第三十四話 魔物契約
「もう行ってしまうのかい? もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「その気持ちは嬉しいのですが、ハクヤから『クエストを受けた際には、それから一週間以内に状況報告もしくは調査書の証明をしなければいけない』と言われたので。
討伐も完了した今は報告で嘘をつくわけにもいきませんし」
「そうかい。まあ、事情があるのは仕方ないね。
冒険者には冒険者の都合があるのは当然のこと。また遊びにやってくるといい」
「はい、そうします」
のんびりとした時間の中、森に囲まれたこの村は割に開けた土地が広がっている。
それはテイムした魔物を運動させるためで、いわばドッグランのような感じだ。
その広が場少し先に見える縁側でエレンとライユは座りながら話していた。
その様子はまるで祖母と孫の養家な感じであった。
二人の間には隔たりなど存在せず、互いに
「そういえば、レナントと一緒にお昼寝したそうじゃないかい。
どうだい? あのやみつきになる毛並みはとても触り心地があるだろう」
「もう最っ高です。ずっと触っていたいぐらいです。
なんだかこう全身が包まれるような感じで......目を瞑ったらいつの間にか寝てました」
「本当に気持ちよさそうに寝ていたらしいからね。
レナントもしがみついて寝ていた時は起きるに起きれなかったと言っていたよ」
「そ、そうなんですか......」
思わず聞かされた自分の恥ずかしい行動に思わずエレンは赤面させる。
といってもやっている行動は実に可愛らしいものだ。
その話を聞いた時のライユはすぐに楽しそうに笑ったという。
「キューイ!」
「あ、グレンちゃん」
するとその時、遠くから両手に乗るぐらいの全身が真っ赤なピクシードラゴンことグレンが翼をはためかせて飛んできた。
グレンは何かを伝えるように鳴きながらエレンの頭を周回するとそのまま頭の上に収まった。
その様子を不思議そうにエレンが見つめていると隣にいたライユが告げる。
「どうやらあの戦いの時にどうして置いてったんだと不機嫌そうよ。
もっとも拗ねてるだけみたいだけど」
「あ~」
実はエレン、ゴブリンとの戦いの時にグレンを連れて行っていないのだ。
それは単純に危ないと思ったから。
グレンはエレンに懐いている。とはいえ、エレンが責任をもって育てているわけじゃないし、グレンはこの村の一員だ。
勝手に連れて行くわけにはいかないし、ただでさえ希少種と呼ばれるピクシードラゴンを危険な戦場へと連れて行くわけにもいかないだろう。
そういうことで、エレンはグレンに催眠香を使って出発前に眠らしていたのだ。
効果は耐性のうんぬんや個体によって変わるが、結果的にはグレンが起きる前に事は終わった。
エレン的にはそれで良かったが、グレン的にはそもそも
なので、ご立腹なのである。不機嫌そうに尻尾を振って、エレンの首筋をペチペチと叩く。
そのことにエレンが申し訳なさそうに思いつつも、「仕方なかったの。ごめんね」と自分の行動は間違っていないと思った。
そして、慰めるように頭の上にいるグレンを抱えて膝上に乗せると優しく撫でる。
ゴツゴツした表皮でとても撫で心地とかはあったものではないが、それでもグレンは気持ちよさそうに目を細めて丸まった。
その様子を見ていたライユはふとあることを提案する。
「ねぇ、エレンちゃん。もし良かったら、魔物契約してみる?」
「魔物契約......それっていわゆるテイムってことですか?」
「そうね。わかりやすく言うとそうだけど、厳密には違うのよ。
テイムは半ば強制的に従属させるに近い節もあるけど、魔物契約は相手との信頼を結んだ時に行う契約魔法。テイムと比べてより大きく相手の魔法を引き出せたり、意志を伝えあったり、契約魔物の体の一部を共有できるの。例えば視界とかね」
「なるほど......でも、それってグレンちゃん次第―――――」
「キューイ!」
グレンはライユの言葉を理解したように羽ばたいてエレンと顔を見合わせた。
そして、訴えかけるようにもう一度鳴いた。
「どうやらそっちは乗り気みたいよ。本来魔物側から催促されることは少ないのだけれど、まあ今なら納得できるわ」
「本当に私でいいの?」
「キューイ」
「大丈夫そうね。後はエレンちゃん次第よ。あなたにとって最善を選んで」
「なら、私はこの子と契約します」
エレンはそう言い切った。即答に近かった。
目には迷いはなく、一緒に旅出来たら楽しそうという雰囲気が伝わってきた。
その互いの同調具合はもはや見ただけで伝わってきて、ライユは「もう何も言うことはないわ」と言って、エレンに右手の甲を差し出すよう告げた。
「少し痛いわよ」
そして、エレンが指示に従うとライユはエレンの右手の甲を少し傷つけ血を浮かび上がらせると今度はグレンの手を傷つけて、エレンの血の上に垂らした。
その上に魔法陣が描かれた紙を血に触れさせるように手の甲に張ると突然眩い光が放たれる。
それは一瞬のことで、すぐに光が収まるとエレンの右手には特殊な模様が描かれた青色に僅かに光る魔法陣が描かれていた。
