第二十五話 ポーション作り
ハクヤエレンに近づきつつも、その明らかに違和感の感じる緑色の手を視線を向けていた。
そして、その手を手に取るとじっくりと眺め始める。
大きさは子供のような感じであまり大きくない。しかし、鋭く爪が伸びていて、何かを力強く持っていたように一部が僅かに擦れている。
ということは、道具を使ったということだ。そう、道具。被害者の打撲痕も殴るより打ち付けたに近かったからそうなのかもしれない。
それから考え出される敵の姿は......なるほど、そう言うことか。しかも、相手は集団で知性も高い。それに、一般的な奴らの種族よりも。
それがこの周囲にいるのだとしたら、確かに脅威だ。もしかしたら、どこかの村を苗床にして繁殖させた後にここに移動してきたのかもしれない。
そして、キラーファングはそれを撃退している。まあ、そう考えた方が自然ではあるな。
そうでなければ、自らの仲間の屍の腹を掻っ捌く意味がわからない。
もうあの時点で全く違う魔物がいるとはわかっていたが、相手が相手だ。コボルトよりも断然厄介な。
ハクヤはチラリとエレンを見る。エレンは相変わらずキラーファング達に囲まれて舐められてる、否、襲われてる。
とはいえ、本人は「舐め過ぎだよ~」と言いながらもケラケラと嬉しそうだ。
もうすでに自分が下手な誘導のせいでこのような危険を冒す事態を招いてしまっている。
そう考えるとエレンはもうここで村の警備と称して待機させるのが一番かもしれないが、それに気づかないわけがない。
気づいたら一体何と言われるか。後が怖いのもあるし、なにより折れそうにない。
ハクヤは「どうしようか」と悩んだため息を吐きつつ、ノールックで後ろから歩いて来ていたミュエルに持っていた手を投げた。
ミュエルはその突然投げられたものに表情一つ変えずにキャッチするとその手を見た。
「これって......」
「ああ、そう言うことだ。どうやら上位種がここにいるらしいな」
「なるほど、それでその魔物の討伐をしようという感じね。でも、先に行っておくけど、私には説得は無理。むしろ、火に油を注ぎかねない。諦めた方が得策なんじゃない?」
「まあ、そうなるよな。うん、わかってた。もうエレンの成長のためと思って割り切るしかないか。あ~、エレンにはまだ早いと思うんだけどな~。う~ん、大丈夫かな~」
「過保護きもい......全く、私にできることは伝えて見ることだけだから。結果は期待しないで」
ミュエルは相変わらずのハクヤにため息を吐くとそっと告げた。
それはまるでツンデレヒロインのような手のひら返しのようにも見えなくもないが、本人はそのことには気づいていない。
むしろ、「全く自分がいないとどうしようもない奴」と若干の姉貴感を出している。もっとも、全然似合っていないのだが。
「エレン、もう少し探索を続けるぞ」
「うん!」
ハクヤはエレンを引っ張り起こすと再び森の中を歩き始めた。
しかし、それ以上は何も起こらず、その日の探索は終わった。
とはいえ、何も結果がなかったわけではない、ハクヤとミュエルにはこの森にいるもう一人の魔物の正体を知ったのだ。
そして、その日の夜。
コークの家を間借りさせてもらっているハクヤはコインを指で弾いてはキャッチしてを繰り返しながら、探索の頃の知ったことを思い出していた。
十中八九戦闘になるので、その場合の戦闘想定と言うべきか。
ハクヤはコインを机に置くと大きめなバッグからすり鉢や擦り棒、試験管のようなものや丸底フラスコのようなものまで色々だ。
そこに出発する前に買ってきた果物や採集した薬草を風呂敷の上に並べていく。
「よし、準備オッケー」
床に直座りしたハクヤは水を入れた丸底フラスコの下に魔法陣の描かれた紙を敷いて、その紙に魔力を流していく。
その紙の魔法陣には熱を発生させる効果があり、いわゆるコンロの代わりのようなものだ。
そして、それで水を沸騰させる間にすり鉢に果物と薬草を混ぜ合わせていく。
この場にエレンとミュエルはいない。当然、一人の作業だ。
部屋を間借りしているというおかげかエレンが夜な夜な侵入してくることはない。至って平和な夜の時間を過ごしている。
それに今頃はミュエルがエレンに話している時刻だろう。
ハクヤは混ぜたものがいい感じに擦れているのを確認するとそれを沸騰させた丸底フラスコの中に入れていく。
そして、それを煮込むように再び放置しながら。すり鉢に別の薬草を入れて擦り始める。
――――――コンコンコン
ドアがノックされた。こんなことをするのは宿主かエレンかぐらいだが、考えられるとしたら後者であろう。
ハクヤは「どうぞ」と告げると案の定エレンが入ってきた。はてさて、直接抗議にしに来たという感じだろうな。
「どうした?」
「ハクヤにちょっと言いたいことが合ったんだけど......何やってるの?」
可愛らしい寝巻のような姿をしたエレンはふと目に入った作業中のハクヤに疑問を投げかける。
「ポーション作り。戦闘中、怪我をするなんてことは良くある。そして、ダメージを負い過ぎると上手く走れなくなるから、回復魔法を使うだろ? でも、それに魔力ばっか使っていたら、肝心な時に魔法が使えなくなってしまいかねない」
「それを防ぐためにってことだね。知らなかったよ、ハクヤがこんなことをしてるなんて」
「そりゃあ、寝静まった時に一人でやってたからな。一人で夜番は退屈で仕方ないから、前にエレンが貰ってきた基礎魔導書を読んでたらたまたま作り方載っててな。もともといずれは学ぶ予定だったし、ちょうどいい機会かなと思って」
「そっか。ハクヤも何かを学ぶために一歩踏み出していたんだね......」
エレンは僅か頬が緩む。それは自分と同じだと思ったから。
ハクヤが未知の世界に挑戦する勇気とエレンが魔物を殺す勇気を持つことでは同じ言葉でも天と地ほどの差がある。
しかし、同じ何かに勇気を持って取り組むということの時点では一緒であるために嬉しくなったのだ。
エレンは何か話したいことがあったのだろうが、そっちのけでハクヤのやっていることを同じように座って眺めた。
ハクヤは擦り終えた薬草をもう一つの沸騰させてある丸底フラスコに入れて煮る。
そして、二つの丸底フラスコの上澄みだけを注ぐように試験管の中に混ぜ合わせていく。
―――――ボンッ!
