第二十夜 不可解な点

「はい、どちら様で?」


「冒険者のハクヤというものですが、コークさんから自宅をおたずねしまして、少しお話がしたいと思い伺いました」


「......入ってください」


 ハクヤは村の唯一の被害者の家に尋ねると40代ぐらいのひげを蓄えた男性が出てきた。

 その男性は右腕を怪我しているらしく、包帯で固定されている様子だ。

 同じく頭にも包帯を巻いている。

 そして、ハクヤがコークの名前を出すと警戒している様子ではあるが、自宅へ招き入れてくれた。


 案内されたリビングでハクヤ、エレン、ミュエルはその男性と向かい合うように席に座ると早速本題に入る。


「改めて冒険者のハクヤです。こちらの二人がエレンとミュエル」


 ハクヤに紹介された二人は軽く会釈する。

 それに応えるように男性も会釈し、「ミットです」と名前を告げた。


「それで実はコークさんからこの村の周囲にいる魔物の討伐を依頼されまして。

 とはいえ、何も情報を得ずに森に行くのは危険ですから、ミットさんにどのような状況だったか聞きたいのです」


「なるほど、そう言うことでしたか。ということは、私が何に襲われたかということですね?」


「端的に言えばそうなりますね。ついでに当時の状況もお話ししてくれると助かります」


「そうですか、わかりました」


 そう言ってミットは当時の状況を振り返った。

 それを簡単にするとこんな感じだ。


 ミットはある日、いつものように森に出かけてウサギや鹿を狩るために出かけていたらしい。

 いわば、猟師だ。

 といっても、この世界には銃がないので使ったのは主に罠だ。

 その罠を回収する作業に当たっていたらしい。


 その当時の最近の出来事といえば、よく夜とかにオオカミの遠吠えを聞いていたので、その影響か罠にかかっているそれらの獲物の数は少ない。


 その罠にかかっている獲物がゼロなんてことも時折ある。


 しかし、それがいつまでも続いているとこの村の食糧難は時間の問題。

 なので、ミッドはコークよりも早くから冒険者に依頼を出そうか悩んでいたらしい。


 とはいえ、クエストに対する報酬は実に難問で、あまり財政的にいい環境とはいえないこの村からお金っを出すことも出来ないし、かといって自分も出せる金額では冒険者は動かないだろう。