「はい、契約完了。これであなたはこの子と一心同体になったわ。お互いの魔力や意識、認識は共有されて練度次第では視界や聴覚、嗅覚とかの五感も共有できるようになる」
「キューイ」
「す、すごい......グレンちゃんがしゃべってる。あ、改めて初めましてエレンだよ。よろしくね」
エレンにだけ伝わってくるグレンの声。その声に答えるようにエレンは咄嗟にお辞儀しながら丁寧に自己紹介した。
「これが魔物契約......すごい」
「すごいのはこっちよ。全然懐く素振りも見せなかったこの子があなたには簡単に心を開いたんだもの。
やはりあなたは特別な子みたいね」
「ははは、ただ魔物に好かれやすかっただけですよ」
ライユの誉め言葉にエレンはすぐに謙遜するが、ライユ自身はそうであるという確信がもはやあった。
ただの偶然の可能性も当然あるが、この子がこの村にやって来てからいろんなことが一斉に現れて、同時に大切な記憶までも思い出した。
この会話よりも少し前にエレンから事の本末を聞いていた。
レナントとはどうやって出会い、レナントは何を目的にしていたのかを細かく。
そして、一番そう思わせたのはやはりレナントとの出会いだ。
誰にも心を開かなかったピクシードラゴンを懐かせ、そのドラゴンによってレナントまで連れて行ってもらう。
もちろん、そのための工程にはレナントに会う以前に仲間のキラーファングに敵ではないことを証明することも必要だ。
しかし、エレンはライユからの助言も得てその信用をすぐに勝ち取ってみせた。
まるで彼女が望む方向に世界も動いているように。
考え過ぎかもしれない。ただ、そう思えることがライユの中にはたくさんあった。
だから、そう思ったのだ。
故に、特別。まるで天がこの子に何かをさせようとしているみたいに。
そして、同時に思うのだ。エレンの行動は一つ一つが周囲に影響を与えていく。
それが時には危険なことを。
「エレンちゃんはまるで嵐の中心ね」
「どういうことですか?」
「あなたの行動は自分が思っているよりも周囲に影響を与える可能性があるということよ。
良い意味でも悪い意味でもね。でもまあ、あまり気にすることはないわ。
気にしても仕方ないもの......本当にそうであるならばね」
「そう、だったんですか......」
「そんなに気にしないで。言ったでしょ?『気にすることじゃない』って。
あなたはあなたらしく動けばいい。
きっとあなたが未知を生み外そうとした時、助けてくれる人がいるから」
「キューイ!」
「そうね、人だけじゃないわね」
ライユは「ふふっ」と笑いながら存在感を主張するグレンを眺めた。
そして、エレンはその言葉を心の隅にとどめながらも、言われた通り気にしないことにした。
それから、明日には出発してしまうことを惜しんでたくさんライユと話した。
*****
次の日、村の門にはハクヤ達を送る集団が集まっていた。
その集団は村人全員であり、一緒に魔物たちも集まっていた。
実のところ、多少はライユとコーク以外にも交流はあったのだ。
それは調査の時に聞き込みをしていた時に。
「なんだか、あっという間に時間が過ぎ去った感じがするよ」
「色濃い体験をした時ほど案外そういう気分になるものさ。
ってことは、限られた時間の中で精一杯務めを果たしたってことでもある」
「それじゃあ、あとで初の遠征クエスト突破ということで打ち上げでもしないとね。ハクヤの驕りで」
「そんなことを言う人には奢ってあげません」
「ふふっ、そろそろ行こうか。グレンちゃんも挨拶は済んだ?」
「キューイ」
ハクヤ達は少しだけこの村を名残惜しく思いつつ、背を向けて歩き出した。
そして、用意してあった馬車へと乗り込んでいく。
ハクヤが馬を鞭で叩くと馬はいななき、ゆっくりと走り始めた。
そして、荷台から顔を出したエレンとミュエルは遠ざかるライユやコークたちに大きく腕を振っていく。
「はあ、本当に終わっちゃったんだね。
このクエストで自分の至らぬ点がたくさん見つかった気がする」
「大丈夫よ。焦んなくてもどうせどこかの親バカはエレンちゃんに足並みそろえるだろうし。
私には合わせようともしなかったくせにね」
「嫌味が聞こえてるぞー」
「聞こえるように言ったから当然」
「まあまあ、二人とも。それじゃあ、今から行く場所はクエスト達成の報告をするために町へ向かうんだよね? どこ行くの?」
「そうだな......ここから一番近いのはハールクレンって町だな。
俺達が冒険者やっていた町よりももう少し賑やかな感じだ。広くて少し入り組んだところもあるし、何よりダンジョンもある」
「ダンジョン?」
「いわゆる、洞窟のお宝探索。もちろん、レベルアップ目的で入る人もいるだろうけど」
「なるほど。それじゃあ、私もレベルアップしたい。このまま二人におんぶにだっこじゃダメだと思う」
「そういうと思った。まあ、エレンにも出来そうなのがあるか探してみよう。
とにもかくにも、町までしばらくかかるから、それまでは我慢だな」
「はーい」
そうエレンの元気な返事を聞きつつ、ハクヤはこの先に起こり得る一抹の不安を抱えていた。
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