第五夜 情報提供者
「わぁ~、どうかな? 様になってる?」
「ああ、立派な魔法士に見えるぞ」
ひらりとスカートを揺らしながらエレンはその場で一回転する。
武器屋の女性に服を見繕ってもらったが、服装に大きな変化はなく白を基調にした青いラインの入った服に白のベレー帽といった感じはそのままにして、その服の左肩に五芒星の刺繍を編み込んだだけだ。
そして、他に変化があるとすればエレンの右手には水色のオーブがついた杖がある。
「おいおい、あの子の服は一体どこで手に入れてきたんだ? うちの店の装備服のどれよりも上玉じゃないか。だから、結果的にうちで扱ったのって服に簡単な
「まあ、それはいろいろとね。それで、付与と杖は何にしたんだ?」
「付与は魔法・物理軽減、魔力向上、防汚、自動微小回復ってところだな。そして、杖はカレンドレアっていう魔力の伝達が速い木で作られて、オーブには中級魔法球が使われている。どれもそこらじゃお目にかかれない上玉の付与だ。それぞれ一つしかなくて集めるのに何年もしたし、金もかかった」
「いいのか? そんな付与を俺につけるか聞く前につけてしまって」
「いいんさ。良い装備や武器にはそれに見合った能力が付与されるのは当然のことだ。そして、それを惜しがっているようじゃ一流にはまだまだだしな。それにあの子はなんだか特別のような気がしたんだ。これまでの人生の中でそう感じたのは子供の頃に見た聖女様以来二人目だよ」
「そうですか。なら、気持ちの分上乗せしときますよ」
「気にするな......って言いたいところだが、正直かなりの散財だ。ありがたく受け取っておくよ」
ハクヤは女性に代金を渡すとエレンを連れて店を出ていく。その後ろ姿を見送った女性が渡された袋の中を見てみると大量の金貨が入っていた。
しかも、その数は5枚。金貨と言えば、一つあれば屋敷とかが買えるレベルである。それをポンと5枚も出した。
そのことに女性は思わず唖然としながらもう一度ハクヤ達が歩いていった先を見た。
一方、ハクヤ達は買い物を済ませると再び冒険者ギルドに向かうために商店通りを歩いていた。
「ねえ、この新しい杖でクエスト挑んでみたい。ハクヤがいれば一つ高いランクを挑んでもいいんだよね?」
「まあ、大丈夫だが......エレンにやれるのか? 昔は『生き物を倒しちゃいけないってお母様が言ってた』とか言ってかたくなに嫌がってたじゃないか」
「確かに言ってたけど、それはまあ若気の至りというか、ハクヤにとにかく反抗してたというか......でも、冒険者ギルドって増えすぎた魔物の管理とか、人に危害を加える魔物とかの討伐をしているんだよね? それって、一歩間違えれば死んじゃうような魔物とも相手をしてるってわけで、でもその魔物を相手をしないともっと多くの人が死んじゃうわけで。そう考えると立派な仕事だと思うの」
「でも、エレンがやる必要はないんじゃないか?」
「そうかもしれないけど、私にできることがあるのならば私も他の人のためにできることがしたい。私達は一人で生きてきたわけじゃないんだよ。だから、少しでも負担を減らせればと思って。それにハクヤのそばにいらるしね」
「最後のが本音とみた」
「ふふ~ん、ハクヤもなかなか分かってきたじゃないか。ってことで、今夜こそはどう!?」
「むしろ、そこまでがめついと引くぞ。それに俺達は親子だ。たとえ血が繋がっていなくてもな」
そう言うハクヤにエレンは「ちぇー」と呟きながらふてくさる。相変わらずガードが固いようだ。
そんなエレンを慰めるようにハクヤはエレンの頭を撫でる。
それですぐに機嫌が直るわけじゃないが、ベレー帽からちょろんとでた金髪のアホ毛が揺れているので、全く効果がないわけではないようだ。
するとその時、ハクヤの隣にフードで顔を隠した女性がすぐ横を通り過ぎていく。そして、ハクヤだけに聞こえるようにボソッと告げた。
「午後13時30にいつもの場所に来い」
ハクヤから遠ざかるようにフードの女性は進路変更していく。
その一方で、ハクヤは腰にあるポーチから懐中時計を取り出すと時間を確かめる。指定の時刻までは残り10分ちょっと。
そのことに思わずため息を吐きながら、ハクヤはエレンに告げる。
「エレン、悪い頼まれごと思い出した。だからまあ、あんまり遅くなるようだったら先に帰っててくれ」
「ギルドのクエスト?」
「......まあ、そんなところだ。エレンのランクだとついていくことすら難しい。一日かかることじゃないから安心しろ。たまには好きに街を見て行っていいぞ」
「わかった。頑張ってね」
「ああ、任せとけ。あ、それと危険を感じたら――――――」
「警報の魔道具だね。全く心配性なんだから」
「世の中用心に越したことはないんだよ」
ハクヤはそう告げるとエレンとその場で別れて、フードの女性と落ち合うことになっている場所に向かって行く。それは商店通りから外れた路地裏に入っていく先にある。
路地裏に入ると先ほどの活気があった場所からガラリと雰囲気が変わった。
薄ら寒いような空気がして、死んだような目をギラつかせる浮浪者のような者がたくさんいる。
