第三十五夜 殺戮者達の集会

「それで? 魔物を使っての調査は終わったのかしら?」


「うん、終わったよ。まあ、さすがに魔物を強化したぐらいじゃ相手にならなかった。

 とはいえ、それだけのような気もするけど」


 少年の声と妖艶な女性の声が響き渡る。

 ここはどことも知られていない常世の闇。

 薄暗い部屋でピリピリとした緊張感に包まれたこの場所は今にも殺伐とした空気が流れようとしている。


 それぞれがそれぞれの方法で血の時代を築き、己の地位を高めこの場に存在している。


 ある者は町を燃やし、ある者は国の半分を惨殺し、ある者は何百もの魔物を引き連れて一人で一国と戦い半壊させ、ある者は影を使って多くの人々を永遠の闇に引きずり込んだ。


 そして、ある者は死者を駒のように扱って街を死人の町へと変え、ある者は様々な特殊な魔法でもって国を蹂躙し、ある者は戦いを求めて国と戦えると謳われてきたこの世界のあらゆる最強と呼ばれる人物を殺してきた。


 そのような一人一人が凄まじい実績を持つ中、現在長机を囲んでまるで全員で会議をするように集まっていた。


 誰もが殺意を収めようとしない。

 余計な手を出せば、どこであろうと殺し合いが始まる。

 この場には強者しか存在しない。


 そんな彼らはこう呼ばれている―――――8人の殺戮者エイトジェノサイダーズと。


 しかし、現在集まっているのは7名であり、一人足りない。

 だが、これで全員なのだ。なぜなら、もう一人はターゲットだからだ。


「正直、がっかりだよ。遠くからうきうきウォッチングしてたらあんな腑抜けがターゲットだなんて。

 なーんか、あんましやる気ないな~」


 そう言って一人の赤髪の少年は頭の後ろで手を組みながら、背もたれでのけ反った。

 そして、椅子をバランスをとりながら、ゆりかごのように揺らしていく。


 すると、椅子に浅く座って背もたれにもたれかかる白髪頭の老年は腕を組みながら答えた。


「ヒヒヒ、【焔王】よ。そう判断するのはちと早すぎると思うぞ。

 奴を本気で相手どろうとするならば、それこそ正面から迎えようとするのは犬死と一緒だ。搦め手を考えねば」


「え~、【不死王】さんこそ何言ってんの~?

 あんな腑抜けた奴に搦め手なんてこっちが負けた気分じゃん。

 っていうか、そもそも10年も追っておいてまだ捕まえられないわけ?」


「依然にも居場所を突き止めたことはあるわよ。でも、返り討ちにあったわ。

 こっちの偵察隊は一人残らず殺された。そして、再び姿をくらませた。

 まあ、伊達に【死神】と言われるだけじゃないわね」


 両肩を大きく露出させて、魔女帽子を被る女性は男性を甘く誘うような声色で告げた。

 しかし、その魅惑にかかる人はいない。いたらこの場にいない。

 そんなことを気にも留めず【焔王】は聞いた。


「でもさでもさ【魔法神】さん、こっちの諜報部隊は優秀なんじゃなかったの?

 僕達はさ、いろんな情報を知り過ぎているが故に“抜ける=殺す”みたいな定義出来上がってるけどさ。

 そもそもそう何年もかかることなの?」


「あの【死神】ちゃんにしか懐いていない子猫ちゃんがいたのよ。

 しかも、その子猫ちゃんとっても優秀で、諜報部隊が優秀というよりはあの子が優秀だったから諜報部隊は優秀みたいな感じだったのよ。

 でも、あの夜に【死神】ちゃんが消えてから、まさか子猫ちゃんも消えるなんてね......」


「ヒヒ、ワシに実験場として村を焼かれて、どういう巡り合わせかこっちにやって来て『復讐しに来るか』とワクワクしていたんだがな。

 まあ、勝てない相手に挑むなんざ、ある意味生き残る術はあったんだろうな」


「それじゃあ、その人が【死神】と一緒にいたから情報を撹乱されていたということか。

 でも、探していればまた何度か見つかるよね?

