第八夜 人形店

「――――――で、安心してへたり込んだらぬかるみで服を汚してしまったと」


「......はい、そうです」


 ハクヤとのコボルト討伐クエストを終えるとエレンは一人ソフィが経営している古書店へとやって来ていた。

 服装は杖を買った武器屋の人から借りた少し質素な軽装備で、もともと着ていた白い服はシミ抜きをしてもらっている。


 その時間潰しに古書店へと訪れたエレンは服装についてソフィから指摘されて、やむなくクエストの内容を話したのだ。

 それを聞いたソフィは「まあ、仕方ないわ」と言うと続けて言葉を投げかけた。


「それにしても、コボルトとはいえよく魔物を倒せたね。私は根っからの庶民だからさ、そういう冒険者活動っていうのをしたことないのよ。その現場を見たこともない。でも、生き物を殺すことになんとなく抵抗感は感じるからね。普通に凄いと思う」


「そうかな? 私も結局すぐ近くにハクヤがいてくれたから頑張れただけでって言うか。一人で同じようなことをしろと言われても今はすぐには出来ないと思う」


「そんなものでしょ? むしろ、最初っから躊躇いなくやれるのは昔っから狩猟とかしていたり、親に教育されたりとかよ。それ以外はちょっとしたサイコパスよ。といっても、虫は普通に殺せたりするのにね~。意外よね」


「そうだね。虫は見た目がちょっとグロテスクに入るからかもね。私も虫なら普通にやれそう」


 そんな他愛もない会話を続けていくとソフィはふと話題を変えた。


「そういえば、前に地図を渡した店に行ってみた?」


「あ、ごめんなさい。まだなの。だから、服を取りに行ったら行こうと思ってて」


「それなら、その店の人にこの本を持っていってくれない?」


 そう言ってソフィから渡されたのはちょっとした分厚い本。そのタイトルは「愛と人形」と言う者だった。

 それを見たエレンは「あ~これか~」とちょっと懐かしそうにしてその本をペラペラめくる。


「知ってるよ、これ。読んだことある。確か製作者と命の宿った人形の恋愛小説じゃなかったっけ?」


「そうよ。これを読んでると泣けるのよね。丁度エレンが返った後、買い物に行ったらばったり会ってね。そこで話してたら、面白い本があるから紹介してあげるって言っちゃって。それで......ごほん、私は弟がまだ小さいから弟に店番は任せられないからね。それでエレンに頼みたいのよ」


「いいけど......でも、こういうのって本人が渡した方がいいんじゃない? 店番なら私が代わってあげるし」


「そ、それも考えたけど......」


 エレンの言葉にソフィは少し口ごもる。そして、カウンターに置かれてる自分似の人形を両手で優しく手に取るとそれを見ながら告げた。


「恥ずかしいのよ......単純に。なんか昨日は一人で勝手に盛り上がっちゃった感じだったし、互いに店を経営しているのにプライベートなことをガツガツ押し付けるわけにはいかないし」


