第十九夜 村の現状
「それじゃあ、改めて依頼内容を確認してもいいですか?」
「はい、わかりました」
魔物に好かれないハクヤは泣く泣く一人で仕事の話を進めるために、コークと一緒に彼のの家を訪れていた。
そして、コークに出してもらった紅茶を一口飲んでそう口火を切った。
「俺達が受けている依頼はこの村の周辺にいる大型魔物の討伐。それでよろしいですか?」
「はい、間違いありません。ここ最近、村の周囲に惨殺された魔物の死体が溢れていて、その死体のニオイのせいで他の魔物が寄ってきてしまっているんです。
私達はこう魔物と仲良くすることを信条としていますから、討伐となると中々率先してやってくれる人もおらず」
「なら、テイマーらしく魔物と対話してみればいいのでは? そういう魔法もあったりするのでしょう?」
「ありますが、それはあくまでその魔物と出会えればの話ですよ。
その考えは真っ先に思いついたので、すぐに実行しようとしました。
しかし、そもそもどの魔物がそんなことをしているのかが判断が出来ないのです」
「襲われた魔物の種類とか、死体の傷口とか、木に爪痕とかそういう特徴を含めたとしても?」
「はい。似たような行動をする魔物はいますし、ニオイに釣られて遠くからやって来た魔物の可能性だってあります。
しかも、こちら側から近づいていくと一切姿を見せないのです。
姿もわからない、魔物の種類も判別がつかない。正直、手詰まりですよ」
「だから、依頼を出したと」
コークはその言葉にコクリとうなづいた。
その深刻そうな表情から依頼を出す前に結構なことを試してきたのだろう。
いや、そもそも依頼を出すという時点で冒険者に仕事を受けてもらうための報酬が発生する。
しかし、冒険者とて命を懸けてお金を稼いでいるのだ。
安易な値段では受けてすらくれない。
となれば、必然的に目をつけてもらうには報酬が高くなる。
必死にいろいろ試すのは当然と言えば当然な行動だ。
しかし、魔物に詳しいこの村の人であっても手詰まりとなれば、こちらもやることが制限されてくる。
「ちなみに、殺されたのは魔物だけですか?」
「いや、つい最近森に出かけた一人が大けがを負って帰ってきました」
「それよりも前から魔物の死体はあったんですか?」
「はい、ありました。ですが、一匹か二匹あるぐらいでしたので、それぐらいならいつものことだったんですが......」
「ちなみに、魔物の種類は?」
「主にゴブリンとキラーファングです」
その質問でハクヤは何かを考え始める。
しかし、情報を聞いただけでは何も判断できないし、安易な判断は更なる混乱と危険を呼ぶ。
だから、その唯一の被害者である人がいる場所をコークに尋ねようとするとバンッと勢いよく扉を開かれた。
「白狼様が守ってくれているのよ」
その人物は白髪を団子ヘアーにまとめて、赤いちゃんちゃんこのような服を着ていた。
腰は大きく曲がっており、杖をついている。
恐らくコークの母親であろう。
しかし、白狼様とはどういうことか?
そう思っているとコークが声を荒げる。
「母さん! いい加減にしてくれよ! いつまでそんなことを言ってるんだよ! この村にはもうそんなものは存在しないんだよ!」
「いいや、する。この村が安寧でもって暮らせるのは白狼様がいての存在するから」
「そんな存在見たことないよ! それにこの村の人達がどれだけ信じているか!」
「姿を見せないのはその神聖さが故。しかし、昔に私は見たことがあるの。白狼様は必ずいる」
「まあまあ、落ち着いてください」
コークとコークの母親の言い合いは平行線を辿っているようで互いに意見を譲ろうとしない。
しかし、そもそも事情がそこまで深く呑み込めていないハクヤは二人をなだめると改めてその白狼とやらの質問をした。
「それで白狼様というのは、どういう存在なんです?」
「白狼様は昔母さんがまだ若かった頃にこの村を襲ってきた魔物の集団を退けた存在のことです。
体長3メートルの巨大な白いオオカミらしくて、そのオオカミが村を救ったそうなんです。
それから、母さんは森で何度かその白狼様という存在とかかわっていたらしくて」
「この村の襲撃となれば、当然他の人も目撃者がいますよね?」
「そうね。いたにはいた。
しかし、魔物の集団が押し寄せてきて私らに出来たのは家の中で怯えて引きこもること。
外なんか見てバレた日には仕舞だったわ。だから、思ったよりも見てないの。
そして、見たものは病気やら事故やらで先に旅立ってしまった。
今や存在を知るのは私だけよ」
「だから、この村の人達は半信半疑な状態なんですよ。それに、その白狼様が今度はこの村を襲いに来てるんじゃないかって」
「そんなわけがない! このバカ息子が!」
「母さんはきっと勘違いしてるんだよ!
それに見たこともないものを信じろって......それって神を信じろって言ってるわけだろ?