 そう考えたミットは剣や盾といった装備をしながら、いつも通り罠を仕掛けるついでに周囲の探索をした。


 しかし、これまでずっと猟師として生きてきたとはいえ、ミッドは魔物を直接仕留めたことのない。

 その経験のなさは引き起こした出来事があった。


 それはある日にいつも通りに罠を設置していると突然後頭部に強い一撃が加わってきたのだ。

 不意でもあり、後頭部という弱い場所も狙われたせいでミッドは思わずぐらついた。

 咄嗟に剣と盾を装備したが、思ったより強い衝撃が走ったせいか意識が朦朧とし、視界が揺らぐ。


 すると、白い何かが猛然と走ってきて右手を振り下ろしたのだ。

 それはミッドの腕を大きく傷つけて吹き飛ばした。

 その影響でもう一度頭を地面に強く打ち、ミッドの視界は暗闇に落ちたという。

 しかし、目覚めた時にはただその場で這いつくばっていただけだったらしい。

 普通なら魔物に襲われてもう目覚めることはないというのに。


 そして、怪我を負っているのは右腕と後頭部という状況で、痛みを堪えながら帰宅したとのことだ。


「それじゃあ、その魔物の姿をハッキリとは見ていないんですか?」


「ああ、見ていないです。しかし、あれはあの魔物はキラーファングですよ。

 間違いない。白い毛並みに、右腕の鋭い痕はきっとそうです」


「でも、最初の一撃は後頭部でしたよね?」


「それはタックルとかでもしてきたんですよ。突然のことでしたから。

 今でも思い出すあの突然身に降りかかる恐怖は今でも拭えない。早く何とかしてください!」


「はい、そのためにも傷口を見せてもらえませんか? 仲間に回復魔法を使える人がいるんですよ」


 ハクヤはそう伝えながら、チラリとエレンを見る。

 すると、エレンは役に立てる場面が出来たのか嬉しそうに笑うと「任せて」と告げた。

 ミッドはその言葉を信じるとそっと腕を伸ばした。


 その腕に巻かれている包帯をミュエルが外し、腕を持った。

 それにエレンが顔色一つ変えずにそっと手をかざす。


「我らが神よ。御身の慈愛でもって彼の者を治したまえ―――――治癒ルーデ


 エレンの手から優しい光が解き放たれる。

 そして、その光はミッドの右腕を包み込むと傷口を塞ぎ始めた。


 ハクヤはエレンの表情を横目に見つつ割と生々しい傷口に驚かないエレンに少し驚き、されどその一方でミッドの傷を見ていた。


 ミッドの傷は確かに鋭く切り裂かれた跡があった。

 しかし、逆に言えば鋭く切り裂かれ過ぎなのだ。

 確かに何か魔法を使う魔物は多数に存在する。

 しかし、ミッドの言葉によるとあくまで襲って攻撃されたのは物理的事象だ。


 もし魔法で攻撃されたのなら、たとえ意識が朦朧としている状態であっても「何かが飛んできた」と表現するはずだからだ。


 エレンの回復魔法は優秀なのか通常なら3分ほどかかる傷口を1分で塞いでしまった。

 恐らく属性魔法がただの光属性ではないからだろう。

 ハクヤはエレンの潜在能力の高さにこれからの方針を考えつつ、次に後頭部の怪我もエレンに頼んだ。


 そして、エレンはミッドの後頭部にも<治癒ルーデ>を当てていく。

 こちらはそれほど深い傷ではなかったのかすぐに傷口を塞いでしまった。


「すごい、触れても全然痛くない!」


 それに対して、一番驚いているのはミッドであり、ミッドは軽く右腕を動かしながら痛みがないことを確かめる。


 そして、腕の疲れが取れて若干軽くなったようにすら感じる右腕に感動していた。


「ありがとうございます! この恩は忘れません! ぜひ私が取ってきた鹿肉の料理を......と言えれば良かったんですが」


「大丈夫ですよ。気持ちだけで結構です。

 それに俺達はしばらく調査のためにこの村に留まると思いますが、その間の食糧確保は俺達がやりますよ」


「はい、任せてください」


「ゆっくりしてるといい」


「ありがとうございます!」


 ミッドは丁寧にお辞儀した。そのことにエレンは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 そして、これまた丁寧にミッドにお辞儀されながら、ハクヤ達はそのまま森の方へと出掛けた。

 すると、先ほどのミッドの会話を聞いたエレンが思ったことを口に出す。


「それにしても、ミッドさんを襲うなんて、とんだ魔物だね。他の人にも被害が出ないように早く討伐しないと」


「魔物が人を襲うなんてザラさ。奴らも生きるために必死なんだ。

 俺達だって害として討伐しに行ってる魔物だっている。

 一概に悪いとはいえんさ。もちろん、例外あるけど」


「あ......そうだね。確かに、コボルト討伐の時なんてまさにそうだった。間違ってたのは私の方か......」


「別に気に病む必要はない。互いに襲い襲われの関係。

 それを考えていちいち悲観的になっていたら、冒険者としてやっていけないよ。

 冒険者だって生きるお金を稼ぐためにそれらの魔物を討伐して生計を立てている。

 いうなれば、生きるためにやってる。魔物が人を襲うのと何も変わらない。だから、考える必要も無い」


「そう、だね。うん、ありがとう。そう思うと少しだけ心が軽くなったよ」


「もし悪いことをしたというなら、そんな思いにさせたハクヤが悪い」


「俺かよ。俺はただ不変の事実を述べただけで―――――」


「そういうのいいから。黙って受け入れろ」


「......はい」


 ハクヤは「あれ? なんで俺怒られてんだ?」と思いつつも、これ以上は面倒ごと(そもそもミュエルに口喧嘩で勝てないので)にならないように受け入れることにした。


 そして、少し間を置いて咳払いするとエレンに質問した。


「エレン、エレンは冒険者になってまだ間もないが、実は先ほどのミッドの会話と傷で不可解な点がある。それが何かわかるか?」


「不可解な点? うーん、何かあったかな?」


 ハクヤの質問にエレンは頭を捻らせる。

 そして、うーんと考えながら、しばらくして告げた。


「何かあったかな......確かに傷口を見たけど、特に不可解とは思わなかったけど」


「なら、ミッドさんが言っていた魔物の特徴を思い出しみてくれ」


「えーっと、確かキラーファングだったよね。

 キラーファングはオオカミで、オオカミは犬と一緒で......あ、どうやって後頭部に傷つけたんだろ。

 確か、後頭部の傷は打撲痕のような感じだった」


「そう、それが不可解な点だ。

 まあ、もう一つはわからないだろうから言うけど、実は右腕の傷も不可解なんだ。

 右腕の傷は鋭い刃物で切り付けられていたように、切り裂かれた断面がキレイで、後頭部に至っては切り傷すらなかった」


「キラーファングは鋭い爪で攻撃する。

 とはいえ、獣の爪は尖っているけど、きれいじゃない。多少のこぎりみたいにギザギザしてる。

 だから、斬られたときは切断面がキレイなのはおかしい。

 そして、何よりも打撲痕。

 あんな跡つけれるのは頭突きぐらいだけど、頭突きするメリットがない」


「ミュエルの言った通り。

 だから、話を聞きながら、俺達は恐らくその犯人はキラーファングではないと思っている。

 でも、キラーファングの特徴である白い毛並みを見たのだとしたら、その情報だけではキラーファングで間違いない」


「ん? どういうこと? キラーファングでありながら、キラーファングでない?

 え、でも、キラーファングじゃない判断は出来たんだよね?」


「まあ、な。でも、確証が無い。

 その確証を確かめるために今こうして森に向かっている。

 森は何も語らないようで、実は結構のことを語ってくれている。

 それをちゃんと見逃さずに歩けるかが問題なんだけどな」


 ハクヤはそう言いながら周囲を見渡してスタスタと歩いていく。

 その後を追いながら、エレンはふとハクヤの後ろ姿を視界に収めた。

 その後ろ姿はとても軽そうな感じであった。

 纏っている雰囲気だけではそう感じる。

 そのことにエレンは頬を綻ばせながら、ミュエルと一緒に横に並んで歩いていく。

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