第十一夜 変貌

「こんにちは、何してるんですか?」


「え? ああ、こんにちはエレナさん。買い物ですよ」


「それにしては随な大荷物のような気がしますけど......」


 冒険者ギルドに向かう途中のエレナは商店通りでマリスを見かけた。

 そして、知り合いを見つけて挨拶もせず通り過ぎるのもあれだったので、声をかけたのだ。

 その声をかけた人物である人形店を営むマリスは両手に大きな箱を抱えていた。その箱はキレイな布が内側に敷かれている。


 当然のようなエレンの疑問にマリスは笑って答える。


「僕は普段あまり買い物しないんですよ。昔っからモノ作りを始めると完成させるまで一日中家に引きこもったりしていて。だから、大体3日、4日で作品が完成したら、次の作品に向けて食料を備蓄しておこうと思いまして」


「それでそんな感じなんですか。なら、おせっかいでなければ手伝いますよ買い物。こう見えても料理は得意中の得意ですから。食材の目利きには自信があります」


「......ありがとうございます。そして、甘えさせていただきます。ただでさえ、食事に偏りがあるので少しでも栄養が豊富なのを取らないといけませんしね」


「そうと決まればいざ出発!」


 そして、エレンの先導で二人の買い物は始まった。

 初めは野菜選びから始まり、エレンが店主と話をしながら良さそうな食材を探していき、脳内で4日分の食料を計算して出来るだけ安く買い物を済ませようと画策する。

 マリスは「あまり値段は気にしなくていい」と言うのだが、絶賛花嫁修業中のエレンに妥協はない。それをノーと断り、再び真剣に思考を巡らせる。


 それから、長持ちしそうな肉やパンを選んだり、果実を選んでは美味しいジュースやお菓子の調理法を教えたり、他の食材の長期保存の仕方などを教えたりといろんなことを伝えた。

 マリスはそれを真面目な様子でメモに残していく。


 途中、先ほどから気になっていたマリスの右手に巻かれている包帯について聞いてみたが、特にこれといって大きな理由はなかった。

 ただ、その時の表情は硬かったが。


 それから気づけば1時間が経っており、気が付けば16時過ぎの太陽が傾き始めた時間帯。

 エレンはマリスの強い頼みで先ほどのお礼とばかりに途中の食事処でフルーツの盛り合わせデザートを奢ってもらう。

 そこでエレンは相変わらず誰から見ても「美味しそうに食ってる」と思うよな表情で舌鼓を打つ。


 それからかれこれ長い間話し続け、区切りがつくとエレンは両手を合わせた。


「ごちそうさまでした。奢っていただきありがとうございます」


「いえいえ、食材選びだけでなく、調理法や保存法まで教えていただいたんですから当然ですよ。むしろ、こちらが無理にお誘いしたことを申し訳なく思います」


「気にしなくていいですよ。単純に私が奢られるのが苦手なだけでして。それじゃあ、一緒に人形店へと戻りましょうか」


「え?」


「ん?」


 マリスの思わず呆けたような声にエレンは何か変なことを言ったかなと先ほどの会話をリプレイさせる。

 ところが、別にエレンは変なことを言っていない。というよりも、それはマリス側の考え違いだった。


 マリスはこの時点で解散と思っていたのだが、エレンはマリスの買い物を最後まで付き合う―――――即ち、買った食材を人形店まで一緒に届けるまでが手伝いだと思っているのだ。

 いわゆる家に帰るまでが遠足理論である。


 少し考えたエレンはその考え違いに行きつくとマリスに答える。


「最後まで手伝いますよ。それにその荷物は一人じゃ厳しそうですし」


「いえいえ、普段の買い物予算でむしろここまで増やしてもらったのですから。それにこれぐらいは大丈夫です」


 といいつつも、マリスのすぐそばに置かれている小さめの木箱には溢れんばかりの食材がなんとか内側に敷いてあった布に包まれている。

 しかし、ちょっとした振動で結び目の隙間から漏れてしまいそうな感じなのだ。

 そこまで増えてしまったのはエレンの買い物が優秀過ぎた故で、マリスはむしろ食材を増やしてもらったことに感謝してるのだが、エレンはそうではない。


「恐らくだいじょばないでしょう。だから、手伝います。ここまでやったのなら最後まで付き合うのが冒険者の筋ってものです」


「......ありがとうございます」


 マリスは笑ってその返答に感謝の言葉を告げる。しかし、その表情はやや硬かった。


 そして、二人は途中二人の共通の人物であるソフィの話をしながら人形店に戻っていく。

 時間帯はもう夕方。茜色に雲も町もまとめてオレンジ色に染められていく。

 エレンは人形店の裏手にあるマリスの住んでいる家の方にお邪魔するとマリスの指定した場所に抱えていた荷物を置いた。


「なんか.......すごいですね......」


 エレンは部屋の中に入るとすぐに恐らくマリスの作業部屋であろ部屋の中を見回した。

 そこには店と同じように棚の至る所に作りかけの人形が置かれている。どれもこれも、服を着ていない肉体部分のものばかりで、髪の毛がついているものやそれすらもないものと様々にある。