 入れ替わる前に“王”の誰かが戦いに行ったりしなかったの?」


「行ったなぁ。だが、例に漏れず殺されちまったようだがなぁ、カカッ。

 まあ、仕方ねぇさ。弱い奴が死ぬのはこの世界の理なんだからよぉ。

 だから、俺はあいつを殺したい。あ~、左目の傷がまた疼いてきやがったぁ!」


 フード被り、目と口以外を包帯でグルグル巻きにされた男は空中で振り回していたナイフを机に突き刺すと醜い笑みを浮かべた。


 左手で左目を抑え、右手で左肩を掴む。

 今にも暴れたい体を必死に押さえつけているような感じであった。


 その急な挙動不審な行動に【焔王】の少年は隣に座っている緑髪で右目が黄色、左目が翡翠色をしたオッドアイの青年に話しかけた。


「ちょっとちょっと【召喚王】さん、あの人何? キメちゃってんの?」


「お前はまだ新参者でこうして集まるのは初めてだから仕方ないと思うが、【斬撃王】はもとよりあんなものだ」


「それに過去に個人的に【死神】と会いに行って返り討ちにあったらしいよっと。それが左目の傷だというね」


「【影王】さん......相変わらず【召喚王】さんとそっくりだね」


「双子だからなっと」


 【焔王】の反対側の隣から青髪で左目が黄色、右目が蒼色の目をしているオッドアイの青年が答えた。


 二人の容姿は互いにトレードマークのマフラーを口元を隠していて、体の大きさも顔の造形も同じである。

 もし二人とも同じ髪色で同じ目であれば見わけがつかないほどだ。


 その【影王】の言葉を聞いた【焔王】はもはや口を塞ぐこともせずに言ってのける。


「ダッサ、返り討ちにあっといてよく平気でそこにいれるね」


「んだとてめぇ! 今すぐにてめぇを切り刻んでやってもいいんだが? あぁん?」


「いいよ、そういうの。そういうイキった奴とか強者とか謳われている奴が燃えて死ぬのが僕は好きなんだよ。

 でも、焼死って簡単に死ねないから生きたかったら頑張ってね」


「上等だ! 今すぐここで初めて――――――」


「静まれ」


 太くそれど静かな一言が瞬く間に静寂を作り出した。

 まさに鶴の一声とも言うようにいがみ合っていた二人はふてくさりながらも席に座った。


 その男はスキンヘッドの頭をしていて両目は黒い布で隠されている。

 おのが体が武器と主張するような張った筋肉は着ている革ジャンのような服から僅かに筋肉を浮かび上がらせている。


 その男は丸太のような腕を組みながら、全員が見渡せる長机の端に堂々とした姿で座っている。

 そして、その男はゆっくりと言葉を告げる。


「俺達は誰もがならず者だ。そして、ならず者はならず者でポリシーを持っている。

 その主張のぶつかり合いでいがみ合うことはわかる。

 しかし、それはこの場以外でしろ。

 今の俺達の目的は【死神】を探し出し、殺すことだ。

 もう居場所は見つかっているのだろう?」


「まあね、奴らも旅なんか始めたみたいだけど、正直遅いよね。

 まあ、早くても見つかってる時点で意味ないけど。なんなら、奴の帰る家すらないけど。

 それで? ずっと聞きたかったんだけど【死神】って僕達の中でいわばナンバー3までがつける“神”の称号を持っているわけだよね?

  ぶっちゃけどれだけ強いの?」


「どれだけ強いか......わかりやすい経験例を告げるならば、俺のまだあった左目を潰したやつだ」


「「「「「......」」」」」


 その言葉を告げた瞬間、全員が息を呑んだ。

 それは誰しもがその男の強さを知っているから。

 誰しもが絶対に敵に回したくない男に、もっと言えば傷すらまともにつかない男に傷をつけた。

 それだけで十分に驚きであった。


 しかし、それを聞いてしまった【焔王】は恐れるどころか逆に笑みを浮かべていく。

 いや、それは【焔王】だけじゃなかった。


 【死神】を知っている人物は全員、誰しもがおのが欲望のためにその男を欲していた。


「へぇ、そんな相手なら尚更全てを消してやりたくなるな~。どんな色に燃えるんだろう」


「召喚獣の最高のエサになりそうだ」


「あいつの絶望の顔が見たいよっと。さて、どんな風になるのかな」


「あぁ~、殺したい殺したい殺したいぃぃ! あいつから血しぶきが舞うところを見たい!」


「ヒッヒ、あいつの死体を使ったら至極の作品が作れそうじゃの。今からでも設計図を練っておくか」


「ふふっ、あの冷徹な目をしていたクールボーイが今頃私好みのいい男に育っているのよね。ああ、想像するだけで滾るわ。どんな風に食べようかしら」


 誰しもが欲望をだだ洩れにさせる。【死神】―――――まるでその存在は生きているならば一度は口にしたいこの世の一品のような扱いだ。


 【死神】を少年期から知っている者はその成長してさらに強くなった姿に胸を膨らませ、入れ替わりで知った者は想像だにできない人物に心を躍らせる。


「あの【破壊神】さんにそんな言葉を言わせるなんて......やはり伊達に“神”の名がつく殺し屋じゃないんだね」


「当然だ。その男を鍛えたのは俺だからな」


「そうだったの?」


「まあ、予想は出来ることだろうな。

 強くなりたい男は世界を巡って強くなり、やがてなり過ぎてしまった。

 心にはいつまでもくすぶる強くなりたいという一念。

 しかし、自分を強くしてもらえる者はいない。

 ならば、自分が張り合えるぐらいに弟子を強く育てる」


「まるで死にたがりみたいね。言い方を変えれば自分を殺してくれる存在を望んでいるみたいに」


「そうだな。その言葉は否定しない。

 しかし、俺も一端の人間だ。どんなに汚れようとも生きたいということには変わらない。

 その生きるためにこの仕事をしている。どの道、俺達を雇っている魔族が聖女を殺したがっている限り、【死神】とぶつかるのはもはや確定事項だ。ならば、早く行動するに越したことはないだけだ」


 【破壊神】と呼ばれた男は淡々と言葉を並べていく。

 すると、【焔王】が頬杖をつきながら得意げに聞いてきた。


「ってことはさ、その【死神】と聖女がどうしてか一緒にいるんなら、その二人を殺したら僕が“神”の称号を得てもいいんだよね?」


「......好きにしろ」


「やった!」


 その言葉を聞いて少年が年齢相応らしく元気よく喜びを表し、椅子からぴょんと立ち上がる。

 そして、着ていた薄茶色のコートに両手を突っ込みながら扉へと動き始めた。


「もう行くのか?」


 【破壊神】の言葉に【焔王】は少しだけ振り返り、右手を掲げてその手に炎を発現させた。

 そして、全員が見えるように笑って告げる。


「うん、行くよ。心がわくわくして仕方ないんだ」

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