第十夜 悩む二人

 少女が人形のようにされるという怪奇事件をハクヤが目撃してから3日が経ったお昼の現在、冒険者ギルドにて机を挟んで向かい合うエレンに問い質されていた。


「ねえ、もう3日も特に起きてないんだけど? ほんとに危ないことなんて起きてるの?」


「ああ、起きてる。だから、もうしばらく俺の言うことを聞いてくれ。頼むよ」


 実のところ、ハクヤが体験したことはエレンには話していない。余計な心配を与えたくないからだ。

 また、この3日で人形にされた少女という事件の噂は特に流れていない。


 それは犯人の目星がつかない以上、尻尾を掴ませるには泳がせるしかないと判断したからだ。もちろん、これ以上の犠牲者が出る前に見つけるのが前提である。

 そして、その情報操作はミュエルに任せてある。


 だが、実際の所はこの3日の間でさらに数人も少女が行方不明になった。そのことにはハクヤも自分の愚かさにイラ立つ日々を過ごした。

 そして、さすがにその情報は被害者家族が情報を周囲に拡散させる以上、止めることは出来ないので放置だ。

 しかし、その情報すらエレンに回っていないということはこの町の人達は団結してエレンに心配をかけさせないということでもしているのだろうか。


 とはいえ、その情報を全く知らないエレンはハクヤに意味も分からず夕方前には家に帰るという生活を送っている。

 ハクヤのことだから何かあるのだろうと思いつつも、やはりわけもわからずそのような生活を送るのはストレスが溜まる一方で......せめて説明が欲しいところだ。


 しかし、待てど暮らせどハクヤからその詳細に対する説明はない。

 代わりにエレンの方から問い質してもなんやかんやではぐらかされるばかり。

 ということで、周囲に人がいて断りづらくするという空気をあえて作り出しながら、何度目かの正直だ。


「言うことは聞いてあげる。ハクヤのことだから何かあるんだろうということもわかってる。こんなのも昔っから変わらないということも理解してる。だけど、私も今や成人して、ハクヤの恋人となった以上はそういうこともしっかり話してもらわないと納得できないよ」


「今サラッと事実を捻じ曲げたな。確かにエレンが成人して、大事な娘である以上は出来る限り隠し事をしたくないと思ってる」


「なら――――――」


「だけど、教えたくないというのはそれほど危険なことだということだから。エレンに話して、もしものことが起こったら俺は自分を許せない」


「私はそこまで口は軽くないよ?」


「そう言う話じゃないんだ。相手によっては誘導尋問してくる奴もいる。一見中身のない会話のように感じても相手はそこから10も情報を引き出す場合がある」


「ハクヤが相手をしてるのはそれほどのことってこと?」


「いや、今のはたとえだ。けど、楽観視していいものではない。それにエレンは成人したとはいえ、まだ冒険者になってから日が浅い。戦闘経験も低いし、冒険者独自のルールというのもあまりわかっていない。ごめんな、あまりこうしろああしろと決めつけるようにしてしまって」


「......はあ、結局こっちが折れるしかないんだよね。全く、どうしよもないほど頑固で過保護なんだから。まあ、それだけ私のことが“大好き”ということが理解できただけでも良しとしよう」


「エレン?」


 エレンは無理やりポジティブシンキングに思考を持ち直すとそっと席を立ちあがった。

 そのことを思わす怪訝に思ったハクヤが尋ねるとやはりちょっと拗ねた様子で後ろ向きになりながら答えた。


「でも、これだけは覚えておいて。私が冒険者になりたかったのはハクヤのそばにもっといたかったのもそうだけど、ハクヤがずっと私のために何かしてることを知ってたから助けになりたかった。たとえ、それがほんの少しでも」


