第七夜 旅の前のやるべきこと
「はあ、今日は早く帰りたかったのにな......またエレンに怒られる」
真夜中の欠けた月が町を静かに照らす中、とある屋根の上でため息を吐きながら嘆くハクヤの姿があった。
ハクヤの姿は相変わらず色素が抜けたような白い髪が良く目立つ。服装が闇夜に溶け込む黒であるから余計に。
そして、ハクヤが真夜中で屋根の上にいる理由はただ一つ―――――仕事だ。
その仕事は至ってシンプル。夜で人目がつかないことをいいことに好き勝手暴れてる悪党を一切残らず始末することだ。
といっても、大抵の相手はシリアルキラーだが。
ハクヤは<夜目>が付与された望遠鏡で周囲を探る。ミュエルから聞いた情報だとこの辺りなのだ。
―――――うわあああああ!
叫び声が聞こえた。男性の恐怖に泣き叫ぶ声だ。その声を感覚を頼りに走り出す。
屋根を伝って最短で距離を詰め、ターゲットを見つけると路地の壁を蹴りながらなお進む。
「突然、失礼するよ」
「ぐはっ!?」
そして、そのままの勢いで這いつくばってる男に馬乗りになっている男の顔面を吹き飛ばした。
その男はその衝撃に体を大きくのけ反らせ、大きく後方に転がっていく。
その間にハクヤは恐怖で気絶した男を抱えるとすぐそばの路地の壁に寄り掛からせるように座らせた。それからすぐに、吹き飛ばした男に向き合う。
「誰だてめぇは!?」
鼻っぱしを左手で押さえながら聞く男にハクヤは丁寧に答えた。
「俺はハクヤって言う者だ。まあ、知ってても知らなくても構わない。お前のような凶悪な奴は俺の大事な娘にいつ危害を加えるかわからないからな」
「そうか、てめぇがハクヤっていうのか。ここ最近じゃ、お前の名を恐れて一端の善人気どりの奴が増えちまったが、俺はそうじゃねぇ。憎い奴を殺す。それだけで俺の行動を止められるわけにはいかねぇ」
「善人になるのはいいじゃないか。俺の名前でそうなってくれるなら俺はやって良かったと思うしかない。それに今の感じだと他の
「けっ、気持ちわりぃ」
男は右手に持った剣を構えるといつでも動ける状態になった。しかし、その一方でハクヤは無防備に突っ立っているだけ。そのことに男は思わずイラ立つ。
そんな男を知ってか知らずかハクヤは悠然と歩いて近づくと告げた。
「ちなみに、さっきの言葉......『憎い奴は殺す』だっけ? そんなことするとこの世界で君の味方はいなくなってしまうよ? 当然、一般人はおっかない人は嫌いだから」
「どの口がそれを言う!」
男は一気に走り出すと剣を上段に構えて、ハクヤに向かって鋭く振り下ろした。
しかし、容易にハクヤに避けられ、ハクヤの来ている黒いコートがまるで挑発するかのように剣を撫でる。
「おらあああ!」
「遅い」
「がふっ!」
男はそのまま思いっきりハクヤが動いた方向にスイングした。しかし、それはハクヤが後方に下がったことで避けられる。
と、ハクヤに攻撃が避けられた瞬間、いつの間にかスッとハクヤが明らかに無防備な間合いに入り込んでいた。
男はスイングから咄嗟に剣を戻そうとするが、その前にハクヤの膝蹴りがみぞおちに入りカランと持っていた剣を落とした。
男がすぐに動けないとわかるとハクヤは男の持っていた剣を手に取って、それを男の首筋に掲げる。
「そう簡単に殺れるほどやわな人生送ってないから。獅子はウサギを狩るにも全力を尽くすって言うでしょ?」
「はっ、俺のことをウサギと言ってる時点で舐めてるのは確かか。この後のことはわかってる。最後に質問に答えろ」
「なんだ?」
「お前の凍てつくような感情のない|瞳《め》は明らかに俺達側の方だ。なのにどうしてそんな偽善者ぶった行動をしている? お前がやってる行動は大儀が違うだけでやってることは同じだ」
「その質問に対する答えは俺が答える前にお前が答えちまったよ。そう、俺とお前らでは
ハクヤは剣を振り抜いた。月が照らす夜道にまた一つの赤い噴水が出来上がった。
*****
翌日、朝食が並べられた机にエレンとハクヤが向かい合っている。そして、エレンの表情はムスッとしている。
「もう、ハクヤ帰って来るの遅い! すっかり熟睡しちゃったじゃん!」
「悪い悪い。もう少し早く帰れたんだけど、付き合いで飲んでたら思ったより時間がかかってて。それにまあ、美容のためには早く寝ることは良いことだと思うぞ? とはいえ、人の枕を抱き枕に使うのはやめて欲しいが」
「確かに美容にはいいけど! ハクヤにはいつもベストな私で迎えるつもりだけど! でもさ、そうじゃないじゃん! 抱き枕もそうだよ! わかるかなこの気持ち! 」
「わからん」
「むーっ!」
わかっているのにわからないフリをするハクヤにそのことがわかってるけど上手く言葉にできないエレンは思わず頬を膨らませる。
そして、ぷんすかしながらハクヤが作った朝食に手を付ける。するとすぐに、我ながらうまく作れた朝食に幸せ感を溢れ出させた。しかし、またすぐに思い出したかのように怒った態度を取る。
そんな表情の入れ替わりをハクヤは面白そうに眺めた。
すると、ハクヤは前から考えていた一つの提案をする。
「エレン、エレンの冒険者ランクが一つ上がれば遠征クエストってのに行けるようになるんだ。もちろん、危険も上がるが、ここからさらに遠くに行けるようになる。どうだ? 行きたくないか?」
