第3章 殺意の襲撃

第三十六夜 ハールクレンのダンジョン

さあ、見えてきたぞ。次の町が」


「わあ、おっきいー!」


 馬車をゆったりと走らせながらハクヤが声をかけると荷台の方から頭を出したエレンが向かう先にそびえ立つ大きな門を見た。


 次の目的地であるハールクレンだ。

 ハクヤの住んでいた家の近くにあった町とは違い、城下町のように大きい場所である。


 エレンにとってはその場所が未開の地のように映っているためか瞳をキラキラと輝かせてなんとも無邪気である。


 その様子をハクヤは顔だけ後ろに向けて見ると僅かに口角を上げる。

 そして、門番に冒険者カードを見せて身分証明するとハクヤ達は町の中へと入っていった。


 町の様子は一言で言えばにぎやかだ。

 通りの両端にはいくつもの商店が並び、その商店で買い物していく主婦、話をしながら歩くカップル、次のクエストのために準備をする若き冒険者などが多く見受けられる。


 誰もが大きな声で話しているために少しうるさい感じもあるが、むしろこういう賑やかさがないと町とは呼べないだろう。


 ハクヤ達は適当な宿屋を見つけるとそこに馬車を止めさせてもらい、一先ず一週間分の宿泊代を払う。

 そして、次に向かうべきは冒険者ギルドだ。


「なんだか活気は前の町以上かも。やっぱり人が多いからかな?」


「それはあるかもな。ここは国の中継地点の町だ。

 国から国へと行くにはそれなりに距離があるからな。ここで調達していく人も多い」


「それにここは私達がいた町からも言うほど遠くないから知り合いに会えるかもね。

 もっともこれだけ人数が多いとそうそう見つからないけど」


「それでもまた会えるかもしれないんだね。そうなると、まだ2週間ほどしか経っていないけど、なんだか今から懐かしい気分になるよ」


 エレンは嬉しそうに辺りをキョロキョロと見渡す。

 その顔には「行ってみたい」という文字がありありと書かれていた。


 エレンにとっては別の町に訪れるということ自体が初めてなのだ。

 ずっと家の周りにある村までしかロクに外へ出ていなかったから。


 言い換えれば箱入り娘だったのである。それも超がつくほど。

 ある程度の知識と持ち前のコミュニケーションスキルでカバーしているが、心は子供のようにはしゃいでいるため少し危なっかしい場面もあったりなかったり。


 そんな道中を会話しながら歩いていくとハクヤ達は冒険者ギルドに着いた。

 その冒険者ギルドはハクヤ達がよく使っていたギルドよりも一回りぐらい大きく、中に入ればバーカウンターのようなものまでついていた。


 正面はオープンな感じで両端に机やイスが並べられていて、そこに年齢、職業、性別と様々な冒険者がクエストの会話であったり、他愛もない日常会話であったりいろんなことを話している。


 ハクヤ達が入ってきたことを気に留めるものもいるが、大半は話し声がうるさいせいで入ってきた音にも気づかない。


 そんな冒険者を横目に見ながらハクヤは正面にいる受付嬢にクエスト達成の証明書を渡していく。


「はい、クエスト達成おめでとうございます。こちらは報酬分の銀貨3枚と銅貨5枚です。続いてクエストを受けたりしますか?」


「いや、今日はそれだけだ。明日はそのつもりだからまたよろしく頼むよ」


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 受付嬢はぺこりと頭を下げる。そんな業務的挨拶を交わすとハクヤ達は町の探索へと繰り出した。

