第二十七夜 強襲作戦#1
「エレン、準備はいいか?」
「うん、大丈夫。昨日作っておいたポーションをたくさん持ってるしね」
「ミュエルは?」
「問題なし」
白狼と対面したハクヤ達はその次の日に出撃の準備をしていた。
それは敵であるゴブリンを襲われる前に攻撃しようというものだ。
もっと具体的に言えば巣の破壊。
あの夜の続き、白狼からゴブリンが村の住民を使って兵力を増強していると聞いた。
そして、その数はもともとひっそりと隠れていたゴブリンも含まれる。
しかし、急に大人しかったゴブリンが動くわけがない。必ず理由がある。
その理由の一つはゴブリンロードというユニークモンスターが現れたことだろう。
ゴブリンロードはその名の通り「ゴブリンの帝王」だ。
ごく稀に生まれて強い力とリーダーシップを発揮して、時には人間以上の力と知能を携え人間を様々な用途で襲っていく。
その用途は主に食料と繁殖のためだ。
近隣に残っている村はこの村で他はもう既に手遅れになっているらしい。
そして、白狼がいたことで守られていた村も他の村を襲っていたゴブリンが終結すればひとたまりもない。
だから、先に撃って出る。
簡単に言えば殺される前に殺すということだ。
ハクヤ達はあれから必要な睡眠だけを取ると一日で翌日の出撃の準備を整えた。
そして出撃当日、禅院は各々に必要な荷物を詰め込むと準備を済ませた。
しかし、懸念事項があるとすればそれは......
「エレン、本当に大丈夫か?」
当然、ハクヤにとっての懸念事項はエレンのことだ。
エレンは冒険者になったばかりで魔物を殺す覚悟も全然甘い。
それに戦闘の経験値も圧倒的に少ない。
もっと告げるならこれから行うのは一種の戦だ。
ゴブリンロードによって知能レベルが上がったゴブリンとの戦い。
それはもはや人同士の戦いと何ら変わらない。
だから、もう一度しつこく尋ねたのだ。
いわば、選択......いや、ここで大人しくしていて欲しいという願いの方が多分に含んでいただろう。
ミュエルだけならば聞くこともなかっただろうことをエレンに聞く。
それだけエレンが大切だからに他ならない。
しかし、聞かずとも答えはわかりきってる。
「ハクヤ、もう大丈夫だから。確かに、甘いところもあるだろうけど、私は生半可な覚悟でここまでしていない。だから、信じて」
エレンは強い眼差しをハクヤに向ける。
その輝かしい正義の熱を帯びた目が眩しくてハクヤは思わず目を一度閉じるとふと過去の自分の過去の記憶が蘇ってきた。
人を殺した記憶。たくさんたくさんたくさんたくさん殺した記憶。
目に残る同情も、震える手も感じなくなった時の自分。
やはりエレンのそばは暖かすぎる。そして、眩し過ぎる。
まるで太陽によって消される影のようだ。
しかし、この世界から魔族の脅威が消える前で、自分の同胞がエレンを狙うのを守るため、その全てが終えるまでは身が焦がされようともそばにいよう。
「わかった。けど、苦しかったらしっかりと助けを呼ぶんだぞ?」
「うん、そうさせてもらうよ」
エレンも自分の力の立場が分かっているのか、変に反抗することはしなかった。
そんなエレンの頭をポンッと置いて軽く撫でるとハクヤは動き出した。
その後に二人はついていく。
これから向かうのはゴブリンの巣の一つ。
ゴブリンがこちらに襲撃するために結集するその前に、分散しているうちに数を減らすというものだ。
そうなれば、もしゴブリンロードがいるとして、向かって来るのは王としての威厳を保つための正面突破。
そうなれば、ゴブリンロードは白狼が相手をしてくれる。
それは他ならぬ白狼自身の願いだ。
その理由を聞いても言うことはなかった。
しかし、きっと村の守護神として敵の最大の脅威は自分が排除すべきだと思っているのだろう。
ハクヤ達は目的のゴブリンの巣に向かう前にその通りの途中に陣を取っている白狼に会いに行った。
そして、いつでも動けるようにしながらも、必要以上の緊張はしていない堂々とした伏せの佇まいをしている白狼に声をかける。
「準備は整っているか?」
「獣の我に準備は必要ない。武器なら常に己の肉体と爪、牙があるからな。それはそうと、そちらの小娘を連れてきて良かったのか?」
「ああ、必要だからな」
「
まあ、我はこの村が救えれば構わない。薄情と思うなよ?」
「要するに自分でもこっちのフォローに手を回せるかわからないってことだろ? わかってる」
「ふんっ、ぬかしおるわ」
そう言いながらも、機嫌が良さそうに軽く尻尾を振るう。
そして、向かおうとした時、エレンが白狼に近づいて尋ねた。
「白狼様、一つおたずねしてもよいですか?」
「なんだ?」
「白狼様は殺し合いに正義が存在すると思いますか?」
「それを獣の我に尋ねるか」
白狼は怪訝な目でエレンの顔を見る。
そのエレンの表情は真剣だった。
決して単に聞きたかったというわけではなく、この世界を自分より知っている者に対しての経験を得て辿り着いたであろう結論を聞きたがっていた。
そんなエレンに「おかしな小娘だ」と言いつつも、白狼は告げる。
「当然、正義などありはしないだろう。
正義なんぞ人間が勝手につけた己の信念に正当性を持たせるための口実だ。
殺し合いの時点で同罪。それに、人間とて元は獣だ。