「行きたい! わあ、まさかのハクヤからのハネムーンのお誘い! はぁ~~~~~今日死ぬかも」
「冒険をハネムーンか」
突然の言葉に脳内お花畑一色になるエレンにハクヤは思わず苦笑い。しかし、それほどまで喜んでもらえるなら何よりだ。
エレンが冒険者になったらいろんなものを見せてやりたいとずっと考えていた。それは自分が似たようなことをしてもらったから。
その人はもういないが恩返しという意味合いで、その人の娘であるエレンにしてあげるのは当然だとハクヤは考えていた。
しかし、そのためには一つ乗り越えないといけない課題がある。
「エレン、今日は一つクエストランクをあげてコボルトを討伐しよう」
「コボルト?」
「それはクエストを受けてから説明する」
そして、ハクヤとエレンは支度を整えると村から街へ移動。その町の冒険者ギルドでコボルトの5体討伐クエストを受けるとすぐに森へと出掛けた。
「それでハクヤ。コボルトって?」
「犬のようななりをした魔物だ。サイズは子供ほどで、昔にゴブリンを村の外で見かけたことがあるだろ? あんな感じの二本足で立つ犬バージョンだ。ゴブリンより若干知能に劣る分、身体能力はゴブリンより高い」
「う~ん、ゴブリンは確かに見たことあるけど、実際どんな動きするか想像がつかない。だって、私が出会ったゴブリンって大体ハクヤに退治されちゃうから」
「それもそうだったな。けど、今回はエレンがやるんだ。倒すじゃ生き残りが強くなって復讐する可能性があるから、しっかりと殺さないとダメだ。いけるか?」
「やってみる」
そう言うエレンの持っていた杖は小刻みに震えていた。それ即ちエレン自身が震えているということ。
やはり生き物を積極的に殺すということに多少の抵抗感があるのだろう。しかし、その感覚に慣れてもらわないとこの先はどこもやっていけない。
そのこと自体はエレンもわかっているのだろう。反論しないのが良い証拠だ。
ハクヤは周囲を注意深く見ながらコボルトの痕跡を探していく。すると、少し地面がぬかるんでいるところで小さな肉球スタンプされたし跡を見つけた。
その足跡を追って進んでいく。すると、コボルトが川の岸で尖った石を先端に付けた槍で川魚を捕えようとしている。
「あれがコボルト......」
「ああ、そうだ。奴らは雑食。しかし、より上質な肉の味を覚えると是が非でもその味を求める」
「つまり人間を食えば人間を襲うようになると?」
「そういうことだ。それに人を襲うようになるとそれなりに知能もあるが、今は魚を狙っているからそこまで高くない。クレアでも十分にいける。魔物相手は基本不意打ちが一番だ。今ならいける」
「わ、わかった」
遠くの木の陰から眺めていたエレンは静かに立ち上がり三体の魔物を射線上に捉える。
そして、杖を両手に構え、その杖の先に魔力を込め始めた。
「我らが主よ。御身の力を赤熱の光でもって示したまえ―――――
エレンの放った白い光を放つ魔球はまっすぐコボルトに―――――とはならず、震えていた影響か少し逸れて地面に着弾。
その瞬間、その近くを眩い光が覆った。
「キャウン!」
一匹のコボルトがその魔球の範囲に入っていたのかダメージを受けて倒れた。しかし、残りの二体はすぐさまエレンの姿を捕えると手に持っていた槍を投げてくる。
それは真っ直ぐエレンに向かってきた。
「エレン、結界の壁を張れ!」
「う、うん! 我らが主よ。御身の力で断絶の壁を作りたまえ――――――
ハクヤの指示でエレンは目の前に透明な壁を作り出すと飛んできた槍はその壁に弾かれる。そのことにコボルトは驚いた様子だ。
「今だ! 畳みかけろ!」
「我らが主よ。御身の力を赤熱の光でもって示したまえ―――――ホワイトボール二連撃!」
エレンはやや肩を震わせ荒く呼吸をしながら右手に杖を持ち、魔法球をコボルトに向ける。
左手は右手の震えを抑え込むように右手首を掴んで。
そして、連続で白の魔球を2つ発射した。すると、それは先ほどよりも素早く正確さを持って二体のコボルトに被弾。
コボルトは光の熱にやられ倒れる。
「我らが主よ。御身の――――――」
「よく頑張った。後は休憩してていいよ」
エレンがもう一体のコボルトに杖を向けた瞬間、ハクヤがくしゃっとエレンの被っていた帽子でエレンの目を隠した。
そして、エレンがその帽子をあげて前を向いた時にはハクヤは最初の生き残りコボルトを仕留めていた。
すると、エレンは緊張の糸が抜けたようにぺたんとその場で座り込む。それから、大きくため息を吐いた。
「生き物を殺すのが怖かったか? けど、これからはそれが嫌というほど続く。場合によっては魔物以外もありえる。とあれまあ、よく頑張ったな」
「.......うん」
ハクヤはエレンの前でしゃがみ込むともう一度そっと頭に手を置いて撫でる。その撫で方は先ほどより優しかった。
その行為に恥ずかしかったのか、安心したのかはたまた両方の気持ちを抱きながら、エレンはそっと顔を俯かせていた。
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