全くいないわけじゃないと思ってるけどさ、やっぱりそれだけ言うなら見てみたいんだよ。
僕だって信じたい。でも、周りからついに見えないものが見えて来て死期が近いとか言われてるんだよ?」
「言いたい奴には言わせておけ。いるといったら、いるのよ」
そう言ってコークの母親はバタンッと扉を閉めてリビングから出て行ってしまった。
その姿を目で追いながらコークはため息を吐く。
そして、ハクヤの存在に気付くと恥ずかしそうに言葉を告げた。
「すみません、お見苦しいところを。母はライユと言いますけど、ここ最近歳で余計に頑固になっちゃって」
「いえ、大丈夫ですよ。とはいえ、コークさんは信じたいとは思っていたんですね。
先ほどだとほとんど信じていないような口ぶりでしたけど」
「......信じたい気持ちはあります。
でも......いや、正直に言いますとただの自分を守っているだけです。
母は尊敬するテイマーでした。だから、あれほど言う母が間違ってるとも思えません。
しかし、それを知っているのは母だけ。
その存在を僕も信じてると周りに知られて、関係が揺らいでしまうのが怖いんですよ」
「まあ、確かに人って言うのは多人数が同じような意見の方が正義になる。
そして、その正義から外れたものは悪。
極端に言えばそんな残酷な線引きがされているんですよ。
それで、人は自分が外れることを恐れる。
だから、コークさんの気持ちは実に当然の気持ちだと思いますよ」
「肯定してくれるんですね。それはただ自分の意志が無くて逃げてるだけじゃないかって」
「意志と勇気は似て非なるものですよ。
ただどちらかが心の火に灯ればもう片方も火が灯るって具合なだけです。
迷っているのはその火種をしっかり探しているって感じですかね」
ハクヤはコークに諭すように言った。
その言い方はなんだかエレンに近しいものがあった。
いや、実際にどこか近づけていたのかもしれない。
あの夜の出来事はハクヤにとってもエレンがただの人ではないと強烈に印象付けることであったから。
そして、心のどこかでそれほどまでに白くいられることに少しばかりの憧れを抱いたのかもしれない。
だから、柄にもなく話した......のかもしれない。
わからない。気まぐれだ。
しかし、悪い気分はしない。
ハクヤの言葉を聞いたコークは「ありがとございます」と丁寧にお辞儀をした。
その反応に少しだけ心が温かくなるような気がした。
もうすでに死んで凍った心に少しだけ汗をかいたような。
気のせいかもしれないが、これがエレンのしていることだとしたならやはりエレンはあの人の娘だ。
ハクヤはコークから唯一の被害者の家を聞くと一先ずコークの家の外に出た。
そして、大きくため息を吐いた。
「盗み聞きとは相変わらず姑息だな。あと、そんなやり方をエレンに教えるんじゃない」
「姑息じゃない。ただ入るタイミングを伺っていただけ」
「でも、結局見失って聞きっぱなしだったけどね。それにしても、ハクヤがあんな事を言うなんてね」
ハクヤが横を見て声をかけると聴診器のようなものを壁に当てていたミュエルと一緒になって来ていたエレンの姿があった。
二人が仲良くなってくれるのはいいが、あまり汚い技は教えないで欲しいところだ。
といっても、ミュエルはもはや体がそういう風に馴染んでしまっているので今更直すのが難しいと言えばそうなる。
なので、ハクヤはやや諦め気味にため息を吐いたのだ。
それに自分と一緒にいるとなればいずれそのような場面が来るかもしれない。
そして、エレンの質問に「気まぐれだ」と返答すると被害者宅へと向かっていく。
その道中でハクヤは二人に話しかけた。
「一体いつから話を聞いていたんだ?」
「コークさんが母親らしき人物と言い合いしてるところかな。
白狼様って言う存在のことも聞いた。
もっとも情報源が一人しかいないとなると諜報部隊にいた私としては信憑性はゼロに等しいけど」
「私は信じたいかな。だって、本当にそうだったら会ってみたいから。その白狼様ってどんな存在なのかとっても気になる」
「興味があるのはいいことだ。もっとも信じすぎてはいけないがな」
ハクヤはエレンの回答に頬を綻ばせる。相変わらずエレンらしい答えだ。
そう
別にエレンに別のもう一人の意識があるとかそういうわけではない。
ただ、やはりあの夜にあった出来事の時のエレンと比べてしまうとギャップがかなり大きい。
今の返答な年齢相応といった感じだが、あの時は自分よりも年上にもかかわらずまるで母親が子供に優しく諭すように言っていた。
極端に言えば不相応。
しかし、エレン自身であることには変わりない。
それは成長という意味合いではいいかもしれないが、個人的には望ましくない。
ハクヤはそんな自身の勝手な想いとエレンを尊重する想いの板挟みにあっている。
そのせいか少し表情に影を落とした。
「アホ、考え過ぎ。今にどうこうなる問題じゃないでしょ。今は今のやるべきこと」
その時、肩を軽くミュエルに小突かれた。
恐らく、自分の気持ちを察したのかもしれない。
「ああ、そうかもな」
ハクヤはそう答えるとそのまま歩みを進めた。
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