第三十七話 自分に伝えること
ハクヤ達はダンジョンの中を順調に進んでいく。といっても、単純に敵が弱いだけだ。
一応エレンのレベルアップという目的なので、ハクヤとミュエルはあまり手を出しておらず、エレンがソロ潜りを想定した戦いとなっている。
それはエレンにこういう特殊な場所での魔力をセーブを学ばせるため。
狭い場所だからといっていちいちエンカウントしていた魔物に対して戦闘していたら、魔力も無駄になってしまう。
先導はハクヤがしているが、心を鬼にしてエレンの戦闘を手伝うようなことはしなかった。
もちろん、本当に危ないとき以外であるが。
しかし、エレンの戦闘については思ったより心配することがなかった。
エレンの立ち回りはハクヤ達が想定していたよりも軽く、戦闘もあってはスムーズに終わった。
戦い方は相手の動きを先読みした狙い撃ちか、相手の行動を制限したうえでの的確な攻撃の2つのパターン。
まるでどこかの誰かを真似たような動きだ。
その動きを見た瞬間、ハクヤとミュエルは互いに互いの戦闘スタイルだと気が付いた。
そして、なんだか微笑ましい様子で見てしまう。
正直、これ以上はあまり真似て欲しくないのだが、その戦い方自体は魔物に対してもしっかりと通用するので二人は口出そうと考えるもやっぱり出せない。
そんな調子で途中休憩も挟みながら、どんどんと階層の数を増やしていき、ダンジョンの奥へと進んでいく。
すると、エレンの調子にも少し変化が訪れた。それは単純なことだが、エレンの戦闘の時間が伸びたのだ。
これまでは1分もかからなかったにもかかわらず、それが数分とかかるようになり、エレンの動きもやや鈍り始めた。
エレンは目の前から襲ってくる爪が特化した魔物を結界の壁を作って防ぐ。
しかし、魔物の数は1匹ではなく、もう1匹いてその魔物は地中を潜ってエレンの背後から現れた。
そして、その魔物がエレンに向かって鋭利な爪を振るう。
その攻撃に対し、エレンは咄嗟に地面を転がって避け、壁際によるとその魔物に<
空中で身動き取れなかった魔物はその熱を帯びた魔弾で焼き殺されたが、もう1匹の姿がどこにも見当たらない。
「ぐっ!」
その瞬間、エレンの背後から鈍い衝撃が伝わってくる。
エレンがその衝撃でよろめきながら振り返ると壁から穴を掘った魔物が飛び出して来ていた。
そして、その魔物は再び地面に穴を掘って潜ろうとする。
「させない!」
エレンは咄嗟に魔物が潜ろうとした地面に右手の杖を振りかざして結界を作り、魔物の行動を防いでいく。
そして、ほぼ同時に左手から省略詠唱で作り出した<
それを避けることが出来なかった魔物はすぐに絶命した。
エレンはよろよろと足元をおぼつかせながら、軽く肩で息をする。
自分一人だけの戦闘。それがこれほどまで疲れるとは思っていなかった。
自分の仕掛ける行動、相手の仕掛ける行動、相手の動きの予測、その動きを先読みした自分の動き、相手が複数だった場合の自分の立ち回り、複数相手の場合の気配の意識。
他にもまだまだある。それをたった一人でしかも自分の体力と魔力を考えながら同時処理していかなければならない。
それが何よりきつかった。
まだ数字が少ない階層の時は相手の動きが単調で、遅く集団だったとしてもむやみやたらに正面から攻撃しかしてこないものだった。
しかし、少し階層を増やしただけでたった2匹の魔物にダメージまで負わされてしまった。
幸い、着ている服のおかげで体に傷が残るようなことはないが、それでも自分が思っているよりも早くへばってしまっているに若干の悲しさを感じた。
肩が揺れる感覚も、体の中に熱がこもる感じも、額から顎にかけて汗が流れていく感覚もゴブリン戦の時とはまるで違った。
ゴブリン戦の時は最初こそゴブリンに四方八方を囲まれていて四苦八苦していたが、それでもキラーファングが数を減らしてくれたり、ミュエルがカバーしてくれたのもあったから。
だが、今は一人になればどうだ。こんなにも早くへばってしまう。
ゴブリン戦の時のハクヤは自分よりも激しく動いて、強敵やボスと戦っていたにもかかわらず汗一つかいていなかった。
自分の目標はハクヤの役に立てるようになること―――――いうなれば、ハクヤの隣に同じ目線で立てるようになりたいということだ。
しかし、今のままではいつまで経っても追いつきそうな気がしない。
それは当然だと分かっている。
自分は最近冒険者として魔物と戦うようになり始めたばっかりだ。
もっと言えば魔物を殺すことから躊躇っていたような人間だ。
そんな自分がそう簡単に憧れの人に並べると思っている方がおかしい。
でも、ふと弱気になってしまう自分がいる。
自分はもっとやれたはず。
やる前はそう思っていた。
しかし、やってみると現実を思い知らされたような感覚になって、とても心に来るものがある。
今の自分の分かれ道はきっとここだ。このまま立ち止まってしまって辿ってきた道を帰るか、行く先を示してくれた人の道を食らいついて進んでいくか。
本気でハクヤの役に立ちたいと思っているなら、自分の心が逃げ帰って後悔してしまうような気がすると思っているなら前に進むべきだ。