 そんなエレンに気付いたマリスは告げた。


「怖いでしょ? 店の方もそうですけど、あんなにもずらーっと人形があるとお客さんも怖いらしくて、一度お化け屋敷なんて言われ方もしたぐらいです」


「私はそうは思いませんよ。とても真剣に作られたものだと思います。何と言いますか......やはり熱量を感じますね。やはりいずれは人間のような人形を作りたいからですか?」


 エレンはマリスの方を向くとそう尋ねた。それは前に一度マリス自身が口にした言葉だ。

 それを聞いたマリスはすぐには返答せず顔を下に俯かせる。そして、少しして言葉を紡ぎ始めた。


「......僕には大好きな両親がいました。母はとてもきれいで美しくて優しくて、町の皆からも評判の良い自慢の母でした。そして、父は基本無口でしたが、背中で語るようなタイプでして、いつも僕のお手本となるような作品を作ってくれて。上手くできると誉め言葉はないですがゴツゴツとした職人の手で頭を撫でてくれました」


「良いご両親ですね」


「はい、大好きな母と誇りの父を持って僕は幸せでした。でも、僕が成人する少し前にして父は病気で亡くなってしまい、父の代わりにお金を稼いでくれていた母も父が亡くなってからそう経たないうちに病気になってしまいました。体が衰弱していく病らしくて、それを直すための薬もなくやがて静かに息を引き取りました」


「.......」


「僕は見るに堪えなかった。衰弱していく母の姿を。またもう一度元気でキレイで優しい母の姿を見たい。でも、それは叶わなかった。叶うはずもなかった。日に日に体は痩せ細り、頬はこけ、目は窪み、当時まだ32歳の母はまるで数日にして50年の時を過ごしたかのように......清潔に保つように母の体を拭くたびに、昔の自慢の母だった頃の記憶が蘇って、とてもとても辛かった」


「.......」


「......って、何を急に言ってるんでしょうね。すみません、僕としたことがなんだかすごく話したい気分になったんです。おかしかったでしょ? 忘れてください」


「いいえ、別におかしなことなんてありませんよ。そもそも思い出におかしいも何もないんです。その記憶は自分が進んできた道の道しるべのようなものです。思い出には決していいものばかりなものはないですが、どれも前に進むためのヒントが隠されていたりするのです。そのヒントをきっと今は模索中なのですよ」


「......そうかな」


 マリスは静かに呟くように返答する。

 エレンの言葉に少し勇気をもらったような気がした。しかし、それでもまだ顔を上げる勇気がないのか依然として俯かせたままだ。


「辛いかもしれませんが前を見ましょう。やるべきことは前にしか転がっていませんよ」


「.......!」


 エレンはマリスに近づくとそっと顔に両手を触れさせ静かに持ち上げる。

 すると、マリスと目が合った。その目は怯えたように、後悔しているように何かを訴えたそうな目であった。

 その時、マリスはエレンの両肩をドンッと押して突き放す。


「放れてください!」


「ご、ごめんなさい。また出過ぎた真似をしましたね」


「いや、そうじゃなくて......ああ、まただ。やめてくれ。もう出てくるな」


「?」


 マリスは両手で頭を抱えるとゆっくりと後ずさりしながら、どこかの誰かに話しているような会話をし始めた。

 その圧倒的挙動不審な行動にエレンは思わず怪訝な顔をする。そして、すかさず腰に取り付けていた杖を取り出した。


「我らが主よ。御身の慈愛でもって闇の憂いを払いたまえ―――――リフレッシュ」


 エレンは魔法球の先をマリスに向けると状態異常回復魔法である<リフレッシュ>をかけた。これはつい最近覚えたエレンの魔法だ。

 しかし、マリスに効いている効果はない。未だに何かと葛藤し悶えている。


「やめてくれ。もう......もうあんなこと何でしたくない。僕はもう割り切ってるんだ!」


「大丈夫ですか!? とりあえず大きく深呼吸して落ち着いてください!」


「触るな!」


「っ!」


 雰囲気が一変しているマリスにエレンが近づくと近づくのを防ごうとしたマリスが腕を横薙ぎに振るった。

 すると、その手はエレンの頬に直撃して、エレンに尻もちをつかせた。


「あぁ......」


 マリスは思わずやってしまったことに呆然とする。そして、エレンをぶった手を見ながらワナワナと震えさせる。

 その瞬間、手はだらんと落ち、頭もがくんと垂れた。


「......」


 エレンは雰囲気が急激に変わったマリスを見て、思わず恐怖に顔を歪めながら後ずさりする。

 何が起こっているのかわからない。だけど、早くここから出ていかなければいけない気がする。


 コボルトと戦った時とはまた別の恐怖が襲ってくる。

 逃げるために反撃も辞さない考えを持たなければいけないのだろうが、たとえ雰囲気が変わろうとも仲良くしていた相手に武器を向けることなんてできなかった。


 すると、マリスがふらふらと体を横に揺さぶりながらエレンに迫ってくる。

 そして、目線を合わせるようにしゃがみ込むと左手でエレンの肩を掴む。


「なあ、その体、ずっときれいに保とうと思ったことはないか?」


「ふぐっ!」


 エレンにそう尋ねた瞬間、強烈な右ストレートをエレンの腹部に叩き込む。

 その衝撃にエレンはうめき声を上げて、その意識を途切れさせる。


「ああ、最高傑作が作れそうな予感だ」


 マリスは気絶したエレンを肩に担ぐと好青年とは思えない醜い笑い声を浮かべた。

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