にしたいということでそうなった。
まあ、ミュエルの目的はエレンにお酒の味を覚えさせる&酔っぱらったエレンの反応を見るためでもあるが。
「ふ~、いつもは酒飲んだ俺を止めてくれるのがいなかったから控えていたが、ミュエルと一緒だとこういうことも出来るんだな」
「私に利用価値があるなら結構。そのままそばにいついてやるわ。
それよりも、エレンちゃんお酒の味はどう?」
「なんというか......苦い......」
エレンは子供のように舌をべーとしながら、表情全部を使って苦さを表現していく。
麦の発泡酒には後味に独特な苦みを感じるのだが、ハクヤはそれが好きでミュエルは平気なのだが、エレンにはどうやら口に合わなかったようだ。
「まあ、お酒は人それぞれだからな。だから、自分に合ったお酒を探していくのもこの旅の醍醐味だったりするかもしれんな。はっはっは~」
「ハクヤはお酒飲むと酔いが早く回るタイプなのよね。それでいて、妙に上機嫌になる。まあ、その方が楽だからいいんだけどね。けど、あんな大人になっちゃダメだよ。お酒はほどほどにね」
「酒を飲む人がダメなんじゃねぇよ。酒に飲まれる人がダメなんだよ。まあ、酒飲んじゃダメな人もいるがな。酒がダメっていうよりは、人間がダメって感じだがはっはっは~」
「いや、何も面白くないから」
「やっぱり何度飲んでも慣れない......」
「なら、私の果実酒と交換しようか。こうなることも予想して注文していたから。こっちの方が後味がすっきりしていて果実の味もいい感じ」
「果実酒なんて果物絞ったジュースと一緒だろ?」
「黙ってろ酔っ払い。アルコール入ってれば全部酒よ。人の好みにちゃちをつけない」
ミュエルはシャーと猫が威嚇するように尻尾をピンと立てて、ハクヤに叱咤するとエレンには仏のような笑みでお酒を交換した。
エレンはジョッキを持つと恐る恐る果実酒を口に含んでいく。
最初はチョビッだったが、飲みやすかったのかグビグビと飲んでいき、そのままグビグビグビと全部一気に飲み干してしまった。
そして、ジョッキを机にガンッと叩きつけると近くを通りかかった店員にお代わりを注文する。
それから、新しく来た冷えた果実酒をグビグビと飲んで、食事をパク、お酒をグビグビ、パク、グビグビグビ、パクパク、グビグビグビグビ。
「え、エレンちゃん?」
そのハイペースな飲みっぷりにミュエルは思わず圧倒された。
無言で何もしゃべらずとにかく飲んでいく。そして、片手間にパクリ。
飲むが8割で食事が2割といった感じだ。
初めてのお酒は本人でさえ飲める上限を知り得ないので、その際は飲める人が止めなければいけない。
頬も耳も朱色に染まっていて、それでもなおエレンのペースは止まらない。
「さすがにこれは......」と思ったミュエルはエレンの止めに入る。
「エレンちゃん? その辺にしといた方が良いかな。そこまで行くと後で辛いやつだよ。
まあ、お酒が強い人は稀にいるけどさ、エレンちゃんは強くないよね?」
「ぐふっ......そんなことないれす!」
「いや、語尾」
エレンは睨む感じでミュエルを見ると飲みかけのジョッキを隠してそう告げた。
まるで小さい子供がおもちゃを隠す感じで。
ミュエルは「エレンはちょっと幼くなるタイプか~」と思いながら、ふとハクヤのことについて尋ねてみようと思った。
単なる好奇心だ。普段あまり表しか見えないエレンの裏の顔が見えるかもしれない。
それに現在のエレンのそのちょっとツンケンした雰囲気の理由も。
「エレンちゃん、今のハクヤを率直にどう思う?」
「ははは~、俺か~? 俺はだな―――――」
「あなたじゃない。エレンちゃんに聞いてるの」
「そうらね。簡単に言うと
「「!?」」
エレンの言葉からこれまで聞くことがなかった愚痴。それも引き出してみればなんというストレートで重たい言葉であったか。
ミュエルはてっきりノロケを聞かされると思ってスタンバっていたら思いっきり裏切られて驚いた表情だ。
そして、「大バカ」と言われたハクヤに至っては驚きのあまり若干酔いが醒めてハッとした表情である。
どうしてそう思ったのか知りたくなったミュエルは「害を被るのはハクヤだから」という理由でその発言について尋ねた。
「どうしてそう思うの?」
「いや、どう考えてもバカらよね? 自分のためとか言っておきながら、やってることは全部私のため。
私にとって都合のいい嘘ばっかで塗りたくって自分のことは一切明かそうとしない。
10年間でハクヤのことをたくさん見てきたけど、ほんとバカ。
特に自分なんてどうでもいいと思っている辺りが」
「と、おっしゃってるけど?」
「いや、そんなわけないよ。俺だってエレンとはこれからも一緒に痛いと思っているよ。
ただ、そういう覚悟も持っていないといけなかったわけで......エレンに素直にそう言っても聞き入れてもらえないと思ったから、仕方なく......」
「「はい、ダウトー」」
「ちょ、二人してなんだ!?」
エレンとミュエルはジト目でハクヤに指先を向けた。
その発言に関してはエレンは「また嘘をついている」と見抜き、ミュエルはこれまでのハクヤを知っているからこその行動。
そして、慌てるハクヤにエレンは追撃する。
「大体さ、私に嘘をつくってどういうつもり? 私ってそんなに信用できない? そんなに頼りない?
