第十八夜 テイマーの村タックス

 のんびりと始まったハクヤとエレン、ミュエルの旅は最初の街を出発してから早くも3日が過ぎた。


 その日の夜、夕食を終えたハクヤ達は焚火を囲みながら暖を取っていた。


「そういえば、これから向かう場所って決まってるの?」


「いや、とりあえず近くの村に行こうかなって。魔物を仕留めて料理するのもいいんだけど、エレンがな......」


「ダメだよ、そういうのは。ハクヤは放っておくと栄養とか考えずにとりあえずお腹を紛らわせる食べ物しか食べなくなるから。しっかりと健康的な食事を作らないと」


「まあ、仕方ない。ハクヤは昔っからだから。腹が減ったらとりあえずタンパク質取っておけとかよく言われて、ビーフジャーキーばっか非常食に持っていたし」


「そもそもまともに食事が取れる環境じゃなかったんだよ。遊び半分で毒盛って殺す奴いるし。そうなると必然的に自分の持っている食べ物しか食べなくなる」


「そんな組織って劣悪っていうのかな? そんな場所だったの?」


 エレンは思わず尋ねた。それはハクヤと出会って10年も経つ今でも聞いたことのないことであったからだ。


 とはいえ、ハクヤの過去には変わりない。と思っていると案外にもそこら辺は教えてくれた。


「俺がいた組織もいろいろとあったんだよ。生きるために仕方なかった奴、殺しに快楽を得ている奴、自分の興味・研究のためにしか動かない奴とな。そこに種族は関係なく、日々明日の自分の命のために魂を汚して訪れるものも少なくない」


「ハクヤは生きるために仕方なかったんだよね?」


「そうだな。ミュエルも同じ理由だ。とはいえ、そこまでくると考え方がイカレた方向に極まっている奴が多いから、話が合う奴の方が少ない。だから、俺にとってはあの組織の中ではミュエルが一番の理解者だったかもな」


「そりゃ、助け出されたときから見てるしね」


 ミュエルは体を丸くするように縮こまると焚火に手を当て、尻尾をゆらゆらと揺らす。


 その素っ気ない態度に表情に変化はないが、尻尾から案外だだ洩れということをエレンは気づいている。


「けど、結局種族がなんだろうと俺達は生き物であることには変わりない。だから、そのために金が要る。その金を稼ぐには危険で汚いが、報酬割り高の暗殺ってのを選ぶ奴も少なくない。もっとも理由は多岐にわたるがな」


「そうなんだ。やっぱり生きるためにはお金が必要なんだね」


 そう告げるエレンはふとこれまでの生活を思い出していた。


 ハクヤは自分に過保護という見方もあるが、自分もそのハクヤの稼ぎに甘えていたのは事実だ。

 しかも、常に敵から狙われているというリスクを背負ってまで。


 いわば、ただ享受するだけの幸せだ。それはとっても楽でいいことなのかもしれない。

 ただ、やはり好きな人にそれをさせるのは心苦しい。


 エレンは自分の胸に手を当てて改めて自分の目標を確認する。

 そして、自分のすぐにでも甘えそうになる心を改める。


 改めて決意を固くしたエレンがふと目の前のハクヤを見るとコインで凄いことをしていた。


 右手に持ったコインを左手に向かって親指で弾く。

 そして、すぐに左手から右手に向かって同じく弾くと右手の人差し指と中指でキャッチした。


 さらに、そのコインを指を滑らかに動かして、隣の指の間に動かし、さらに隣に動かしたかと思うとすぐにリターンさせていく。


 本人はぼーっと夜の空を眺めているだけだ。手元を見ていない。


 しかし、指の間に挟まったコインは落とすことなく正確無比に動いていき、右手から左手に移す時ももはや全て感覚で捉えているかのように弾いていく。


 そして、左手でキャッチしたと思えば、上向きに何度も親指で弾いては同じ場所に落としていく。


 その光景にエレンは思わず魅入った。

 普段ハクヤがなんとなくコイン遊びしてるときはあったが、まさかここまで芸達者なものだったとは。


 そんな瞳を輝かせるエレンにミュエルは尋ねる。


「ハクヤの手ばっか見つめてどうしたの?」


「その、なんか凄いことしてるなって。たまに見たことあるんだけど、ここまでのはなかったし」


「ん? ああこれか? これは暇を持て余した挙句にできるようになったやつだよ。とはいえ、これをやったおかげで手先の感覚が鋭くなって、ほとんど狙いを外さなくなったしな。ちなみに、ミュエルも出来る」


