第六夜 エレンの気ままな独り歩き

「さーて、どこいこっかな~」


 エレンは杖を後ろ手に持ちながらプラプラとあてもなく歩いていく。

 横にある店をジロジロしながら何か興味が引かれる店を探している。

 ハクヤが別の用事で出かけてしまって現在絶賛手持無沙汰なエレンはまだ日が明るいうちに、その暇な時間を消費できそうな場所を見つけようとしているのだ。


 しかし、パッと見興味が引かれるものはあまりない。途中で買い食いするのもありだが、そうすると食い過ぎるのが目に見えるのでやめておく。

 夕飯が食べれないのは非常にまずい。今夜はハクヤの用事が長引かなければ、食事当番はハクヤなのだ。

 料理スキルが相変わらず低いハクヤの隣で一緒に料理が出来るチャンスをわざわざ潰すわけにはいくまい。


 そうしてあてもなく歩いているとあるベンチで小さな男の子が泣いているのに気付いた。

 他の人は気づいている様子ではあるがスルーだ。まあ、干渉すると厄介ごとに巻き込まれる可能性は否めないが、だからといって助けないのはないだろう。


 そう思うとエレンは率先してその男の子の近くに歩み寄る。そして、同じ目線にしゃがむと尋ねた。


「ねぇ、ボク。もしかして迷子かな? お姉さんが一緒に探してあげよっか」


 エレンは少しドヤ顔気味であった。実は言ってみたかったベスト15のうちの第12位にランクインしてる言葉だからだ。

 こういう出来事でもなければ言わなそうな言葉である以上、ちょっと嬉しい。


 一方、声をかけてきたエレンにキョトンとした顔を向ける男の子。しかし、泣き止んではくれたようだ。

 エレンは腰ポーチからハンカチを取り出すとそれで男の子の顔を拭って、もう一つ小さな紙袋を取り出した。


「大丈夫だよー、よーし。クッキー食べる? ちょっとした小腹が空いた時に丁度いいんだーこれが。ハクヤお墨付き」


「.....食べる」


 コクリとうなづいた男の子はエレンか差し出した紙袋からクッキーを一枚取り出すとそれを頬張る。

 すると、美味しかったのか目を見開いて、一枚また一枚とどんどん食べていく。

 その様子をエレンは男の子の気が済むまで眺めていると少し落ち着いたところで尋ねた。


「ボク、迷子かな?」


「......(コクリ)」


「そっかそっか。答えてくれてありがとう。それではぐれた場所とかわかるかな?」


「......(フリフリ)」


「わからないかー。なら、お姉さんと一緒に探してあげる。安心して、怖い人が絡んできても必ずカッコいいお兄さんが助けに来てくれるから」


「......うん」


「良かった。それじゃあ、いこっか」


 エレンは男の子の手を握るとそのまま手を繋いだまま歩いてきた方向を戻ってみる。

 逆方向が商店通りなので、もしかしたら見かけた人がいるかもしれないからだ。


 エレンはただ手を繋いで探すだけではなく、男の子の不安が少しでも取り除けるように周りの店を指さしながら話しかける。

 人見知りなのか男の子の反応は薄いが、別に全く気にしていないというわけではないようだ。

 となれば、エレンの仲良し講座その1。一緒に美味しい物食べる。


「おーじさん、また来ちゃった」


「お、嬢ちゃんいらっしゃい。何度来てもいいぐらいだぜ......って、どうしたそのボウズは? も、もしかしてもうあのあんちゃんの!?」


「いやいやいや、さすがに違うよ。まあ、やがてはね......って、今の惚気ちゃダメ。お姉さんモードにならないと。ごほん、おじさん、また串肉貰っていいかな。三本ほど」


「ああ、いいぞ」


 エレンはお代を払って串肉をもらうとその本数は4本だった。思わずエレンがおじさんを見るとおじさんは何も言わずサムズアップしてる。

 そのことにエレンはお辞儀をしてお礼の言葉を言うとその露店のとなりで男の子と一緒に食事を取り始めた。


 まずはエレンは先に食べ安全であることを教える。すると、エレンの美味しそうな表情に当てられたのか男の子はがっついて串肉を食べる。

 その美味しさに男の子は目を輝かせるとさらにがっつく。そんな様子を苦笑いしながら見て、エレンは食べ終えた男の子の口元を拭いていく。


 そして、おじさんに再びお礼を言いながら立ち去ると次にエレン講座その2。楽しい歌を教える。

 少し真面目に探してみたが、男の子が親または兄弟を見つけることはなく、またその逆もなかった。

 そのせいか男の子は少し不安な表情を見せる。なので、ここでちょっとした歌をプレゼント。


 休憩がてらに中央広場の噴水近くにあるベンチに座るとエレンがしゃべりかける。


「大丈夫、必ず見つかるよ。もしかしたら、すれ違いになってるだけかもしれないから。ここで少し待っていれば会えるかもしれないよ」


「......」


「そうだ、ハクヤが......その私の大切な人の大切な人が教えてくれた歌があるんだけど、一緒に歌ってみない?」


「......」


 エレンの問いかけに男の子は顔を俯かせたまま、それでもエレンは気にせず歌い始める。


「今日も一歩進んでいく~♪ 明日を迎えに行くために~♪ どんな悲しみの空も~必ず晴れるから♪ 今日というたったこの時の瞬間が大切な思い出となるように~♪――――――」


