第十二夜 的中する不安

 エレンがマリスと商店通りで丁度会ったその頃、ハクヤは知人のミュエルとともに行きつけの酒場に来ていた。

 時間帯がお昼時のせいか人は少ないが、それでも昼間っから飲みに訪れている者はいる。

 そう言う者は大抵歴戦の戦士のような風貌をしている。まあ、実際にそれなりの実力者なのだが。


 その酒場のテーブル席にハクヤとミュエルは向かい合っている。

 そして、ミュエルはハクヤに奢ってもらった酒場オリジナル果実水に尻尾をゆらゆら。とはいえ、理由はそれだけでは無いのだが、今は良いだろう。


「そういえば、前にミュエルが言っていた人形みたいな死体、見たぞ」


「そう。それなら、話が早い。私の方でもそこそこの情報を集めている。それでどんなことを聞きたい?」


「決まってるだろ。その殺人鬼の素性を教えろ」


「そのシリアルキラーの名はマリス=ユースコット。年齢は18歳。商店通りを抜けた先にある人形店を営んでいる一人息子ね。両親は彼が成人する前に父親を、成人して少しした時に母親をともに病で亡くしてる。恐らくこれが原因」


「何が?」


「彼が変わってしまったのが。母親がまだ生きている時はまだ好青年だったらしいけど、亡くした精神的ショックで人形作りにのめり込んでしまうようになったらしいわ。彼の母親の知人がたまたま様子を見た時はまるで3日も食事を作らずに人形とびっしりと言葉が書かれた本を見つめていたらしいわ」


「びっしりと言葉が書かれた本......魔導書か?」


「断定はできない。ただ、彼は小さい頃から魔法を使うような子ではなかったそうよ。だから、その推測は恐らく間違ってない。ま、人が変わる理由なんてそんなもんでしょ。特にハクヤはわかるんじゃない?」


「どうだかな。言ってしまえば俺は俺の欲望のために動いている節がある。それは目的は違えど、一貫性はあるからな。もっとも、一度黒に染まれば、もう二度と黒は抜け落ちない。そして、その黒を白に変えるのが俺の役目だ」


「とはいえ、その白は改心と言う意味じゃなく、人生二週目プレイさせるって意味だけどね。そう考えると、他にも人を殺していたりするでしょ? それに私も十分に悪に染まってるんじゃない?」


「冒険者や一般人が盗賊を殺すとかそう言うことを言ってるのか? だとしたら、それは筋違いだ。誰かを何かを守るためにそうなったとなったら俺の基準ではそれを悪とは思わない。あくまで悪だと断定するのは俺の世界を傷つける奴、身勝手な理由で殺す奴、殺しを楽しんでる奴とか誰からどう見ても悪だろって奴だけだ。それにお前は見せかけだけだ。俺よりは染まっていない」


「そう。なら、良かった。これでハクヤに殺される理由がないというわけね」


「まあ、そう言うことだ。ただまあ、お前が悪に落ちたなら俺が引導を渡してやるよ」


「そうならないように気を付けるわ。それに私はもっと生きたい理由があるの」


「なんか興味あるな。何だかんだで、そんな会話するのは初めてなんじゃないか」


「どうかな。でも、教えなーい。教えて欲しかったらもう少し私の好感度を上げることね」


 ミュエルはイタズラっぽく笑う。基本目がジト目に近いデフォルトなのでそうやって笑うと多少のインパクトがある。

 もとより、ミュエルは昔からほとんど笑わない人物であったためにこうしたふとした会話で笑うのは珍しい。


 そう考えると変わったのは自分だけではないらしい。まあ、こうしてここにミュエルがいるという時点で本来は大きな変化なのだが。

 ミュエルが“生きたい”という願望だけでこの生を謳歌しているのなら、まず組織を裏切ることはないから。


 ハクヤはふと昔やったようにミュエルの頭を撫でみる。サラサラとしてとても撫で心地のある髪に、触りたくなる耳だ。

 その突然な行動にミュエルは思わずギョッとすると顔を赤らめながら、ハクヤの手をはじく。


「なにすんの!?」


「あ~、悪い悪い。ついな」


 口調がやや強い。そして、向けられる目はキリッとしていていかにも怒っていると言わんばかりに睨みつけている。しかし、先ほどよりの尻尾は激し眼にゆらゆらしていた。

 すると、ハクヤは気を取り直すように席を立ちあがると「例の人形店を見に行こう」と告げた。

 ミュエルは相変わらずにらんだ様子だが、ハクヤの後をついていくと隣に並んだ。


「ここか」


「まさしく人形店ね」


 時間は午後15時当たり。その時間はまだエレンはマリスと一緒にどこかにいる時間だ。

 その時間の間、ハクヤとミュエルは人形店の目の前にやって来ていて、ショウウィンドウから見える人形を眺めていた。


「どう、似てる?」


「ああ、人形に種類がある感じだが、俺が見た人型の人形もしっかりとある。店は......開いていないか。

手っ取り早く中を見られれば一番早いんだけどな」


「なら、鍵開けよっか? それぐらいならできるけど」


「いや、相手が用意周到だった時に店に鍵がかかってないことはかなり警戒を高めることになる。恐らく忘れてたで済みはしないだろう。その場合、逃げられるのが一番厄介だ。たまたまどこかへ出かけてる可能性も否めない。時間をズラしてもう一度尋ねてみよう。エレンも心配だしな」


