第二十六夜 対面する白き守護神
「待ってグレンちゃん!」
「キューイ!」
暗く染まった空に優し気な光を照らす月がくっきりと見える真夜中、森も静かに眠るような時間帯で突然どこかへ飛んでいくグレンを追ってエレン、ハクヤ、ミュエルもその後を追った。
グレンはまるで行く先がわかっているかのように真っ直ぐと飛翔していく。
そして、時折後ろをチラッと見ながら三人がしっかりとついて来ているか確認していた。
まるでついてくるのが当然のように。
ハクヤはその突然の行動に頭を悩ませていた。
どう見ても様子がおかしいと。
そもそもグレンをしっかりと信用しているわけでもないのにこのような行動をすれば疑うのも当然だ。
とはいえ、グレンがエレンに見せる信用は本物のように見えた。
今の行動が敵の場所へと誘導しているわけじゃなければ、他にも重要な意味を持っていると考えるのが普通だろう。
もっとも、敵であった場合全てを殺すだけだが。
グレンの後を追っていくとどんどんと森深くへと入り込んでいく。
月の光も届かぬ暗闇に覆われていく。
足元は見えづらくなっていき、安全かどうかの判別も不可能。
本当にどこへ連れて行く気なんだ?
そんな疑問を浮かべつつ、警戒しながら様子を見てみると黒とは僅かに違う色が見えてきた。
藍色に水面に少し欠けた黄色い球体がゆらゆらと揺らめいている。あれは.....反射した月か?
となると、向かっている場所は湖か、もしくは巨大な池か。
「キューイ!」
「ここは......!」
先頭を飛んでいたグレンが方向転換しながら一鳴きする。
「到着」したと伝えているようだ。
そして、その到着した場所に三人が辿り着いた時、三人は思わず息を呑んだ。
夜風に揺らめく淡い紫色をした花畑に、その花畑に囲まれた月を鏡写しにしている湖。
それから、その湖の中央にある小さな島にある巨大な岩で伏せている巨大な白いオオカミ。
まるで、ここだけ物語に出てくる幻想の一部のような空間に、先ほどとは明らかに僅かな重圧感を感じる雰囲気に三人は包まれた。
そして、その三人の姿を目でしっかりと確認しながらも、襲ってくる様子も、ましてや警戒している様子もない白いオオカミはただそこに居座る。
「もしかして......あれが白狼様?」
そのエレンの呟きに他の二人は否定の言葉をかけることはなかった。
それは一目で理解してるからだ。
見た目はキラーファングそのもの。
全身白い毛並みに覆われて、鋭い爪を見せているオオカミ。
しかし、その大きさは明らかに他のキラーファングとは違い、その全長は3メートルと優に三人を超えている。
そして、何より体にピリッと伝わってくる少し重たい空気。
見ただけで軽く委縮してしまうような存在感は言葉よりも早く直感で理解させる。
そのキラーファング――――否、白狼に対してハクヤはエレンより前に出ると聞いた。
「お前がこの村を救ったって言う白狼様でいいんだな?」
「......」
白狼は答えない。ただ伏せて組んだ前足に顎を乗っけながら、覇気のあるような目で見つめ返すのみ。
まるで「答えならもう知ってるだろ?」と言わんばかりに。
そして、少しの沈黙の時間が流れると白狼は
「よく来たな。三人の浪人たちよ。お主達が来るのを心待ちにしておった」
「「「!?」」」
「我がしゃべるのがそんなに珍しいか。
その小娘ならまだしも、そなたら二人なら知っていてもおかしくないと思ったが?」
「まあ、いたにはいたが、大抵はアンデッド相手だったしな。
動物系でしゃべるとなれば、お前が初めてだな」
「同じく」
「そうか。まあいい。なら、これで貴重な初体験も終えたということだな」
白狼は重厚感のある声で話した。
しかし、その言葉の端々に威圧するような態度は見られず、むしろ語りかけるに近かった。
「そういえば、『俺達を待っている』とか言っていたな。それはどういうことだ?」
「お主達もわかっているだろ。この村の惨状を。
我々が凌ぎ凌ぎにやっているが、日々敵の数は増えていくばかり。
そして、その日よりも強くなって再び攻めてくる。
ついにはまだ一人だが、被害者も出させてしまった」
「やっぱり、お前達はこっち側だったわけだ」
「え、ハクヤどういうこと?」
ハクヤと白狼は互いにわかっている前提で話を進めているが、イマイチ飲み込めていないエレンは置いてかれたような感覚になりあたふた。
すると、そんなエレンの肩にそっと手を置いたミュエルが簡単に説明してくれた。
「私達はキラーファングがこの村を襲っていると思って調査しに来たけど、それは違ったってわかったでしょ?」
「うん。確か、攻撃の痕跡がおかしいって」
「そう。その相手が村を攻めている相手。
そして、その相手から村を守っているのがキラーファングである白狼様達ってこと」
「それはなんとなくわかってるけど、肝心なその敵の正体がわかってないんじゃないの?」
「わかってるわよ。その相手は――――――ゴブリン」
「ゴブリン?」
ミュエルの言葉にエレンは思わず頭を傾げた。
なぜなら、ゴブリンはコボルトに次ぐ最弱種の一つとなっているからだ。
それはハクヤに教えてもらったことであり、その後調べたことでも同じようなことが書かれていた。
そんな相手にここまで苦戦するようには思えない。
むしろ、ここまで酷くなる方がおかしい。
そう思っているとそんなエレンの疑問に勘づいたハクヤが答えてくれた。
「今、どうしてそんな相手に? って思ってるよな。
それはゴブリンが人に近い感性を持っているからだ。
生き物だって感情があるし、腹が減ったと感じることもある。
だが、そんな普通の生き物と俺達の違うところは道具を使うことだ」
「確かコボルトも道具を使っていたよね?」
「ああ、コボルトも含めてだが、人型の魔物は大抵知性がある。
確かに最弱種と思われがちだが、それはあくまで知性も動物並みのスペックの時だけだ。
相手が人を真似て生きているのなら危険性は跳ね上がる。
もはや人と戦っているようなものだ」
「人と......」
エレンはその最後の言葉に思わず引っかかった。
それは人を殺すこと同義と無意識に結びつけてしまったからだ。
魔物を殺す覚悟を、その勇気を持つことに決めた。
そのつもりで、このクエストも終わらせようとそう思った。
しかし、相手の容姿が違えど、人のような行動を取ったら?