もちろん、金が無くて落ちた食べものにたかるハイエナのような者もいれば、そもそも日陰的な生活をする者もいる。
そんな環境を見て昔を思い出しながら、ハクヤは気にすることもなく歩いていくと階段を下りたすぐにある古びた看板を見つけた。
その看板の店に入っていくと強面のマスターがコップを磨きながら出迎えてくれる。他にも昼間っから飲んだくれている者もいる。
しかし、目当てはそこにはいない。いるのはこの店に設置されているダーツボードでダーツをしている人物だ。
「ゼロワンか? 確かここのルールじゃ持ち点301のオープンイン・アウトだったよな。今はどのくらいだ?」
「4投目で残り256」
「20、20、5ってところか。結構良い精度じゃないか?」
「なんでわかったの?」
「俺のスコアランクを追い抜こうとしているのはミュエルぐらいだからな」
ハクヤがミュエルと呼んだ人物は銀髪のボブカットをしていてそれを短く後ろでまとめている、猫耳と猫尻尾を生やした獣人の少女だ。
服装はハクヤと似たようなコートを羽織りつつも、水色の服に茶色の短パンで、長くスラッとした足が目立つ。
クールで毅然とした態度なのか声にあまり抑揚がない。年齢はハクヤより5歳若い。
そして、ミュエルはダーツの矢を指ぬきグローブをはめた右手に持つとタイミングを合わせるかのように上下に手を動かしながら、矢を放つ。
「お見事、20入ったな」
「当然、入らなきゃ超えられない。けど、ハクヤに陰で頑張ってたのを見透かされててやる気がなくなったのでやめる」
「それって俺のせいか? まあ別にいいけど、それで呼び出したってことは俺に情報提供してくれるからなんだろ? 組織を抜けたおバカさん?」
「それ、思いっきりブーメラン。むしろ自虐ネタ?」
ハクヤとミュエルは近くの席に座るとミュエルが肩にかけていたバッグから小さめの筒状の装飾品のようなものを取り出した。
それは<防音>の魔道具である。重要な話を他に聞かれたくない場合はその魔道具が作り出す範囲内にいれば他人に聞かれる心配はない。
それをミュエルが机に置くと尻尾を軽くゆらりゆらりとさせながら、話を始めた。
「とりあえず、最近どう? 前にも忠告したけど、上手くやれてる?」
「まあまあってところだな。相変わらずな部分もあるけど、最近はあの人に似て来ていつか見透かされるんじゃないかって冷や冷やしっぱなしだな」
「ハクヤは今も変わらずその人が好きなんだ。もう亡くなって十年も経つのに」
「そうだな。いい加減引きずり過ぎだとは思ってるよ。でも、あの子はあの人に託された大事な人なんだ。だから、俺にはあの人がエレンに向けるべきだった愛情を代わりに与える義務があると思うんだ。勝手に決めたことだから気にしなくていい」
(......気にしないわけない)
ミュエルはボソッと呟くと揺らしていた尻尾を垂れ下げる。そして、軽くため息を吐きながら告げた。
「相変わらずの過保護でなにより」
「過保護ね。別にそこまでじゃないと思うんだが......それよりミュエルの方がどうなんだ? 俺と時期をほぼ同じくして組織を抜けたらしいじゃないか。何があったかわからないが、大丈夫なのか?」
「おかげ様で。私はもともと諜報部隊だったから情報を盗むのも、操作するのもお手のものよ。自分一人の情報を書き換えるぐらいは容易い」
「そっか。まあ、同じ組織のよしみだ。それにミュエルには俺の仕事を手伝ってもらっていてホントに感謝してる。だから、困った時は無理せず言えよ? 俺は容赦なく切り捨てるあいつらのように鋼の心は持ち合わせていないからな」
「!......そう、頼りにしてる」
ミュエルは素っ気なく返事をしつつも、尻尾は先ほどよりもやや速く揺れている。そして、ごほんと一回咳払いすると本題に入った。
「それじゃあ、今回の情報。ここ最近に若い女性の変死体が見つかっている」
「変死体? どんな?」
「全身の血が抜かれている。しかし、外傷は一つだけで、それ以外に傷はない。まるで死体の鮮度を保っているよう。そうね......いうなれば人形ってところかな」
「人で人形を作り出しているってことか。それで他に情報は?」
「ごめんなさい。今はそれしかない。相手は恐らく結構の数をやってるかもしれない。犯行が手馴れてる。そのせいで思ったより情報が回ってこない。一先ず伝えておこうと思っただけ。そういえば、あの子は今どこに?」
「今は一人で町の中を見てるはずだ。良識のある子だし、変な場所には行かないと思う。そう言いつけてあるしな」
「そう。犯行は基本的に夜みたいだけど、時に昼間でも薄暗い路地裏とかで見つかってるらしいから注意を促しておいた方がいい」
「わかった。忠告、感謝する」
そう言いながらハクヤが立ち上がろうとするとミュエルは「まだ待って」と言ってハクヤを止めた。
「それも本題ではあるけど、普通にまだ別の仕事もある。それにそろそろもう危ないってこともね」
「そうか」
ハクヤは席に座ると先ほどの温和な表情を霧散させ、鋭い目つきでミュエルの話を聞いた。
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