「相変わらずの過保護......あ、一応設定的には親バカの方が良いか。とにもかくにも、よくそんな締め付けられていてエレンちゃんは愛想つかさないね」


「ほっとけ」


 ハクヤはミュエルとともに一度冒険者ギルドに戻っていく。


*****


「.......遅い」


「うざい」


 冒険者ギルドの中で席につきながら指でトントンと叩きながら焦りを募らせるハクヤにミュエルはため息を吐く。

 ギルドに着いてしばらくは他愛もない会話をしていたというのに、あっという間に今や頭の中がエレンのことばかりである。

 相変わらずのエレンスキーだ。といっても、本人にそんなことを言っても、絶対に男女間の情と言う意味合いでは受け取らないし、受け取るつもりもないのだろう。


 ミュエルは頬杖を突きながらやや不満げに尻尾を揺らす。せっかく仕事以外の話も出来ると思っていたのに、気が付けばこうだ。

 前からこんな感じだったが、エレンが成長してきれいに可愛くなっていく度に警備が厚くなってる気がする。ほんと嫌われてないのがすごい。


「でもまあ、さすがに心配ね」


 エレンは目線だけを動かしてギルドの窓から外を見る。

 外は7割近くが夜の空に代わっていて、西側の空がまだわずかに茜色を残すばかり。

 今日は特に仕事がないので、ハクヤはエレンと一緒に帰るつもりだったらしいし、本人にもそのことを伝えてあるし、何よりハクヤダイスキーのエレンがそんな絶好のチャンスを逃すはずがない。


 しかし、エレンは未だ冒険者ギルドに戻ってきている気配はない。

 ギルド嬢にエレンの情報を尋ねても、ハクヤがギルドから出て行ってから戻る間に帰ってきた様子はないらしい。


「人形店に行くぞ。嫌な予感がする」


 ハクヤはガタっと席を立ちあがると焦りといら立ちを混ぜたような表情で颯爽と出口に向かって歩いていく。

 その後をミュエルはハクヤとは別の嫌な予感を過らせながら後についていく。


 それから少しして、人形店に到着。しかし、正面入り口は「お休み中」とドアノブに板がかけられているだけ。

 どうやらまだ戻っていないか、はたまたもう店を閉めてしまったのか。

 それがどちらかわからないが、そんなことなどどちらでもいいことだ。


「ミュエル、開けてくれ。裏口の方だ」


「わかった」


 二人は裏口に回り込むとそこにある扉の前に立つ。そして、ミュエルがドアノブの位置までしゃがむと腰ポーチからマイ仕事道具を取り出してピッキング開始。

 ミュエルは「やっぱ普通の民家はチョロいね」と言いながらものの数秒で開錠。


 ハクヤが警戒して扉を開けると中から人の気配を感じなかった。

 すると、ミュエルが鼻をくんくんと動かす。獣人の嗅覚は人よりも優れているので、何かのニオイを感じ取ったようだ。

 そして、ミュエルはハクヤを追い抜いていくとニオイを頼りにどんどんと奥に歩いていく。


「ここだ」


 ミュエルは天井につるされていた明りをつけるとそこは周囲に棚があり、その棚にはびっしりと作りかけや失敗作の人形が置かれている。

 しかし、荒らされた形跡はない。血の跡もない。

 とはいえ、ミュエルが何かを示した以上、何かがあったことは事実なのだ。


「ハクヤ、落ち着いて聞いて。ここにエレンちゃんのニオイがする。あと、男の人のニオイも混ざっている。それに黒魔導書なんてものもある......これって普通では絶対に手に入らないものなのに」


「ということは、そいつがドールキラーか?」


「断定はできない。けど、否定も出来ないし、確信度合いの方が高いとすら言える。一先ず言えることは、ここでは生かしたまま捉えられたようね。血の臭いもない」


「そんなのはエレンが生きている何の証拠にもならない。ここにいないということは、エレンはどこかに連れ去られたということでいいんだよな?」


「......うん」


 ミュエルはやや冷汗をかきながらハクヤに返答した。それはハクヤがキレているからだ。

 まだ理性がある分だけマシだが......いや、全然マシではないのだが、理性が吹っ飛んだ状態よりはマシという意味合いだ。


 しかし、ハクヤから溢れ出る殺気は実にまがまがしい。エレンが成長したことで、ハクヤの狂暴性もより一層増したか。


「待ってろ、エレン!」


「ハクヤ!」


 ハクヤはイラ立った様子でこの場から走り出した。その後をため息を吐きながらミュエルは追って行く。

 そして、獣人の身体能力を活かして素早くハクヤの真横に並ぶと告げた。


「ハクヤ、落ち着いて。確か、あなたはエレンちゃんと生命リンクさせた石を持っているはず。まずはそれで安否を確かめて」


「......そうだったな」


 ハクヤは止まるとポーチから一つの黄緑色した魔石を取り出した。その魔石からは僅かに脈動のようなものを一定間隔で伝わってくる。

 これはエレンの血を媒介に魔法陣を埋め込んだものだ。もちろん、本人の許可も取ってある。

 それはエレンが生きていれば脈動のシグナルが伝わり、死んでいれば割れる。

 つまり今は生きているということだ。


 ミュエルは軽く肩で呼吸をしながら伝えた。


「少しは落ち着いた?」


「ああ。だが、事態は一刻を争う。場所を案内してくれ」


「やっと頼る気になったようね。任せて」


 そして、完全に日が傾いた夜の街を颯爽と二人の男女は駆けて行った。

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