獣が主の繁栄、仲間を守るため、領土を守るため、食って生きるため、そのために殺し合うことなんぞはなから正義も何もないのだ。
いいか小娘、結局人間も我々獣も一緒なのだ。
自分の守りたいものだけ守る。
もし正義を見出すなら単に自分が生きたいからで十分であろう。これで十分か?」
「はい、ありがとうございました」
エレンはそういうと丁寧にお辞儀をした。
その質問でエレンが何を得たかったかそれはハクヤでも読み切れなかった。
やはり未だ殺すことで迷っているのか、だがエレンの表情を見ればすれはすぐに違うとわかる。
エレンのためを思うならば、これ以上の勘繰りは良くないだろう。
ハクヤは一つ息を吐いて思考を切り替えるとエレンに声をかけた。
そして、ミュエルに目線を飛ばすとハクヤ、エレン、ミュエルの順になるように動き出した。
そんな三人の後ろ姿を見ながら、いやエレンの後ろ姿を見ながら呟いた。
「あの気高き娘と同じ香りがするな。これは偶然かはたまた運命か......ともあれ、懐かしい既知に再会したような気分だな」
*****
「見えてきた。ゴブリンの巣だ」
森の中を移動してきたハクヤ達は茂みに隠れると目だけを少し出して、正面にあるゴブリンの巣を見る。
巣といっても、どこかの洞穴を改造したような感じだ。
小さめな入り口に二体の槍をもって白い毛皮を被っているゴブリンが辺りを見渡している。
そして、その入り口の両端にはどくろと骨で形作られたシンボルのようなものがあった。
そのどくろは動物のものではない。明らかに人だ。
ということは、人を食ったかあるいは焼いたか。
どちらにせよ、普通の人間より強いことを主張しているようにも見える。
その卑劣とも思えることにエレンは思わず眉を顰める。
それに、もう一つ問題なのが白い毛皮だ。
そう白い毛を持つと言えばこれまでで一つの種しかしからない。
「......あれって、キラーファングをの毛皮だよね?
キレイに全身の皮を剥いでまるでコートのように来てる。それって......」
「恐らく、いや間違いない。村で襲った男性はあのゴブリンでしょうね。
白い何かが見えたのはゴブリンが着ていたキラーファングの毛皮によるもの。
だから、あの人はキラーファングの仕業と思っていた」
「もっと言えば、キラーファングの腹が捌かれた状態で残っていたのはそういうことだろうな。
食料にもなるし、自分を偽装することも出来る。
そして、そこから取った骨も恐らく何らかで使われてるだろうな」
「ねぇ、ハクヤ。魔物って全部こんなんなの?」
「一概には否定できないな。
知能を持つと他の種族なんてどうでもよくなるんだ。
自分の種族さえ生きていれば。
まあ、今回のはかなり悪辣だがな」
「......そっか、やっと本当の意味で理解した。
マユラさんの言葉、そしてハクヤが『殺せ』と言った言葉。
自分を守るために魔物を殺す。
相手によれば自分がああなってるんだ.....」
エレンは想像してしまった。
自分がああなった時の状況を。
それはもう怖く、苦しく、死にたくなるような気持ちなのだろうと。
若い女の人は苗床にされる。
つまり無理やり犯される。
好きな人がいただろうその人も尊厳も、秩序も、希望もなく醜悪な存在によって全てを踏みにじられる。
それは一体どんなに辛いことだろうか。
いや、辛いだけでは言葉に尽くせない。
人によっては絶望で生きていても自ら命を絶ってしまうかもしれない。
さらに最悪の場合、死ぬことすら許されない。
数で圧倒され、押さえつけられて死よりも辛い非情を受けるだろう。
自分の身は自分で守る。
そんな単純なことが本当の意味で理解できた。
きっと分かり合える魔物もいる。
しかし、それはごく一部で相手が知性を持っていて騙されてああなったらと思うと出会った瞬間すぐに殺すというのはある意味自分の身を最優先に守っている行動とも言える。
――――――もし正義を見出すなら単に自分が生きたいから
そんな白狼様の言葉はふと頭を過る。
これまでむやみに魔物を殺すことはよくないと思っていた。
しかし、それは決してむやみではなく、自分を仲間を守るための当然の行動だった。
自分のこれまでの考え、行動はそれらを危険に晒しているのと同じ。
あぁ、ようやく実感が湧いてきた。
倒すでもなく、殺さなければいけないでもなく、殺すのだと。
「エレン、落ち着け」
「......!」
ふと何か黒いものが一瞬渦巻いた時、ハクヤはエレンの肩に手を置いた。
その瞬間、一瞬にしてエレンの頭に淀みが消え、薄くかかった霧も晴れていく。
そして、ハクヤは告げた。
「エレン、それ以上は俺の仕事だ。そこまで深く考えなくていい。
今は目の前のことに集中しなさい」
「......ごめんなさい。少し考え過ぎたみたい。集中する」
その言葉にハクヤは思わず一つ息を吐いた。
感受性の高いエレンであるからこうなるかもとは思っていたが、存外早く来てしまった。
とはいえ、気づければ抑えられる。やはりまだ自分の仕事は多そうだ。
「ミュエル、準備はいいか?」
「いいよ、いつでも」
「それじゃあ、スリーカウントだ。スリー、ツー、ワン―――――ゴー」
そして、バッと茂みから現れたハクヤ達は門番のゴブリンに強襲した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます