第十五夜 もう一つの告白と決意
マリスの暴走によって巻き込まれたエレンであったが、そのエレンのおかげで無事問題は解決したと思われた。
しかし、エレンには重大な問題があった。いや、あってしまったという方が正しいかもしれない。
そして、それを知ってしまった今宵、無視することも難しいし、無視する気もないエレンは家に戻ると真夜中にもかかわらず、椅子に座らせハクヤに率直に尋ねた。
「ハクヤ、私はとても怒ってる。それはハクヤがあんなにも暴力的になっていることもそうだけど、もっと言うべきことがあるんじゃないかって。昔から思ってたよ。実は何かとんでもないことを隠しているんじゃないかって。まあ、私達の出会いからしてもハクヤは普通の人じゃないと理解してたけど、あえて聞かなかった。でも、もうさすがに今回は消しきれないよね?」
「は、はい.......」
ハクヤはどんどんと小さくなっていく。マリスの時の威勢はどこへやら。完全に上下関係が見える構図出会った。
しかし、ハクヤはすぐには口を割らない。そんなハクヤにエレンはそっろ尋ねる。
「ハクヤ、ハクヤは時々帰ってくる時が遅かった日もあるけど、何をしていたの?」
「それは.......」
「それにあの女性は? 私より年齢が上でどうにも親し気な感じだった。まあ、ハクヤに友達がいたことは嬉しく思うけど、全然仲間とかの話をしなかったし......でも、どうにもあの時のハクヤを知っている様子だった。となると、あの人も普通じゃないってことだよね?」
「......」
ハクヤは口を重くしているのか中々答えない。しかし、その表情からは迷惑をかけたくないという感じがありありと伝わってきた。
それを見てエレンはため息を吐く。やはりと思ったが、自分のための行動らしい。
昔っから隠し事があると大抵自分のことだった。全く......どれほど自分のことが大切なのか。
それに関しては大いに嬉しい。にやけそうだ。だがしかし、それだけではもう済まされない。
「ハクヤ、前に言ったよね? 私が冒険者になったのはハクヤの役にも立ちたいからだって。私をここまで大切にしてきた見返りというわけじゃないけど、ハクヤも望んでないだうし......でも、私はこの10年間の恩をただ受け取ってるだけは嫌なの。だから、どうか教えてください」
エレンは頭を下げた。心からハクヤが答えてくれることを願って。
その行動にハクヤは思わず面を食らう。そして、そのような態度を取らせてしまったことに申し訳なさを感じ、ゆっくりと口を開く。
「顔を上げてくれ、エレン。全ては言えないけど、それでいいか?」
「うん、いいよ。今はそれでいい。聞かせて?」
「.......エレン。最初に言っておくが、俺は出来た人間じゃない。本当はエレンのそばに相応しくないほど汚れてしまってるんだ。もうこれからも、この先も拭えないし、増え続ける汚れはもはやこの体に染みついてしまっている」
「ハクヤはどんなことをして来たの?」
「俺は人を殺してきた。
「それはいつから?」
「エレンと会う前から。年齢は10歳の時からかな。俺は生きるためにある組織に入って、そこで報酬と引き換えに命を狩った。いわば、殺し屋さ。その暗殺チームに所属していた。俺の隣にいたのはその組織の仲間。あいつは諜報部隊にいて、あいつから情報を仕入れていた」
「じゃあ、その組織に今も入ってるの?」
「いや、入っていない。エレンと出会ったあの日に、俺は組織を裏切った。でも、その組織は裏切り者を許さないから、今や俺はあいつらにとってのお尋ね者さ......いや、あいつらだけじゃないな。そして、なぜか同じくして組織を抜けた仲間から日々情報をもらいながら過ごしている」
「......」
エレンは表情を一切変えずに全てを受け止めていた。
だが、ハクヤにとってはそれが恐ろしかった。もう少し激情をぶつけてもよかったような気がした。
いや、もしかしたら打算的な考えもあったのかもしれない。エレンが自分に好意を向けていることを利用して。
そんな妙な恐怖と自己嫌悪に板挟みになっているとエレンは思わぬことを聞いてきた。
「ねぇ、それって辛くない?」
「え?」
「だって、辛いよね? ハクヤは私を育てるために日々お金を稼ぎに行かなければならない。でも、外に出ればその組織に見つかるリスクは当然増える。見つかってしまえば、この家のことだってすぐに見つかってしまうかもしれない。そんな常に緊張してなければならない日々なんて辛くない方がおかしいよ」
「大丈夫、俺は慣れてるから。それにエレンが無事であるならそれだけで元気がもらえる」
「そういう問題じゃないよ!」
エレンはバンッと机を叩いて立ち上がる。そして、その状態でハクヤを少し睨むように見た。
「私、ようやくわかったかもしれない.......」
「エレン?」
「どうして怒ってるのか。ずっともやもやしてたんだ。さっきの館でハクヤが暴力的なことをしていて、あのまま殺してしまうかもしれないってのもあると思う。でも、それだけじゃない。ずっとずっとそうだった。ハクヤは私を信用してないわけじゃなかった。むしろ、全信頼を向けていた。だからこそ、私しか見ていない!」
「エレン、少し落ち着いて――――――」
「落ち着いていられないよ! だって、全て私のため、私のためって......そこのどこに自分のためがあるの! ハクヤはどこで自分を顧みてるの! ハクヤは自分が傷つくことを何とも思ってない!」
「そんなことは.......俺がこれまで殺してきたのは悪を嫌ったからだ。組織を抜けてようやくわかった。あの組織は邪悪そのものだって。だから、悪である俺が悪を斬った。それは俺の意思だ」
「嘘だよ! その言葉の裏には絶対“私が平和に過ごせるように”とかあったはずだよ!」
「.......」
「ほら、そうだ! ハクヤは全然自分を大切にしていない! 全部私のためだって!......それが私には悲しいの」
エレンは泣きながら声を荒げた。しかし、その言葉は全て真実であったため、ハクヤに返せる言葉はどこにもなかった。
「全てはエレンのため」そのために自分の人生は存在していた。そうして人生を使っていこうと決めた。だって、あの人の娘だから。
しかし、その言葉を言うのは憚られた。確実に言う必要じゃない言葉だからだ。
エレンはそっと椅子に座る。そして、時折しゃっくりをしながら顔を伏せる。
「私は悲しい。これまでずっとハクヤに甘えている日々だったってわかって、ハクヤが大変な思いをしているのにそれを気にせずのうのうとしていた自分が憎い」
「エレン......エレンが気にすることじゃない。これは俺が勝手に決めたことだ。俺はいつも通りエレンが笑ってくれればいい」
「笑えないよ......全然笑えない。私は悔しい。もっとできることは昔からあったはずだから。全て与えられていた幸せだったなんて」
「それは違う! 俺は俺のためにエレンを大切にしたいと思って! だから、これまで生きてこれた! 確かにエレンが嫌いなタイプの人間だということは百も承知だ。そうじゃなくても、人殺しなんて好かれるはずもないだろう。だけど、俺はたとえエレンに嫌われようと幸せにしたいと思ったから頑張ってきた」
ハクヤは勢いよく立ち上がるとエレンの言葉を否定した。しかし、エレンからはその言葉が真実とは思えなかった。
「それはどこまでが本当の言葉?」
「......え」
エレンの言葉にハクヤは思わず言葉に詰まる。
エレンは依然として突っ伏したままだ。しかし、まるで見られているような感覚にハクヤは襲われる。
そんなハクヤの様子が手に取るようにわかったのか、エレンは答えた。
「それは半分正解で、半分不正解だよね。ハクヤにはずっと消えずに残っている大切な人がいる。その人が誰だか私は知っている。それって、私のお母様でしょ?」
「.......」
「図星の反応だね。わかるよ、だって私はハクヤのことが好きなんだもん。好きな人のことは知りたいから、ずっと観察してた時もあるの。そうしてわかったの。ハクヤは私を通して誰かを見てるって。よくよく考えれば、当然の話だよね。ハクヤが私を助けるためにあの惨劇の夜に現れるわけがない。私のお母様と繋がりがあった方が理解できる。それにお母様もハクヤのことを知っている様子だったしね」
「覚えていたのか」
「忘れる方が難しいよ。あんな夜のことは。そっか......そうだったんだ。ようやくわかった。どうして私の気持ちがハクヤに届かないのか。どうして親子という関係を崩そうとしなかったのか。私がその人の娘だから。ハクヤの大切な人の宝物だから。そんな気持ち抱くわけないよね。抱いたとしても拒絶する。うん、そうだったんだ」
エレンはそっと涙を拭って真っ直ぐとハクヤを見る。その表情はまるで何かの覚悟を決めたようだ。
その表情を見た瞬間、ハクヤは思わず焦る。まるで今にもどこかへ消えてしまような、そんな予感がしたからだ。
不安が心の中を支配する。しかし、上手く言葉が出てこない。
そんなハクヤの気持ちとは裏腹にエレンは席を立つと指を向けて宣戦布告するように告げた。
「ハクヤ、私決めたよ。私のやるべきことを。まずはハクヤの更生。悪に染まってしまったハクヤを殺すこと以外に道はあることをしっかりと示してあげる。そして、ハクヤの中に潜むライバルに勝つこと。まさか相手がお母様とは思わなかったけど、私は負けるつもりは無い。ガンガンいくつもり。それから最後に、強くなること。私がいつまでも弱かったら、ずっとハクヤに守られるだけになっちゃう。私はハクヤの役に立ちたい、守れる存在にもなりたい。以上、3つが私のやるべきことにして、これにてハクヤを完膚無きまでに落としてやる。覚悟しろ!」
「ぁ......はあ~~~~~」
エレンはそのあまりにも堂々した発言に二の句が継げず、疲れたように椅子に座った。
そして、頬杖をついてエレンに告げる。
「もう俺の過去について聞かなくていいのか?」
「いいよ。どうせ今のままじゃ話してくれないだろうし。それに無理やり聞くってあまり好きじゃないから。だから、落として聞く」
「はは、俺は手強いぞ? なんたって10年間も引きずってる男だからな。それにエレンのことは大切な娘だと思っている。そう簡単には覆せない」
「わかってるよ。でも、これから始まる旅で私はハクヤの気持ちを変えてみせる。なんたって、私はハクヤのそばにいるんだから。ハクヤをずっと見てきたんだから。絶対離れるつもりもない。もちろん、旅を反故にするなんて言わないよね?」
「言わないよ。全く誰に似たんだか」
「ハクヤの大切な人の娘ですから」
そんなドヤるエレンを見ながらハクヤはもう一度ため息を吐く。しかし、その表情は明るく優しげであった。
エレンはああいうが、ハクヤ自身自分の運命を変えるつもりはない。とはいえ、あの様子じゃ一筋縄ではいかなそうだ。
そんなことを密かに楽しみつつ、ハクヤは笑みを浮かべる。
「さて、もう寝ようか」
「そうだね。それじゃあ、さっそく二人で―――――」
「一人で寝なさい」
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