“後悔しない選択肢を”――――そんなのは実際自分を奮い立たせるための言葉でしかない。
しかし、その言葉でも前に進むための原動力となるのなら何回でも吐くべきだ。
自分には魔法に関して才能がある。
しかし、その才能があろうとも努力なしでは開花しないし、努力なしに進むべき道など存在しない。
ハクヤに憧れを抱くのはそんな自分との違いに劣等感を抱いているから。
とはいえ、それは本来は筋違いなのだろう。
皆その場所に辿り着くにはそこに至るまでの努力をしている。
才能でいきなりその場所にたった人もいるだろう。
でも、その人もその場所に“居続けるため”の努力をしているだけだ。
一朝一夕で強くなれる恥なんて当然ない。
その努力が終わるのはいつだって先に心が折れてからだ。
自分が本気と思っているなら、たったこれしきのことでへばってはいけない。
もはやこれは命令のようなものだ。
自分に対する自分自身の命令。
その道に行くには避けては通れないこと。
自分が思う劣等感にも、目指すべき場所の憧れにも自分は食らいつく。
「エレン、また少し休憩するか?」
「うん、そうする」
しかし、あくまで自分のペースでだ。ここを疎かにしてはいけない。
いくら努力しようとも、自分の体が使い物にならなくなってはどうしようもないから。
昔、お母様が言っていた。私が魔道具を手荒に使っていた時に「道具も人だと思って大切にしなさい」と。
その当初は自分も4歳ぐらいでその言葉の意味がわからなかった。
しかし、ある日わかるようになった。そして、今はなおわかる。
道具も酷使していれば早く壊れて使い物にならなくなるように、人も自分を顧みなかったら大きな怪我や病気をしてしまう。
しかし、道具も「調子が変だな」と思って修理すれば長く使うことが出来る。
それは人間だって同じ。修理が休息に置き換わっただけ。
憧れに早く追い付きたい。心にくすぶる劣等感を拭い去りたい。
その気持ちは誰にだってあり、自分にもある。
しかし、急ぐにしても自分がもう体力が尽きかけてそこから全力で走るのとある程度回復した状態で走るのでは辛さも走る速さもだいぶ違うだろう。
自分はしばらくハクヤとミュエルの援護なしで一人で戦ってきた。
多少は二人が本当に危なかった時に助けてくれたことはあったけど、それでも大半は一人でこなした。
一人でやっているとふと考えてしまっていたのだ―――――そんなことを。
一度決意したことを繰り返し心の中で決意を繰り返す。
まるで戒めのように。
それだけ決意がブレるのか。それとも決意自体が弱いのか。
それはわからないけれど、そう何度も思い直すということはそれだけそのことに真剣に取り組みたいという証明だと思う。
だから、進む。結局今も心の中でうだうだと自分の言葉の意味に正当性を持たせようと言っていたけど、結局はそこなのだ。
何を自分に呟こうと前に進むために必要だったら自分は自分に何度でも言いかける。
それで前に進めるというのなら。
「エレン、静かだけど大丈夫か? 無理しなくていいぞ。必要だったら戻るから」
「大丈夫だよ。少し自分に問いかけてみただけだから。
そして、自分が言ってるんだ。“もう少し前に進もう”って」
「そう。なら、私達はエレンちゃんの頑張りを見守ってあげるわ。
ハクヤがいる限り死ぬことはないでしょうしね」
「エレンにどこまで無理させるつもりだ? まあ、エレンがやると言っているなら、俺は止めはしないが......もうさすがに危ないと思った時は俺も止めるからな?」
「そこまでは無茶しないと思うよ。自分のことは自分が一番分かっているから。
ただまあ、私が変にムキになって突っ走ろうとしたら止めてね」
エレンはそう言うと前かがみになっていた体を起こし、大きく伸びをする。
そして、「よし、気合注入完了」と元気よく告げるとハクヤに呼びかけた。
ハクヤはエレンに何が起こったかわからない。
しかし、エレンの表情から本当に無理をしてないことは明らかだった。
先ほどまでは戦闘中でなくても少し思いつめるような表情をしていたから気になっていたのだが......まあ、何ともなければそれでよしというべきなのかもしれない。
すると、ミュエルがボソッとハクヤに告げる。
「エレンちゃんが少し明るい雰囲気に戻ったね」
「ミュエルもわかるのか?」
「なんとなくね。ハクヤよりは少ないとはいえ、近くで見てきたんだから。これも親離れが早いんじゃない?」
「それは嬉しいような悲しいような」
「きっと私と考えてること違うね......はあ」
ミュエルはハクヤに呆れたため息を吐くと「今度は私が先導する」と言って歩き始めた。
そのどうしようもない男みたいな扱いにハクヤは若干ムカッとしたが、その意味が理解できていないので言葉が思いつかない。
そして、歩き始めたミュエルとエレンの後ろ姿を見ながら、その言葉の意味を考えていった。
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