 そして、ハクヤはエレンとミュエルに尋ねる。


「お前らはどこか行きたい場所はあるか? 今日は特別に荷物持ちでもなんでもしてやるよ」


「ほんと! う~ん、どうしよっかな~」


「荷物持ちに関してはもはや名指しで言われたような気がするけど.......まあ、あのハクヤが私に対してそんなことをしてくれるなんて珍しいし。遠慮なしで買うか」


「遠慮はして欲しいな。俺、そんなに筋力あるわけじゃないから」


 そんなハクヤの弱音に聞く耳を持たず、二人は横並びに続いているいろんな店を物色しながら、入っては会話して買ったり、買わなかったりを繰り返していく。


 しかし、着実にハクヤが両手に抱える荷物の量は多くなっていく。

 両手はすぐに持ちきれなくなり、腕にかけ、腕にすら収まらなくなると肩にかける。


 ハクヤは思わずため息を吐いた。どうして女子というものはこんなにも買い物に時間がかかるのだろうかと。


 確かに目ぼしいものや目新しいものはたくさんある。

 しかし、あまり実用性がないだろうというものばかりだ。

 それは買って戦闘に用いるのかと問われればきっと違うだろう。

 きっとオシャレ目的。そうに違いない。


 しかし、オシャレというのは酷い言い方をすれば、せっかくあった防御をゼロにするのと同じだ。装備を脱ぐんだから。


 もともとゼロみたいなものだったなら未だしも、どうして自らを危険に晒すような恰好が出来るのか。

 少なからず、そういう格好になる予定があるならもう少し安全性が保たれた場所でして欲しいものだ。


 そして、一番に思うのが買い物に掛ける時間の長さ。

 これはあまりにも違いが大きすぎてもはや進言することが難しい。

 言えば、エレンに「デリカシーがない」と言われるのがオチだ。

 一回エレンに対してやらかしてしまったからこそ言うべきではない。


 となれば、我慢だ。ここはただひたすら我慢。

 もはやこれ以上エレンから自分の評価を下げるにはいかない。

 そんなこんなで、ハクヤの苦行はしばらく続いた。


****


 翌日、ハクヤは冒険者ギルドにて受付嬢にクエスト発注をすると1枚のカードを持って戻ってきた。

 そのカードが気になったエレンはハクヤに尋ねる。


「何それ?」


「簡単に言えばダンジョンに入るためのカードだ。

 ダンジョンは基本的にいつでも入ることが出来る。しかし、無断では入ることは出来ない。そのためのカードだ」


「じゃあ、冒険者カードと同じ役割なんだね」


「でも、それだけじゃない。誰でも入っているダンジョンとはいえ、安全なわけじゃない。

 生き埋めになったり、ダンジョン内に発生する魔物に殺されることもある。

 そして、その渡したカードが何日も戻ってこない場合。ダンジョン内で死んだとして処理される」


「......そっか、そうだね。レベルアップするために入る人が多いとは聞いていたけど、洞窟の中を歩くようなものなんだよね」


「ああ、それに下に行けば行くほど手に負えない魔物も多い。

 だから、自分にあった階層でレベルアップすることが大切だな」


「わかった」


「まあ、ともかく行ってみるか」


 ハクヤ達はそうして町を出た少し森の方にあるダンジョンへと歩いて向かう。

 その道中で背後から同じようにダンジョンに潜るパーティを見たり、正面から戻ってくるパーティも見た。


 そして、その戻ってきたパーティは全員がやや薄汚れたパーティもあるが、一人が傷を負って仲間に担がれながら戻っていく人達もいる。


 エレンはそれを見てゴブリンの巣のことを思い出した。

 怪我をしたあの冒険者の姿はゴブリンの巣で怪我をした場合の自分である。


 あの時はハクヤとミュエルに助けられたが、ゴブリン以上の強敵が住んでいるかもしれないとなれば、必ずしも二人に守ってもらえるわけではない。


 エレンは身を引き締める。そもそもこの場所には自分がレベルアップするためにやって来たのだと。

 となれば、ハクヤやミュエルからのカバーがあると考える時点でダメだ。いないつもりで頑張らないと。


「そんな気張らなくても大丈夫だぞ」


「そう、リラックスリラックス」


「うん、すーはー」


 気合を入れたエレンであったが、二人に逆にその気合を沈められてしまった。

 しかし、それは気合の入りすぎもまた問題があるということなのだろう。

 そう思ってエレンはsたがうように深呼吸した。


 それから、ハクヤ達はダンジョンの入り口に辿り着いた。

 その入り口には二人の係員がいる。

 恐らく中から助けを求めに来た人がその係員に伝え、係員がすぐに助けを呼ぶためだろう。


 後は単純なカードを持っていない人に対しての入場規制といったところか。

 やんちゃ者に対処できるように多少屈強というあたりがなんとも冒険者ギルドらしい対応である。


 ハクヤはカードを見せて中に入っていく。

 青空から降り注いでいた太陽の光は入り口を僅かに照らしていくが、それも途中まで。

 少しずつ視界が悪くなっていく。


「ダンジョンにも明りがあるんだね」


「まあ、一度は誰かが攻略したダンジョンだからな。未開拓のダンジョンだったら、本当に真っ暗だけど」


「攻略したことあるの?」


「いや、ない。ただたまたま見つけたことが合っただけさ。

 ダンジョンなんてお宝の山みたいな扱いをされてるが、それは実際冒険者だけで他の興味ない奴らから見ればただ魔物の巣に突っ込んでるだけなんだよな~」


「だから、昔はたまにダンジョンに潜っていく冒険者を見て『自殺願望者かよ』とか二人で言ってたね。まあ、今やその自殺願望者になってしまったわけだけど」


「アンデッド取りがアンデッドになっちまったな」


「いいな~、私もなんかそういう思い出が欲しい」


 三人はやや薄暗い一本道を歩いていく。両端には魔鉱石から作られたランタンが一定間隔で設置されていて、ほのかな赤っぽい光が影と合わさって独特な色味を醸し出す。


 先までランタンは続いているが、遠くを見るほど暗闇の方が勝っているのか遠くの状況を把握することは不可能。


 森の中とは違って移動が制限されているという状況が僅かに不安を掻き立てる。


「ここって魔法の私には分が悪い場所かな? 下手に当てると洞窟を崩しちゃうような気がするんだけど」


「確かにその通りだな。だからといって、魔法を使わないという選択肢をするのは間違いだ。

 相手によっては物理攻撃が効かなくて、魔法しか攻撃できない相手だっている。

 そんな相手に魔法を渋ってれば殺されるのはこっちだ」


「要するに当てればいい。ダンジョンでのレベルアップは近距離武器の人や遠距離物理武器の人が主って感じる可能性もあるけど、魔法職にだって立派なレベルアップ場所。

 それは攻撃をするというのももちろんのこと、あえてサポート役に徹するということもある。味方の防御力を下げたり、仲間の攻撃力を上げたり。エレンちゃんのこのダンジョンでの目的はそういうこと」


「なるほど......やってみる。やっぱり私はまだまだ知らないことがたくさんだなー」


「それはどっかの誰かさんが情報を意図的に規制してたからだよ」


「そ、それは一体誰だろうな。けしからん。よーし、エレンのレベルから見ると序盤の階層はどんどん飛ばしていくぞ」


 ミュエルのジト目に目を合わせることなく歩いていくハクヤ。そんな二人をエレンは楽しそうに眺め、「よし」と軽く気合を入れ直した。

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