第四夜 エレンの装備選び

「ねえ、聞いた? 昨日、路地裏で死体が倒れてたんだって。しかも、その死体の人物は凶悪殺人犯らしくて、彼の部屋からはいくつもの剥いだ人の皮があったんだって」


「う~ん、そうなのか」


 翌朝、村を出発して冒険者ギルド内にある椅子に腰を掛けるとどこからか聞いてきたエレンがハクヤにそんなことを聞いた。

 そして、その言葉にハクヤはあまり興味なさそうに聞いている。


「にしても、意外な反応だな」


「意外? 何が?」


「いや、そう言う話を聞いた時もっと気持ち悪がると思ってたからさ。だって、人の皮を剥ぐんだろ? 正気じゃないだろ」


「まあ、そうなんだけど、少なからずそういう特殊な行動をするのってなんらかの意味があるんだと思うんだよね。もちろん、自分の快楽的に行った人かもしれないけど、そうじゃないとしたらなんだか可哀そうだなって思う気持ちの方が強くなってる気がして」


「可哀そうね......」


 普通の人なら“気持ち悪い”とか“怖い”とか思いそうなところをエレンは違う捉え方をする。

 そんな感じ方の違いを言葉にして聞いたハクヤは思わず優しい笑みを浮かべる。そして、「優しい娘に育ったな」と少しだけしみじみと感じた。


「その話の噂なんだけど、この町に勇者様が現れたからじゃないかって言う話だよ。もしそうだったとしたら、この町の平和のために一役買ってくれたということだよね。それってすごいよね~」


