第一夜 エレンの冒険者登録
『はあはあは......』
ハクヤはエレンを抱えて走った。ただひたすらに振り返ることもなく。
降りしきる雨の中、未だに暴れ続け「お母様! お母様の所に帰して!」と泣き叫ぶエレンを無視しながら森の中を野生の魔物を躱しながら進んでいく。
現在は知っている場所はわからない。しかし、飛ばされてここに着いた時には少し遠くに大きな火の手が見えた。
まるで日中のような明るさであった。紛れもなく襲撃された城であろう。
故に、この場はまだ魔物たちが潜んでいる可能性が高い。エレンの亡骸が無くて今頃血眼になって探している可能性すらある。
だからこそ、振り返らずに走った。肺が張り裂けそうになっても、足が重くなっても、聖女が、母が残してくれた大切な娘を守るために。
そして、誓った。
自分がエレンの親代わりになって、母が教えてくれた大切なことを教えていくと。
それから、もう二度とこんな悲劇を起こさないように、もう悪に染まった自分が悪で悪を捌くと。
****
「! .......はあはあはあ」
ハクヤはとある村にある一室で目を覚ました。
もう何百回目、過去の記憶を夢として見続けているのだろうか。まるで戒めのように見続けるその夢はいつまで経っても夢で終わらせてくれない。
ハクヤがエレンを連れて逃げだしてから早くも10年の月日が経った。
10年も経てば色々変わる。浅はかな考えで、まだまだ弱かった14歳の自分は24歳にになり、5歳であったエレンはもう立派に成人の儀を終えている。
「どうしたの? ハクヤ。また嫌な夢でも見た?」
そして、アホ毛をちょろんと伸ばし、長い金髪をしたエレンは昔はよくハクヤを「お母様を殺したのはあなたです! お母様を返してください!」と言って、すぐに家出する少女で常にトゲトゲしていたにもかかわらず、今や寝ているハクヤの隣で添い寝している。
もちろん、部屋は別々だ。しかし、ごく自然のように布団に入り込んでいるのだ。寝ている時も警戒は怠っていないのに。
「いや、なんでもないよ」
まあ、つまりはいつもの日常なわけで、ハクヤは隣にいるエレンの頭をポンッと置くとそのまま起き上がる。
そのことにエレンは不満げだ。
「ハクヤ。なんでごく自然に起きてるの? そこは『少し悪い夢を見た。甘えさせてくれ』って言うところでしょ?」
「それ俺の真似か? まあまあ似てたな。とはいえ、俺はそんなことは言わない。それに親が娘に甘えるのってどうなんだよ?」
「だから、ハクヤは私の親じゃない! 恋人! 親だと結婚できないでしょ?」
「はいはい、そうだったそうだった」
「もう適当に流して!」
大きく伸びをしながらベッドから立ち上がるハクヤにエレンは体を起こすと使っていた枕を投げる。
それを見ずに横にスッと体の向きを変えて避けるとその枕をキャッチ。枕は全体的にピンクでフリルがついており、正面に「イエス」と書かれている。
相変わらずのエレンの様子にハクヤはため息を吐きつつ、それをそっと投げ返す。
すると、それをキャッチしたエレンは思わず目を見開き告げた。
「今晩、オーケーなの!?」
「バカ、投げ返しただけだ。何度も言ってるだろ? 俺はお前の親だって」
「もぉー! 強情なんだから。どうせ内心では私のこと好きなくせに」
ハクヤは一瞬「強情なのはどっちだ」と言い返そうと思ったがやめた。どうせ言い返したところであの暴走機関車が止まるわけがない。
そうとわかっていれば無駄に行動することはない。基本的に必要最低限の行動しかしない。それがもはや体に染みついた生き方だ。
するとここで、ハクヤはふとエレンの方へと振り返ると告げる。
「あ、そう言えば、今日はエレンの冒険者登録をするか」
「え、いいの!?」
冒険者登録はエレンの兼ねてからの夢であった。
いや、他の子供達からすればあまり夢のようなものではないが、エレンはハクヤによって成人するまで冒険者になってはいけないと義務付けられていたので夢のように膨れ上がっただけである。
その喜びかエレンはベッドの上で嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。年頃の娘としては少々おてんばかもしれないが、ハクヤはその様子を嬉しそうに見ながら「跳ねるな」と優しくしかった。
*****
朝食を食べ終えるとハクヤとエレンは家を出た。そして、向かうのは少し遠くに離れた小さめな街にある冒険者ギルド。
その道中を今にも闇に溶け込みそうな全身ほぼ真っ黒な軽装備をしているハクヤと白を基調とした青いラインが入った修道服のような恰好をしているエレンが歩いている。
そして、嬉しそうな表情をするエレンにハクヤはふと尋ねた。
「なあ、そんなに冒険者になりたかったのか?」
「うーんとね、なりたかったにはなりたかったんだけど、正確に言うならばハクヤと同じ土俵に立ちたかったからかな」
「俺と?」
「ほら、この10年間の私はハクヤによって支えられてきたわけで、いうなればハクヤ好みに育てられたってわけで」