 エレンは景気よく歌っていく。周りに聞こえていることに気付いていないのかとても楽しそうだ。

 その様子が、空気感が次第に広がっていったのか周りにいた人達は立ち止まり、その心地よく温かくなってくる歌詞に耳を傾ける。


 男の子は最初は次第に集まってくる人に恥ずかしがっていたが、堂々と歌うエレンに再びあてられたのか一緒になって歌い始める。

 その時、一人の少女がその男の子の声を耳にした。


「――――――って歌詞なんだけど、ってあれぇ!?」


 気持ちよく歌い終えたエレンはようやく周りの人々の目に気付いたのか、思わず驚きながら恥ずかしそうな顔をする。

 そんなエレンに周りの人達は称賛の拍手を送る。それが増々エレンの羞恥心を高めていく。顔が真っ赤だ。

 そんな人混みを割って出てきたのは茶髪のポニーテールの少女だ。そして、少女は男の子の方を見ながら声をかける。


「ここにいたの! 探したわよ!」


「お姉ちゃん!」


 二人は再会できたことに熱く抱擁した。そんな少女にエレンは声をかける。


「ごめんなさい。迷子でして探すために連れ回してしまいました」


「いえ、むしろ良かったですよ。見つけてもらったのがあなたのような人で。私はソフィ。この子の姉です」


「私はエレンです」


「この子の助けと素敵な歌をありがとうございます。さすがに何もしないというわけにはいきませんので、少しお礼をしたいのですが......」


 そう言ってソフィは目だけキョロキョロと周囲に向ける。どうやら居心地が悪いようだ。

 そのことを察したエレンはそのお礼を受けるついでに「案内お願いします」と言って周りに人々から抜け出した。


*****


「へぇ~、古書店を経営してるんだね」


「ええ。といっても、早くに亡くした両親の家業を継いでるだけなんだけどね」


 エレンはソフィの実家兼店である古書店にやって来ていた。

 ここまでの道中で歳が近いということから意気投合し、すでに互いに名前呼びでタメ口という関係になっている。

 そして、エレンはソフィが何かを取りに行っている間に棚に並べられている本に目を移していく。


 見た感じ意外に幅広くジャンルを集めている感じがした。ストーリー系やエッセイ、古文書、参考書のようなものと色々。

 恐らく小難しいタイトルのものは魔導書と呼ばれる特別な本なのだろう。あ、これはこれは......


 エレンは一冊の本を取り出すと中身をチョロっと見てみる。おっと、これは刺激が強めのタイプのようだ。

 しかし、設定が悪くない。年の離れた男女が......ふむ。


「あら~、清楚な感じして意外なものを読むのね~。まあ、まさかジャンルが官能小説とは思わなかったけど」


「ひゃいっ!?」


 エレンの頭のすぐ横から覗き込むように見てきたソフィはイタズラっぽくニヤけた笑みをしながら告げた。

 一方、エレンは急に声をかけられた驚きと見ていたジャンルに突っ込まれた恥ずかしさのダブルパンチで思わず辺な声を漏らした。


「い、いやー、これは少しタイトルが気になったといいますか.......こういうのはあまり読んだことないから少し見てみたくなったと言いますか.......」


「隠しても無駄無駄。私が戻って来てから15分は読んでいたもの。しかも、『ほぉ~』とか『これは使えそうだね』とか言っていたし。全く天使のような顔をしながら頭の中はピンクか。このスケベめ」


「ち、違うよ! 私はスケベじゃないもん! ただ気持ちにストレートなだけだもん! 全くもってああいう手合いに興味がないこともないけど......あれ? それって興味があるってことだよね? でも、嘘ではないし、そのくらいやんないと伝わりそうもないし。でも、ぁ、え、こんなことって正直に言っちゃって良かったんだっけ?」


「落ち着いて、私が悪かったから。これ以上は色々ヤバイの聞きそうになるから。個人的には聞きたいけど、まだ出会ったばかりだから。今日はこの辺で」


 ソフィはどうどうどうと頭が羞恥で沸騰しているエレンを落ち着かせると一冊の本を渡した。


「これは?」


「基礎魔導書よ。エレンは道中で冒険者になりたてって言ってたから。その杖から魔法士ってすぐにわかるし。こんなものしかすぐに見つからなかったけど、お礼で受け取って」


「ありがとうございます」


 エレンはポーチに入りきらないので、大事そうに抱えるとふとカウンターテーブルに茶髪でポニーテールの人形が置かれていた。

 どことなくソフィに似てる気がしなくもない。


「この人形、可愛いね」


「でしょ~。実はこれもらいものなのよ。たまたま困っていたところを助けたお礼として。店で人形店を営んでるそうで」


「へぇ~、私も作ってもらおっかな」


「店、教えよっか」


 そして、エレンはソフィの地図を手に入れるとふとポーチの懐中時計を見る。時間はまだありそうだ。

 なら、ここで潰していくのも問題ない。


 エレンは再び本棚に目を通しながら告げる。


「もう少し見させてもらっていいかな。こう見えても読書家なんだ」


「いいわよ。ちなみに、官能コーナーはそこじゃないわよ」


「普通のも読むよ!」

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