第九夜 殺人現場

「やめろ! 来るな!」


「すまん無理だ。お前だって逃げる相手を容赦なく追いかけ回した挙句に刺殺体にしたろ? その逆が起こっているだけさ。自分だけが助かろうなんて虫がいいと思わない?」


「あああああ!」


 ハクヤは目の前にいる男の足元に向かって手元から剣を作り出す。これがハクヤの唯一の攻撃魔法である<武器生成>だ。

 魔力量とイメージによって作られる武器は様々で、今回はとりわけ一番作り慣れている剣にしただけだ。

 そして、その剣を素早く前方に投げると男の右足を吹き飛ばした。

 それによって、男は前のめりに転倒し、大量に血を溢れ出させる右足を抱えて悶え苦しむ。


 その男に月の光を後光のように背後から照らしながら、闇に溶け込むような服装のハクヤはゆっくり歩き迫る。


「さっきの言葉だけどね。俺だっていずれは同じような運命に辿ると思ってるよ。お前と同じような殺される立場。でも、俺は別に構わない。当然の報いだからな。ただそれはあくまで俺の果たすべき使命を全うした後だ。まあ、あの子はすごく怒るだろうけどな」


 ハクヤはまるで男に投げかけるように言葉を紡ぐ。しかし、男は痛みに堪えるだけでその話を聞いている余裕はない。

 そのこと自体はハクヤもわかっている。わかったうえで独り言のようにしゃべっていただけだ。

 今の幸せには必ず終わりが来ると何度も自分を割り切らせている証なのかもしれない。


「最後に知っておけばよかった情報を一つあげよう。悪を滅するのは必ず正義とは限らない。むしろ、悪を滅するのもまた悪だ。ただし、その悪は普通の悪より質が悪いけどな」


 そう告げて、途中で地面に刺さって引き抜いた剣で心臓を一突き。

 男は最初こそうめき声を上げたが、次第にその動きを小さくしていき、そして目を開けたまま動かなくなった。


 男の死を確認するとハクヤは「この町はどんだけ殺人鬼がいるんだよ。ゴキブリか」と冗談ぽく告げる。


 時は真夜中、丁度エレンとクエストに行った夜のことだ。少し欠けた月が雲に隠れることなく、その存在感を主張する。

 そして、今日も今日とてハクヤの使命のために悪を斬り終えたハクヤがこの場を去ろうとした時、妙な気配を感じ取った。


 すぐに顔を動かさず目線だけを周囲に動かしていく。

 まるで自分が空気と一体になったかのように気配を溶け込ませ、ついでに気配も探る。

 人ではない何かが何体も動いているような感じがする。静かな道に小さくコツコツと音が響いている。


 気のせいと言えばそれで済みそうなほどの微弱な音。されど、ハクヤの直感がそれは何かがあると告げた。

 そして、その音の方向に向かって走っていく。

 すると、とある路地裏に向かう道でネズミほどの大きさの何かが蠢いた。

 それは月明りに照らされた感じではネズミではない。どこかブロンドがかった色が見えた感じがした。


 ハクヤはその後をすかさず追う。そして、ハクヤが路地に入った瞬間、その何かは顔に向かって襲ってきた。

 しかし、ハクヤは冷静にそれを躱すと背後からそれを掴む。


「これは......妖精、いや人形か?」


 ハクヤは暗がりで判断しにくいとそのまま月夜が照らす道まで歩いた。

 そして、手に持ったそれをかざすようにして見てみると人型の何かであった。

 最初こそ、妖精かと思ったが、関節が部品で繋げられたような状態であり、左右に動いている顔が全く表情が変わらない。

 