そりゃあ、確かに不甲斐なさはあるけどさ。
それでももう少し私に対する接し方が変わってもいいんじゃないかな!?」
「ちょ、エレン......エレンさん、落ち着きましょうか」
「これが落ち着いていられるか! こっちは10年間が全て嘘で塗り固められた生活送ってきらって感じてしまうんらぞ!
ハクヤがそう思っていない、必要なことだからそうしらということを考慮してもハッキリ言ってくれなきゃいけない時はあるの!
ほら、言ってみ? 私がいて助かったことを言ってみ?」
「りょ、料理を美味しく作ってくれる......とか?」
「なんなのその回答は! それじゃあ私の存在はメイドと変わらないじゃない! それらけか? それらけなのか? ええ?」
「ええぇー......」
エレンは絡む。手荒く厳しく絡んでくる。普段見れないエレンの裏の顔。確かに見れた。
しかし、ある特定の一人に対しては、ただの心を抉ってくるキラーマンとなっていた。
そんなエレンの態度を見かねたハクヤがミュエルに小声で救援を求めた。
(ミュエル、助けてくれ! あれは小さい頃のエレンだ!
ですます調はないが、連れ出した当初の全力
さすがにこんな絡み方でエレン様に出会うことは予想してなかった。助けてくれ!)
(いいんじゃない? 昔のエレンちゃんが見れたなら懐かしめばいいじゃない。
なら、あなたも昔のように仏の笑みで接してあげれば......ハクヤママ、ぷふっ)
(おい、こら! 昔のお前がつけた仇名で俺を呼ぶんじゃねぇ! というか、この事態のそもそもの引き金はお前なんだからお前が収集つけてくれたっていいだろ!?)
「なにコソコソ話してんの? そんなに私は役に
「い、いえ! 滅相もございません! 俺はエレン一筋でございます! 必ずや生涯守り抜くと誓います!」
「らから、そういうことじゃないんだよ! 守ってくれるのは嬉しいけど、私は守られっぱなしは嫌なの!
そこら辺は理解してると思ったけど......はあ、バカ、頑固者!」
「ぐっ、心になんという大きなダメージが......」
「......ぷふー、くふっ、くふふふふ」
「おい、何笑ってんだイタズラ猫。こうなった責任の埋め合わせは必ずしてもらうからな」
「わかったよ。どうやら私は
「むー!」
「おい、やめろって言ってんだろこの駄猫! いや、全然違いますから。そんなことを一切思っていませんから。なにとぞご容赦を」
「なら、誠心誠意謝って。そして、『エレンは自分の隣に立つに相応しい存在。故に、一生ものの愛を誓います』と復唱しろ」
「え、エレンは自分の隣に立つに相応しい存在。故に、一生ものの愛を誓います」
「最初に言葉が詰まっら。やり直し」
「ひぃ~」
「くふふふふ、ははははは」
机に両手をつけてエレンの言葉を必死に復唱するハクヤ。
立ち上がってそのハクヤを見下ろし、自分の機嫌ボルテージが上がるまで復唱させるエレン。
そんなエレンとハクヤのやり取りを他人事のように見ては、ついに堪えきれなくなって普段全く見せないいい顔で笑うミュエル。
そんな状況として実に複雑でカオスな雰囲気であったが、意外にも店の雰囲気全体を暗く下げるほどではなかった。
というより、むしろ実質公開処刑のようなハクヤのエレンの尻に敷かれる姿はその日限りの大きな見世物となっていた。
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