「「!?」」
するとその瞬間、試験管のようなガラス管から煙が飛び出してちょっとした破裂音ような音をさせた。水素を炎で燃やしたような音に近い。
その一方で、煙は割に多く発生し、無臭ですぐに晴れたが驚くには十分な量であった。
「これは成功? それとも失敗?」
「わからない。何度かやって成功した試しがないから、恐らく失敗だと思うけど」
ハクヤは開いてある基礎魔導書のポーション作りのページをエレンと一緒に覗き込む。
そのページには絵付きで作業工程が書かれていて、小難しい感じであった。
一先ず、その工程を確認するのは後にして成功か失敗かを確かめてみる。
「えーっと、成功か失敗かを確かめるには出来たポーションの色を見ればいいんだって。成功のポーションは透明に近いけど、薄っすら緑色をしてるんだって」
「俺のは......うっすら青なんだけど」
「失敗したね」
「だな。仕方ない、もともと想定してたことだし、もう一回やってみるか」
「なら、私にも手伝わせて」
何度目かの失敗を繰り返しているハクヤはちょっと精神的ダメージを受けながらも、もう一度挑戦しようとするとエレンが名乗りを上げた。
どうやらエレンもやりたがっているようだ。まあ、ポーションを作れる人が複数いて問題があるなんてことはないし、断る理由もない。
ハクヤは「じゃあ、一緒にやるか」と言って改めて作業工程に目を通していく。
そして、ハクヤがすり鉢で材料を擦り始め、エレンが基礎魔導書を抱えながら作業工程を伝え同時に丸底フラスコに入った水の温度管理をした。
その魔導書には細かく時間が書かれているためにそれを忠実に行おうとしているのだ。
そうして、作業を続けてエレンとの共同作業1回目―――――失敗。
「もう一回だな」
「うん」
もう一度工程を見直しながら二回目―――――失敗。
「やっぱり薄っすら青になるな」
「う~ん、なんでだろ?」
「本当にできるのか?」と二人とも思いながらも三回目の作業に入るとふとペラペラめくっていたエレンは何かを見つけた。
「あ、ハクヤ。これ見て」
「ん? 解毒薬? なになに、解毒薬はポーション作りと非常に似ていて......完成した時は薄っすら青になる。青になる!?」
「そう、ハクヤの作っていたのはずっと解毒薬。まあ、あって損することないから捨てなくて良かったね」
「まあ、それは確かにいいけど。なら、本来のポーション作りはどうなんだろ?」
「う~ん、別々に混ぜてるけど、いっそのこと全部一緒に擦り合わせてみれば?」
「いいのか、それで? 工程通りにやった方が良いと思うけど」
「その工程で躓いてるんだから、同じことでやっても同じ結果になるだけでしょ? だったら、一回違うことしてもいいんじゃない?」
「......そうだな」
ハクヤはエレンの言葉を受け入れると再び作業を始める。今度は必要な材料を全て混ぜてやってみる。
もう3回目も来れば何がどのような作業かエレンも覚えてしまったらしく、ハクヤの行動に合わせて準備をしていく。
そして、ハクヤが材料を丸底フラスコに入れるとエレンがフラスコの下にある紙に魔力を流して温度を調整する。
それから、十分に煮えたのか水に色が出た。しかも、その色はうっすらと緑色をしている。
それを見た瞬間、ハクヤとエレンは同時に顔を見合わせた。その目は互いに期待の眼差しであった。
そして、その上澄みを試験管のようなガラス管に注いでいく。
「で、出来た?」
「どうだろう......」
「試してみる」
そう言ってハクヤは自分の人差し指を針のようなもので刺して血を出すとガラス管に入った液体をグイっと飲んだ。
すると、ハクヤは体に何かが循環するような感覚に襲われ、ふと指を見ると傷が治っていた。
「ハクヤ!」
名前を呼ばれてエレンを見る。すると、エレンは嬉しそうな顔をしていた。
そして、二人は息を合わせたようにハイタッチをした。
「良かったね、ハクヤ」
「ああ、エレンのおかげだ」
失敗した分だけ感動もひとしおなのか二人は本当に嬉しそうであった。
その時、ドアがいきなりガンッガンッとぶつかる音がした。
その突然な恐怖演出みたいな音にハクヤはエレンを隠すように警戒する。
すると、扉を開けて入ってきたのはミュエルとグレンであった。
「何があった?」
「いや、わからない。でも、グレンがエレンちゃんを探してみたいで」
「キューイ!」
エレンがハクヤの部屋に向かう前にぐっすり寝ていたグレンはエレンの目の前で飛翔すると何かを訴えかけるように鳴いて飛んでいってしまった。
その突然の意味不明な行動にエレンは驚きつつも、ハクヤに告げる。
「きっと何かがあったんだよ。急ごう」
エレンはグレンの後を追うようにそのままの姿で移動し始めた。
そして、ハクヤもミュエルにアイコンタクトを飛ばし、頷きが返ってくるとその後を追った。
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