 そう言ってハクヤはミュエルに向かってコインを弾く。

 そのコインをキャッチすると反対の手に弾き、指の間で動かしていく。


「ほんとなんでもハクヤのやっていることを真似しようとした自分が忌々しい。でも、やったおかげで狙いはほとんど外さなくなったんだけどね」


 そう言って、ミュエルはスッとコインをポーチの中にしまった。


 それを見ていたハクヤはすぐに「あ、俺の金貨返せ」というが、ミュエルは知らぬ存ぜぬどこ吹く風といった感じでそっぽ向く。


 しかし、それにはもう一つ理由があり、エレンのスッと細くなった視線を避けるためでもある。


「はあ、仕方ない。くれてやるよ。だから、お前らは先に寝てろ」


「またハクヤが夜番するの? たまにはハクヤが先に寝てもいいんだよ?」


「エレンちゃん、ここはハクヤに任せて。あいつはもともと夜型だから」


 そうミュエルに言われるも夜のハクヤを知ってしまったエレンにはどうしても拭えない不安があるようで、心配そうな目でハクヤを見る。


「大丈夫......って言っても信用はないか。けど、信じてくれ。俺は大丈夫」


「......わかった」


 ハクヤはそっとエレンの頭を撫でるとミュエルに視線で馬車の中へと移動するよう視線を送った。


 その視線にコクリとうなづいたミュエルはエレンの背中を押しながら移動させていく。


 そして、二人の姿が消えるとハクヤは馬車の周りに魔法陣の描かれた紙を置いて、馬車を囲む簡易結界を作り出した。


「さて、さっきから妙に視線がチラつく奴らを仕留めに行こうか」


 そう呟いてハクヤは真夜中の真っ暗闇のような森の中に足を運んでいった。


*****


「新しい場所が見えてきたよ! あれは村かな?」


「タックス村。別名、モンスターテイマーが集う村。まさか最初に行先がそことはね」


「存外近い場所にあったからな。それに別の用事も。ってことで、いくぞ」


 翌日、お昼少し前でハクヤ達一行は様々な魔物と人が共存する村―――――タックスに来ていた。

 そして、タックスの村に入り、近くの宿で馬車を止めると降りて、村を見た。


 その村はのどかさもあるが、どちらかといえば、活気に溢れたような村であった。


 その活気は人同士というよりは、人と魔物が一緒になって遊んだり、会話したりしてる感じだ。


 その魔物の種類も様々だ。オオカミ系や鳥系の動物種だったり、虫系や植物系もあったり、スライムやゴーレムといったものもあったり。


 ともかくたくさんの種類の魔物が村の中へと自由に行き来している。しかし、そこに人を襲うといった感じはない。


 それは新参者であるハクヤ達ですら同じであったからだ。

 すると、そのハクヤ達に一人の男性が近づいて来る。その男性の頭にはまだ生まれて間もないであろうオオカミの子供が。


「あのー、あなた達が今回の依頼を受けてくださった方たちですか?」


「そうですね」


「初めまして。僕はコークといいます。そして、頭に乗っているのが僕の家族が生んだ赤ん坊ですね」


「俺はハクヤだ。そして、エレンとミュエル。それで早速話に移りたいところなんですが、ちょっとそのオオカミを触らせてくれませんか?」


「ええ、いいですよ」


 コークは頭のオオカミの子供を両手で抱えると胸の前に掲げた。


 その一方で、ハクヤはそっとエレンの背中を押す。

 それは出会ってからエレンの視線がオオカミの子供にロックオンされているからだ。


 顔一杯に「触りたい」と書かれているように瞳を輝かせるエレンに気付かない方が難しい。

 ミュエルの時もそうだったが、生き物が好きなのだろう。


 一歩前に出たエレンは割れ物を触るようにオオカミの子供を脇を掴むようにして受け取った。


 まだあどけなさ100パーセントといった感じのオオカミの子供は両腕をピンと伸ばしながら、拙く短い尻尾をフリフリとさせる。


「はぁ~~~~~~~!」


 そのオオカミを見て熱いため息。

 そして、胸元で抱えるとさらに恍惚とした笑みを浮かべ、甘い息を全力で漏らしていく。

 もはやメロメロだ。なすすべもなく落とされてしまっているようだ。

 なぜなら、毛並みを顔に感じるように頬ずりしてるのだから。


「相当生き物が好きなんですね。最近は魔物だからといって殺してしまう人も多いんですが、こうにも愛着を持ってくれると自分のように嬉しいですね」


 コークからもエレンの評価は爆上がりだ。

 しかし、それだけでは終わらなかった。

 エレンがオオカミの子供にご執心であるとそこに団体客がやって来た。


「ヴェレッシュ! はは、まさか子供を産んでまだ警戒心が高まってる時期に自ら来るなんてね」


 そう言いつつも表情を綻ばせるコークの足元には大人のオオカミとその周りにいる5体の子供オオカミの姿があった。


 恐らく、エレンが抱いているオオカミの家族なのだろう。

 そして、その母オオカミは尻尾を大きくフリフリさせながら、ジッとエレンを見る。

 すると、目が合った。


「.......」


「......ワン!」


「お~、よーしよしよしよし」


 まるで「撫でろ」と催促せんとばかりに吠えた母親オオカミにエレンは子供オオカミを先ほどのコークと同じように頭に乗せると撫でにいった。


 もはやその時のエレンは自分自身がかなりの痴態を晒していることに気付いていない。

 といっても、可愛らしい痴態だが。


「あの子、テイマーに向いてますよ。生き物が好きでも生き物に好かれなきゃテイマーに向いていませんから」


「まあ、それはエレンですから。あの子は優しい子なんで、本能でエレンは大丈夫と判断したんでしょう」


「そうだね。その一方で、ハクヤは微塵も好かれてないよね」


「ほっとけ」


 そういうミュエルの足元にはたくさんの猫が集まって来ていた。

 きっと同じ猫であるためにシンパシーを感じたのだろう。

 もしくは、その猫の大半がオスなので発情されているかのどちらか。


 その一方で、ハクヤの周りには一体もいない。

 ハクヤの近くにいるミュエルの周りにいる猫も、ハクヤの近くを避けるようにしてミュエルの足元をスリスリしてる。


 生き物が嫌いではないハクヤはその事実に若干のショックを受けながらも、ようやく本題へと入った。


「それじゃあ、独り身の俺の会話に付き合ってもらっていいですか?」


「ええ、そうですね。早めに話を始めましょうか」


 やはり結構ショックだったのかもしれない。

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