「つまり、恥ずかしいんだね?」


「わざわざ強調してこの子は......」


 ソフィは顔を真っ赤にしながら少しこめかみをピクつかせる。しかし、頼む立場である以上強く言い返せず、諦めるようにため息を吐いた。


「そういうわけだから頼める?」


「もちろん!」


 エレンは服がキレイになって戻ってくる時間までソフィと話しながら時間を潰したり、ちょっとだけ本も買ったりして、時間になったら服を取りに行った。

 そして、武器屋で服を交換していつものハクヤセレクトの修道女のようにも見える白い服装に着替えると前に貰った地図を頼りに歩いていく。


 商店通りを東に抜けて、右に二本目の道を真っ直ぐ行った場所にある大きめのショウウィンドウがある店。

 エレンは周囲をキョロキョロしながらその目印の場所を探していくとある店のショウウィンドウには棚が置かれていて、その棚には様々な人形が置かれている。


 そのショウウィンドウに近づくとその棚にある人形をまじまじと見ていく。

 どれも精巧に作られていて、髪の毛なんかも人の髪と同じように一本一本丁寧につけられているのがわかる。

 もはや妖精のようなそれからは職人の丹精込めて作った想いというのが伝わってくるような気がした。


「いらっしゃいませ」


 エレンがその店に入ると一人の若い青年が出迎えてくれた。その青年は茶髪で腕まくりをしており、エプロンを着ている姿であった。

 その青年が恐らくソフィのお目当ての人物だとエレンは察すると切り出した。


「あのー、すみません。ソフィをご存知ですか?」


「え? ああ、はい。知っていますよ」


「私、ソフィの友人のエレンと言う者です。それで実はソフィから届けて欲しいと頼まれまして。この本です」


「ありがとうございます。なるほど、この本のことだったんですね」


 青年はエレンから手渡された本を眺めると嬉しそうに頬を緩める。その反応にエレンは「ほほぅ」と何やら察したようだ。

 すると、青年はエレンをほったらかしにしていたことに気付くと慌てて対応した。


「あ、すみません。僕はマリスと言います。この人形店を経営している者です。良かったら是非見てください」


「はい、是非見させていただきます。それにしても、すごい数ですね。一面人形だらけ」


 エレンが店内を見渡すと壁の両端にも中央付近に置かれている小さな机や他にも指人形から1メートルサイズの人形と様々だ。

 そして、人形の種類も人型のもあれば、クマのぬいぐるみであったり、陶器で出来た人形であったりとちょっとした布製や小物品などもある。

 とはいえ、大半は人型人形だ。それも今にも動き出しそうな感じ。今が昼だから未だしも、暗いところだと少しホラー感がある。


 感嘆の声を漏らすエレンに合わせるようにマリスは告げた。


「凄いですよね。ここまでの数になると。とはいえ、管理する身にもなって欲しい物ですけどね」


「マリスさんが作ったものではないんですか?」


「大半は父が。僕の作品はまずまずの出来がそこそこあるぐらいですよ。ほら、そこの机の人形とか」


 そう指さされた近くの机の方向にエレンは目線を向ける。そこにあるのは精巧な人形だ。それを見比べるように周りの人形と交互に見てみるがわからない。

 素人目からはどちらも同じように見える。人形をシャッフルされても、それを見破る自信はあまりない。


「私にはとても良くできたお人形さんだと思いますよ。どちらがいいと言われても正直あまりわかりませんね」


「そうですか。そう言っていただけると少しでも父に近づけたような気がします。けど、僕はもっとそれこそ人形を作ってみたいですね」


「似ていますね」


「え?」


「その本の主人公と、ですよ」


 エレンは壁にある人形をじっくりと見ながら、マリスの言葉に返答した。


「あまりネタバレはできませんが、心を持った人形とのお話でその人形を作った人がマリスさんと同じようなことを言ってたんです。だから、その本は案外共感できる部分が多いかもしれませんよ?」


「そうなんですか。なんか読んでもいないのにこの作品に親近感が湧いてきました。今日の夜にも早速読み始めてみます」


 青年は嬉しそうにそう告げた。そして、ほんのタイトルを眺めるとまた頬を緩める。

 そんな表情を横目に見つつ、他の作品を眺めていると見覚えのある人形を見つけた。

 それは唯一空きがある棚に置かれている人形で茶髪でポニーテールであった。そして、顔もどことなく彼女を連想させる。


 そこでエレンは思い切って聞いてみた。


「あのー、この人形ってソフィさんの店にもあった人形と同じものですよね?」


「......ええ、そうですよ。僕が感謝のつもりで作ったのですが、あまり出来が良かったのでもう一つ商品用で作りました。といっても、ソフィさんには内緒にしててくださいね」


「大丈夫ですよ。それにしても、この作品はなんだか楽し気に作られたような雰囲気を感じますね」


「!......わかるんですか?」


 エレンの発言にマリスは思わず驚いたような表情をする。それに対しエレンは「なんとなくですよ」と笑いながら答えた。

 しかし、それでもマリスにとってはそう言われること自体が驚きであったため、少しの間表情から驚きが抜けなかった。


 そんなマリスを知ってか知らずかエレンは尋ねた。


「そういえば、ソフィさんとは親しいんですか?」


「え? ああ、そうですね。普段あまり行かない道を止む終えず通った時に案の定迷ってしまって。その時にたまたま通りかかったソフィさんに助けられました。それから懇意にさせてもらっていて、感謝のしるしに人形を作ったという感じですね」


「それで、今度はソフィさんが本を貸したと。ほほぅ、悪くないですね」


「からかわないでくださいよ。彼女にはもっと良い人が相応しいです。もっとも僕のような人以外でね」


 そう言いながらマリスは寂しそうな表情をした。自分で言って自分で傷ついているような感じだ。

 とはいえ、どうやらマリスの好意もソフィに向いているようであることは確かなようだ。

 そんな二人の関係性がもどかしく感じながらも、なんとも羨ましいと感じるエレナ。この二人の関係を煎じてハクヤに飲ませたいぐらいだ。


「私はそうは思いませんよ。もっと自信を持って――――――」


「僕じゃダメなんです!」


 エレンがフォローとばかしに入れようとした言葉を遮ってマリスは少し強く告げた。

 そのことにエレンがびっくりして会話が途切れる。辺りは静寂が包み込み、外から僅かな人の声が聞こえるだけ。

 すると、ハッとしたマリスが告げる。


「あ、すみません。突然、大きな声を出して。ですが、僕は少なくともそう思うんです。僕は言うほどまともな人間じゃないんですよ」


「こちらこそ、出過ぎた真似でした。ごめんなさい。でも、また寄らせていただきませすね」


 これ以上踏み込むのは不味いと感じたのかエレンは丁寧に謝ると扉に向かい、再びペコっとお辞儀して扉を出た。

 その姿をマリスは何やら耽ったような顔で見ていて、ハッと我に返るとおもむろに頭を抑えた。

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