 そう言ってエレンはスタスタと冒険者ギルドを後のする。

 その後ろ姿を追いかけも出来ず見ていたハクヤは周りから(主に男の)痛々しい視線を感じた。

 そして、「早くおいかけろ!」とか「あいつ、終わったな」とか「あの子を泣かせたらぶっ殺す」といろんなヤジが飛んできた。

 一体いつの間にエレンはファンを増やしていたのだか。


 ハクヤは地味に自分の不幸を見て喜んでいる奴はいなかったなと思いつつ、とりあえずいたたまれない空気感から逃げるように外に出た。


「はあ、まさかエレンの意図せず作り出したファン伏兵がこんな所までいるとは思わなかった」


「相変わらず何年たとうと女の扱いは苦手そうね。私も含めて」


 ハクヤが冒険者ギルドから出るとすぐに壁に寄り掛かっている銀髪ボブカットを一つにまとめた猫耳少女ミュエルの姿があった。

 ミュエルは腕を組みながら、尻尾をゆらゆらと動かすと「いい気味ね」とイタズラっぽく笑う。

 そして、ゆっくりとハクヤに近づいていく。


「もう10年も一緒に暮らしてるくせに未だてこずってるとか」


「うっさい。この年齢の少女は気難しいんだよ。それはお前でもってしっかり確認した」


「そう? 私はいつも通りだったかと思うけど」


「やっと落ち着いてきた感じだな」


 何か面白がっている様子のミュエルにハクヤはため息を吐きつつ歩き出す。その横をピッタリとミュエルがついていく。


「それで情報は?」


「あるよ。けど、一杯奢ってね」


「はいはい」


 そして、二人はいつものバーへと向かって行った。


******


「―――――――で、そんなに拗ねているわけだ」


「拗ねてないもん! ただ、まだ私はそこまで信用ないかと悲しくなってるだけだもん!」


「それを拗ねてるって言うんだけどね」


 カウンターで顔を伏せながら頬をぷくーっと膨らませるエレンを見て、ソフィは思わず苦笑い。

 かれこれ1時間半ぐらいは話しただろうか。


 最近よく話しに来るなーと思っていつも通りに話を聞こうとしたら、ドバっと先ほどのことをエレンが一方的に話してきた時にはびっくりしたものだ。

 しかも、その内容は最初こそ愚痴っぽかったけど、「やっぱりハクヤは過保護で―――――」といったあたりから聞いてるのはただの惚気。もはや口から砂糖が漏れそうな勢いだ。


 そして、態度から話を合わせ「拗ねてる」と聞けば、「拗ねてない」と帰ってくる。一体正解はなんなのやら。


「話を聞いて思ったんだけどさ。要するにエレンはそのハクヤさんって人が大好きってことなのね」


「それはそうなんだけど! 今回とは話が違うの!」


「いや、全然そうは思わなかったけど。むしろ、“はいはい乙女拗らせおつ~”とか思ってた方だけど」


「なんてことを! くっ、ソフィもマリスさんが好きだから同じ恋してる者同士わかってくれると思っていたのに......」


「へっ!?」


 ソフィは思わずエレンの口から飛び出た衝撃の言葉に目を白黒させる。

 そして、数秒の思考の硬直後、すぐに聞いた。


「な、何言ってるの!?」


「何って......ソフィ、マリスさんのこと好きなんでしょ? 私がこの店にある人形のことを話した時にその人形を眺めながらとても楽しそうに話してたし。それに本の貸し出しの時もあんな露骨な態度出されたら嫌でもわかるよ~」


「は、え、ぁ......うそ.......」


「ほんと」


 そのことを聞いたソフィは顔を真っ赤にさせるとカウンターん机に突っ伏した。まるで見ないでくれと言っているようだ。

 そんなソフィの態度をニマニマした表情で眺めるエレンはもう遠慮なく尋ねる。


「それで、それで? どこに惚れたの?」


「いや~やめて~。聞かないで~。もう羞恥心がマッハだから~」


「大丈夫だよ。愛は誰しもが育む特別な感情だから。むしろ、隠すことがおこがましい! さあ、全てをさらけ出そう!」


「私はソフィみたいに鋼のメンタルしてないの! それにソフィがそうなったのってそうまでしなきゃ相手が素直に好意を受け取ってもらえないからでしょ!」


「うぐっ」


 エレン、痛恨のダメージ。どうやら煽った挙句に待っていたのは強力な言葉のナイフであったようだ。

 そして、エレンはソフィと別の意味で顔を突っ伏す。

 そこから、二人の妙な時間が流れた。時折その様子をソフィの弟が不思議そうに眺めていたが、その気持ちを知るのは弟のみ。


 しばらくして、メンタルダメージを何とか規定値まで回復させたエレンは呟くように聞いた。


「それで真面目な話、私はどうしたらいいのかな?」


「......いつも通りでいいんじゃない?」


 エレンが顔を上げてから、数秒後にソフィも顔を上げる。その顔はまだ少し上気していたが、落ち着きを取り戻したようだ。

 そして、体にこもった熱を冷ますように手を団扇代わりにして仰ぎながら答える。


「私が思うに全く意識していないということはないと思うよ。ただ、そのハクヤさんって人にはその好意に向ける以上のことがあるのかもしれない」


「つまり、私の気持ちを優先してでもしなければいけないってこと?」


「そう。エレンが話したハクヤさんからの反応からして、そのようなことを言って嫌われるのは覚悟しているのかもしれない。確かに過保護かもしれないけど、やっぱ過保護になるにはそれなりの理由があると思うの。それの心当たりは何かない?」


 ソフィにそう言われて、エレンはふと胸に手を当てて過去の記憶を探ってみる。

 すなわち、自分がハクヤに好意を抱く前の記憶。今の気持ちとは正反対でハクヤのことが大っ嫌いだった時の記憶だ。


 確かに、その時から変わらずハクヤ何かを果たすために動いていたようなことが多かった。それこそ、自分の気持ちを無視して。

 どんなに嫌おうと、どんなに逃げ出しても最後にはハクヤがそばにいて、優しく声をかけてくれた。

 もしかしたら、自分はまだハクヤのことを知っているようで、全然知らない気がする。

 考えたら今でも鮮明に思い出す事件の夜、お母様がハクヤのことを知っていた理由をハクヤから全然聞いていない。


「よし、聞いてみよう」


 何かを決意するとエレンは椅子から立ち上がり、ソフィに告げる。


「ありがとう。ちょっと私にもやるべきことが見えた」


「そう。なら、良かったわ」


 エレンは古書店を後にするとすぐさまハクヤが冒険者ギルドにまだいると信じて、商店通りを歩いていく。

 すると、その途中で小さめな木箱を持ったマリスの姿を見かけた。

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