 それが本当に人形だとして、こんな路地裏で何をしていたのだろうか。

 そう思うハクヤであったが、すぐに人形の持っている右手を見て大体のことを理解した。

 それは人形が持っているナイフだ。おもちゃかと思ったら、金属光沢を見せ、さらに赤く濡れ、どこかの肉片らしきものも付着している。


 つまりハクヤを攻撃する前に誰かを攻撃していたということだ。

 しかし、持っている人形自体からはそれほど強い気配は感じない。となれば、首謀者がいたか、もっと多くの人形がいたか。


 それを確かめるべく、ハクヤは今一度先ほどの路地裏に戻っていく。

 今度はその路地裏でもしっかり何があるか見えるようにポーチから魔力を流すと光る魔石を搭載した懐中電灯で照らしながら。


――――――ピチョン......ピチョン


 一定の間隔を保ちながら何かが滴っている音がする。それが何であるかは照らされた道に流れている赤い液体ですぐに判断できた。

 その周りにも大量の血が飛散している。まだ新しいのか僅かに鈍く輝く。

 そして、その先を照らしていくように懐中電灯の高さを上げていく。すると、次に見えてきたのは足だ。ただし、地面には触れていない。


 さらに高さを上げていく。雪のように青白い足に絡みつくように赤い液体が僅かに付着している。

 それから、頭上近くまで角度をあげた時にはその全体が見えた。

 そこにいたのは真っ白なワンピースを着た金髪の少女。エレンと同じような、もしくは少し上かというぐらいの年齢であった。


 その少女は糸で体中がんじがらめにされていて、地面から遥か高いところで吊るされている。

 顔の青白さからもうすでに亡くなっているだろう。恐らく死因は失血死。

 その理由は少女にあまり外傷らしい外傷が見えないからだ。どこら辺かを刃物で一突きと考えた方だ良い。


 ......そうどこら辺か、なのだ。見た感じ傷跡は見られない。背後に回り込んで見てみても首筋に切り傷がない。

 なら、頭かと思って見てみても血で髪が濡れている様子もなければ、きれいな金髪だ。


「おかしい」


 思わずハクヤは疑問が言葉に出る。そして、それを確かめるようにその少女の高さまで跳躍すると糸を切断して、彼女を抱えながら落ちる。

 そして、地面に着地するとそのままの状態で改めて光を照らし、頭を観察するが傷らしい傷はない。


「すまんが、少し肌を見させてもらうぞ」


 ハクヤは一番疑問に思っていることに手を出した。

 それは傷口が見当たらないのもそうだが、一番の疑問は真っ白なワンピースだ。

 そう“真っ白”なのだ。スカート部分が僅かに赤く濡れているが、それ以外は真っ白で血に濡れていない。


 普通なら見える部分に傷がなければ腹か背中と考えるだろう。

 しかし、そこだとして白いワンピースならまず真っ赤に染まるはずだ。少なくとも刺された部分は。

 だが、そうではない。となると、考えれることは一つ。


 ハクヤは念のため少女の服の胸元を少し切り裂いて、その中をライトで照らす。

 すると、傷口を発見した。どうやら心臓を一突きと言う感じだ。しかし、それなのにもかかわらず、下着は全くもって赤く濡れていない。


「わざわざ着替えさせたのか? なんのために?」


 ハクヤはその意味不明な行動の理解に苦しんだ。到底普通の人がやるような行動ではない。

 思わず頭を痛くしながらため息を吐くとふと手に持っていた人形を見た。

 先ほどは良く意識していなかったが、よくよく見てみるとその人形は同じ金髪で白いワンピース。

 まるで抱えている死んだ少女と恰好が同じなのだ。


 全くの偶然とは思えない。どう考えても意図的に同じように仕組まれたと考えるのが自然だろう。

 そして、気づけば人形も動きをやめている。

 もうここまでくれば誰の犯行かわかったようなものだ。


「これは確かミュエルの情報にあった人物だろうな。さながらドールキラーと言ったところか? 人間を人形にって意味だったら胸糞悪いな」


 ハクヤは吐き捨てるように言葉を告げると優しい目に変えて少女をしっかりと抱えた。


「怖かったろ。ごめんな、助けに来てやれなくて。けど、君の仇は必ず取るからな。もう少しだけ辛抱してくれ」


 ハクヤはそう優しく語りかけると少女を地面にそっと寝かせた。そして、そのそばに人形を置く。

 それから、立ち上がるとこの場を去り始める。


「あの子のためにも、エレンのためにも犯人は必ず殺す」


*****


「はあはあはあ......」


 とある別の路地裏で男が息絶え絶えで呼吸を繰り返していた。

 その恰好はコートにフードを被っており、いかにも人目につかないような恰好をしている。

 そして、その男は頭を抱えながら縮こまる。


「まただ......またやってしまった.......」


 何かに怯えるように小刻みに震える。そして、その状態でワナワナと震える自分の手を眺めた。

 すると、その手をギュッと握り壁に向かって叩きつける。


「くそっ! くそっ!」


 何度も何度も叩きつける。やがて、その手は壁で皮膚を切り血を流していく。

 そして、その手を地面につけると反対の手でナイフを持ち、自分の手の甲を指す勢いで振りかぶった。


「くそ......なんで、なんで......」


 しかし、刃先が甲に触れる直前で止まった。刺すことは出来なかった。

 もう一度振りかぶって、振り下ろす。出来なかった。何度も繰り返す。その回数分だけ失敗が増えていく。

 そして、やがてナイフを落とすとポタポタと涙を流し始めた。


「誰か僕を.......」


 悔しそうに唇を噛みしめ、地面に爪を立てるようにして拳を握っていく。

 そして、空虚な瞳を真上に向けた。そこには屋根と屋根の隙間から月が顔を覗かせる。

 その月に祈るように男は告げた。


「誰か僕を――――――殺してください」

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