やがて本当に同族と戦わないといけないとしても、そう考えただけで全く別の勇気がいるような気がした。
すなわち、人殺しの勇気。
考え過ぎかもしれない。
だけど、もし命乞いをするようなことがあれば躊躇ってしまうだろう。
そして、そのうちに逆に殺される。
そんなありありとした描写が頭の中に横切っていく。嫌な感覚だ。
しかし、ライユさんが言っていたのはそういうことなのだろう。
自分に生きたい理由があるのなら、成し遂げたい何かがあるのなら殺される前に殺せ。
つまるところ、そう言うことになる。
......この気持ちはハクヤも同じなのだろうか。
ハクヤはあの夜自分を守るために悪を殺すと言っていた。
それは即ち自分を守るために殺す以外に、
いや、きっと自分を守ることは二の次で
そう知っているはずだ。
いつまで自分はうじうじしているつもりだ。
殺す勇気を持つことは辛い。
けど、その勇気を持つためにいちいち悩まなければいけないのか。
違う。自分はもう一度知性を持っている魔物を殺した。
自分の意志で殺した。
慣れない感覚だったことをよく覚えている。
沢山は感じたくないけど、避けては通れない場面もある。それが今だ。
もしここで逃げ出してしまえば、きっとこれらからも同じように理由をつけて逃げてしまうような、ずっと守られて甘えるような感じになってしまう。
「そのゴブリンって......他にも襲っているんですか?」
エレンはこれでもまだ臆病だと思っていた。
行動するために明確な理由が欲しかったのだから。
そんなエレンにミュエルはそっと頭に手を置いて撫でる。
その行動に驚きエレンは思わず顔を上げた。
「やっと顔が上がった。暗い気持ちを抱いているとすぐに顔を俯きがちになってしまうみたいね。でも、顔を上げて、見える世界を見て。
誰がその気持ちを一人で抱え込めって言った?」
「......!」
エレンは正面を見る。隣にミュエル、少し前にハクヤ。
そして、正面に白狼と湖の周りに多くのキラーファングが現れていた。
「どうやら本当にハクヤに育てられたみたいね。
一人で背負い込みがち。
でも、あなたはハクヤほど大きく広い背中をもっていなし。
だけど、それは悲観することじゃない。
あなたにはその重荷を背負ってくれる人がいるんだから。
一人じゃないって思えば、少しは気持ちが楽になるでしょう?」
「.....はい。そうですね」
エレンの表情はようやく硬いものから柔らかいものになる。
そして、エレンの視界にはこの場の風景が少しだけ幻想的に映った。
すると、白狼がエレンの質問に対して答える。
「さて、ゴブリンが何をしたかという質問だが......奴らはすでに他の村を襲って根絶やしにしている」
「!」
「よくわからないが、ここら辺にゴブリンが住み着いていることは知っていた。
だが、奴らは大人しく、憶病で狩猟することがあっても、決して襲えるウサギや鹿ぐらいしか襲わなかった。
しかし、突然牙を向くようになった」
「そして、手当たり次第に周囲の集落を襲ったと?」
「ああ。我はここを優先して守っていて、他の所にも当然同胞を回したが、帰ってきたのは仲間が拾ってきた骨の一部のみ。
骨すらもロクに残っていないという。
そして、奴らは恐らく最後であろうここに集中し始めた」
「ゴブリンは何のために村を襲ったんですか?」
「わからぬ。ただ食料にありつきたかったが、もしくは繁殖だ」
「繁殖?」
「ゴブリンは若い女をさらっては苗床にするんだ。
奴らが植えたタネは必ずゴブリンになる。
そして、早熟の奴らは瞬く間に数を増やしていく。
もっとわかりやすく言えば兵力の増強だ」
「そんなことが......!?」
「それぐらいも教えていなかったのか?」
「ま、まあ......」
白狼にギロッと睨まれたハクヤは思わず目を逸らす。
全くの図星で言い返す言葉もない。
すると、想像力の高いエレンはその襲われた描写をイメージしてしまったのか眉が僅かに縮まった。
そして、キリッとした目つきで白狼に告げる。
「私達にできることはありますか?」
「その言葉を待っていた。さあ、奴らに鉄槌を下す時だ」
白狼はニヤッと笑うとその場で立ち上がり、月夜に照らされながらその場で大きな遠吠えをした。
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