「その言い回し一体どこから教わった? お父さん、そんなふしだらな発言教えてないよ!?」
「まあまあ、それでね。要するに私はずっとこのままじゃダメだって思ったんだよ。私はいつまでハクヤに甘えてばっかなんだって。そう思ってから私はハクヤに進言するようになった。でも、今の今までずっとダメだったけど」
「そりゃあな。成人前と成人後の冒険者では死亡率が大きく変わるからな。いくら俺がついていつからって守れないこともあるし、年齢が低いと言うことを聞いてくれないこともあるからな」
と、カッコいいことを言うハクヤであるが、実のところ全てブーメラン。自分の過去の行動を苦笑いして思い出しながら告げているだけだ。
まあ、それも自分の過去を知っている人がいなければしっかりと伝わるわけで、ハクヤはそっと棚に上げた。
「そうだ、ハクヤ。成人祝いに何か買ってよ。私、剣とか使ってみたい」
「エレンは剣タイプじゃないな。それに前に俺の剣を持たせたときにひっくり返っって尻もちついただろ?」
「もう何年前の話をしてるの! それは私が8歳の時でしょ!」
「あの時はまだツンツンしてたもんな。『ハクヤにできるだったら私にもできる!』とかなんとか言って」
「もうハクヤ~! その口を閉じろ~!」
エレンは少し顔を赤らめながらハクヤに掴みかかる。しかし、ハクヤにひょいっと躱されて、また掴みかかるがまたも躱される。
そんなおふざけを入れつつ、歩いていくと町の門が見えてきた。そこにいる門番に挨拶しながら、門をくぐっていくとその賑やかな雰囲気にエレンは瞳を輝かせる。
門から真っ直ぐある大通りにには様々な商店が並んでいる。その多くが食い物関連だが、中には出張武器屋、防具屋なんかもある。
ハクヤは「そう言えばエレンは最後に来たのは3年前ぐらいだったな」と思いつつ、多くの人通りにはぐれないように手を握る。
「は、ハクヤ、急にどうしたの!? こんな所で大胆になって!?」
「妙な言い方をするな。はぐれないようにだ。前に迷子になったろ?」
「むぅー、一体ハクヤはいつまで私を子ども扱いする気?」
「恐らく一生」
「むぅ~~~~~! もうこの手放してやらないからね! 嫌って言っても離さないよ!」
「怒ってるのかデレてるのかどっちなんだそれは」
ハクヤはぷくーっと頬を膨らませてそっぽを向く(しかし、しっかりと手は握っている)エレンに思わず失笑しつつ歩く。
時に、知り合いのおじさんやおばさんから「これか?」と小指を立てられて聞かれるが適当にあしらう。
一応否定はしてるが、何分年の差がわりに近いから中々親子と信じてもらえない。もっといえば、エレンが肯定している可能性もあるが。
そして、なんやかんやありつつギルドに到着すると中に入る。すると、騒いでいた冒険者連中の皆してハクヤとエレンを見つめた。
それは怪訝と言う意味よりは物珍しそうに。
というのも、ハクヤはいつもソロで冒険者活動をしていたので、単純に人を連れてきたのが初めてとも言える。
「今、時間空いてるか?」
「あ、ハクヤさん。どうされました?」
「俺のむ―――――」
「恋人のエレンです。冒険者になりたくてやってきました」
「「「「「恋人!?」」」」」
ハクヤの言葉を遮ってエレンがしゃしゃりでる。そして、確実に外堀を埋めに来た。
その言葉に受付にいたギルド嬢も周りの冒険者も全員が衝撃を受けたような顔をする。そして、その中には面白がって笑う者や密かにハクヤを狙っていた女性冒険者の崩れ落ちる姿もある。
ハクヤは頭痛がする思いで頭を抱えながら、一旦話を続けた。
「まあ、それについて後でしっかり説明するとして、先に冒険者登録お願いできるか?」
「は、はい。では、こちらの容姿に名前と生年月日、そして―――――――」
エレンはギルド嬢に言われた通りに渡された紙に必要事項を記入していく。すると、書かれたそれを受け取ったギルド嬢がそれを名刺ほどのサイズの白無地のカードに転写。
「では、このカードに血を一滴垂らしてください。そうすれば、こちらはあなたの魔力でしか反応できなくなるので偽造や防犯登録になります」
そのことに怪訝な顔をするエレンにハクヤは指先に針を刺して血を垂らすよう伝えた。すると、エレンは恐る恐る左手の人差し指に血を垂らすとカードに落とす。
その瞬間、カードに血が波紋を広げながら浸透していき、カードに名前、生年月日、現在使用できる魔法と次の魔法に使うことが出来る必要経験値が表示された。
「ほぅ~、これが私だけの冒険者カード......」
カードを手に取ったエレンは感慨深い目でそれを眺めると大切に肩にかけていたバッグにしまおうとするとギルド嬢が待ったをかけた。
「あ、すみません。それでまだ終わりじゃないんです。最後にエレンさんの得意属性を調べましょう」
そう言うと受付を出て別室へとエレンを案内していく。その姿をハクヤは少しだけ不安げな顔をしてついていった。
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