「勇者、か」


 ハクヤは木製のコップに入った果実水を飲むと“勇者”という単語について少し思い出した。


 この世界には勇者がいるらしい。もちろん、この世界を支配しようとしている魔族の王を倒すという目的で。

 しかし、“らしい”と言うのは実際にハクヤが見ていないからだ。ハクヤは元闇の業界で生きてきたため、自分が実際に見た以外の不確定な情報はあまり信じていない。


 それに今回に限っては自分が行った犯行だ。だから、その噂はきっと勇者に憧れを抱く人の勝手な妄言だろうということはすぐわかる。


 そうではなく、ハクヤが気にしているのは勇者と言う存在そのもの自体だ。

 勇者が召喚できる国はとうの昔に魔族に襲われて滅びてしまった。故に、勇者が存在できるはずもない。

 もっと言えば、勇者は聖女がいなければ召喚は不可能だ。

 滅びた国に聖女の血筋がいたかどうかわからないが、いなかったとしたら勇者を召喚できるはずもない。考えられるのはたまたまその勇者召喚を行える者が見つかったぐらい。


 ハクヤはコップを机に置くとチラリと正面のエレンを見た。エレンは美味しそうに果実水を飲んでいる。

 その姿を見るとハクヤは少しだけ悲しそうな表情をして「やはり聖女はいない」と思った。


「ん? どうかした?」


「そうだな。娘も年頃なんだなって思って」


「年頃? それってどういう......あ、まさか私がその勇者様に惚れているとか思っているの!?」


「違うのか?」


「違いますぅ~。私は一途な女ですから、今も昔も想い人はたった一人ですぅ~」


「気になるな。俺の娘がそんなにもぞっこんになる相手がいるとは」


「もうわかってるくせに~」


 エレンは「このこの」と言いたげにいたずらっぽい視線をハクヤに向ける。

 しかし、ハクヤはどこ吹く風といった感じでスルーしながら、席を立ちあがるとエレンに告げた。


「そうえいば、昨日は俺の用事で早く帰ってしまったから、買い物とかしてなかったよな。エレンも冒険者デビューしたことだし、装備を一式揃えるか」


「あ、そういえばそうだった。買い物いこ、買い物。ってことは、これってデートになるのかな?」


「親子の買い物をデートと呼ばないだろ」


「それを言うなら歳が10もない男女を親子と認識する人もいません~」


「それはこう特殊な事情で――――――っておわっ!?」


「さ、いこーいこー!」


 エレンはガバッと席から立ち上がるとハクヤの腕に抱きつきながら、そのまま引っ張り始めた。その速度にやや遅れ気味にハクヤは歩き出す。

 その姿を見て周りの冒険者はニヤニヤした顔と怒りの顔の二つに二分されていた。

 どうやらエレンの言った通り親子とは思われていないようだ。


 そして、二人は冒険者ギルドを離れると太陽光が降り注ぐ商店通りを歩いていく。

 今日は快晴らしく雲一つない青空が広がり、時間も昼時であるために美味しそうなニオイが漂ってくる。

商店通りは多くの出店と人が賑わい、人の往来も激しい。

 そんな中をエレンは被っている白のベレー帽のような帽子からちょろんとアホ毛を出し、長く整えられた照映える金髪をふわりと揺らしながら、ある店で指を指す。


「ねえ、あの店って昨日野ウサギを渡した場所だよね。顔店に行ったらまたくれるかな」


「おいおい、たとえくれるとしても狙ってタダ飯をたかりに行くのは良くないぞ。というか、そんな風に育てたつもりは無いんだが?」


「ふふん、冗談だよ冗談。ちょっと顔店に行くだけだって」


「本音は?」


「......もらえるんじゃないかと思ってました」


「素直でよろしい。まあ、顔店に行くのは悪くないと思うし行くか。もちろん、しっかり買うぞ?」


 ハクヤとエレンは装備一式揃える前に少しだけ腹ごしらえしていくつもりで、野ウサギを渡した店の一つである串肉店に向かった。

 その串肉店で香ばしいニオイをまき散らしているおっちゃんにエレンは元気よく声をかける。


「こんにちはー、昨日ぶりですね」


「おう、こんにちは嬢ちゃん。どうだい? この出来立てのタレ串食っていくか? 嬢ちゃんの可愛さに免じてタダでやる。そっちのあんちゃんは別な」


「悪いですよ。それに今回は普通のお客として来たんです。私だけ贔屓されてるのはちょっと良くないと思うので、私も普通の一般客として扱ってください」


「くぅ~、なんて出来た子だ。こりゃあ、きっと育てた親が立派なんだろうな」


 そんなおっちゃんの言葉に少しだけ誇らしくなるハクヤ。もっともハクヤが嬉しがっているのは自分のことよりも、エレンの母親のことに関してだが。

 そして、おっちゃんはエレンからお代をもらいつつも、結局こっそり一本多くサービスしているところをハクヤは見逃さなかった。

 とはいえ、それを言うほど野暮でもない。エレンが喜んでくれることをしてくれるのは自分のことのように嬉しい。


 ハクヤがそんな優しい笑みを浮かべているとおっちゃんはエレンにニコニコした顔で串肉を渡した瞬間、ギロッとハクヤを睨む。


あんちゃん、この嬢ちゃんを不幸な目にして泣かせたらタダじゃ済まさねぇぞ。それは恐らく俺だけじゃねぇからな」


「わ、わかりました......」


「大丈夫ですよ! 私が泣くのは絶対に幸せの時だけですから。なんなら、『なく』は夜の意味でも―――――――いてっ!?」


「ははは、失礼します」


 ハクヤは変なことを口走ろうとするエレンの頭にチョップを加えるとやや恥ずかしそうに立ち去っていく。

 思わず頭をペシッと叩いてしまったことでおっちゃんからは悪印象を与えてしまったが、別の意味で悪印象を与えかねなかったので仕方ないことだ。

 そして、エレンを引き連れながら再び大通りに出ると思わず告げた。


「なあ、エレン? そういうのは外で話しちゃいけないのはわかるよな?」


「なんか怖いよ、ハクヤ。落ち着こう、ね? 一旦落ち着こう?」


「はあ、ほんと一体どこからそう言う情報を得てくるんだか。まさか、ここ最近読んでる本からじゃないだろうな?」


「まさか。私が読んでるのは全てハクヤが検閲済みでしょ? もう少し私を信用して欲しいな。ちょーとあることないこと吹き込んだだけじゃん」


「ありもしないし、ないことを吹き込んじゃいけません。全く誰か我がおてんば娘の貰い手はいないだろうか。いや、こうもおてんばだと逆に貰い手がいないか」


「いや、そこは『仕方ない。俺が貰うか』でしょ?」


「はいはい」


 ハクヤはエレンの頭をポンポンと撫でながら、軽くあしらう。そんな態度にエレンは不満そうな顔をするものの、撫でられてることに嬉しさを感じているのか覇気がない。

 ちなみに、告げておくならばエレンのああいう言い回しは全てこっそり集めている官能小説からの言葉だったりする。


 そんなことを知らないハクヤはそのことについて深く考えることをやめ、近くの武器屋を訪れた。

 その店で出迎えたのは頭にバンダナを巻いた女性だった。その女性は「いらっしゃい」と景気よく声をかけると手元にある剣を磨き始めた。


 店内には多種多様な剣や防具が揃っている。大剣、ロングソード、短剣、盾、杖といった基本的なものから付与エンチャントされている装備もある。

 とはいえ、付与エンチャント武器及び防具に関しては他のものより値段が少し高くなっているが。


 そんな店内の壁や床と至る所に置かれている武器を感嘆の声を上げながら見回すエレンを横目に見つつ、ハクヤは女性に聞いた。


「この中で一番いい魔法士タイプの武器ってあるか? ああ、別に武器の価値に対して言っているものじゃない」


「大丈夫、わかってるさ。まあ、アタイの師匠のドワーフじいさんなら言いかねないが、武器を選ぶのは結局お客だから。で、魔法士タイプの武器を求めてるって言ったが、もしかしてそっちの美少女か?」


「まあ、そんなところだ。冒険者になりたがって俺について来てしまった感じだからな。せめてちゃんとした装備を整えてあげたい」


「なるほどな。それで、彼女の魔法属性は?」


「一番得意なのは神聖属性だ。けど、恐らく他の魔法の適正も高いからオールバランス系の方が良い」


「神聖属性!? はぁ~、この世界でわずかしかいない7属性の強化版か。初めて見た。なら、任せておけ。予算次第で最高のを見繕ってやる」


「予算は気にしなくていい。ともかく良いやつを一式揃えてくれ」


「あいよ」


 そう言うと女性は店の奥へと姿を消した。そして、ハクヤは未ださまざまな武器をじっくり見ているエレンに声をかけた。


「何か気に入ったのあったか?」


「いくつか好きなデザインのものがあったけど、装備ってそういうオシャレ意識で決めちゃいけないよね。と、なると.......う~ん、さっぱしわからない」


「まあ、そう言うのは追々いろんなものを試したり、見たりして知っていけばいいさ。ちなみに、どんなのを気に入ったんだ?」


「ハクヤと同じ黒のコートとか」


「エレンは白が似合うと思うけどな~」


 そんな談笑をしつつ、二人は終始楽しそうに女性が戻ってくるのを待った。

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