聖女エレンと不器用な死神はつれづれに世界を巡る旅をする
夜月紅輝
第1章 愛と人形の苦悩
プロローグ 再会と別れ
「いらっしゃいませ~」
コンビニ店員の間延びした声を聞きながら男は店に入る。
今日も仕事で酷使した心身を癒すために缶ビールとおつまみを買いにやって来たのだ。
そういつもと何も変わらない。そんな日常のはずだった。
「金出せ! レジから金を出す以外の行動したら撃つぞ!」
入店時の音とともにそんな声が店の中に響いた。
気兼ねなく通っていたはずの店に突然緊張の空気が張り詰める。
強盗は店員に銃を突きつけていた。しかし、その腕は小刻みに震えていて、声も震えが混じっていた。
強盗の位置からは商品棚に隠れて自分の姿は見えない。
捕まえに行くか、行かざるべきか。こういう時、どういう行動をするべきが正解なのか。
ただ誰かに任せて諦観しているか、蛮勇とも言える正義感で行動に移すか。
そんなこと考えなくてもわかる。行動と理想は別物なのだ。断然前者に決まってる。
自分でもそう思っていた。
「もたもたすんじゃねぇよ!」
強盗が引き金に銃を向けた瞬間、自分の体は動き出していた。
無意識とも言える走り出し。なぜ自分でもそう考えたかまるでわからない。もし理由をつけるならその理想に憧れていた。ただそれだけ。
強盗に横からタックルをかまして押し倒した。そして――――――
―――――バンッ
撃たれて呆気なく死んだ。
しかし、それで終わりではなかった。何か思い出そうとしても思い出せない記憶とともに自分は記憶を引き継いだまま別の誰かへと生まれ変わっていた。
自意識が芽生えた頃にはそう理解していた。
それからの幼少時代は思い出したくもない記憶ばかりだ。
だが、一つだけ1年も満たない時間の中で一緒に過ごした人との記憶だけは覚えている。
「ねぇ、一緒に暮らしてみない?」
****
とある国のとある城。周囲は城壁で囲まれており、城下町にも城壁の中にも兵士達が夜に動く怪しい人影を見逃さないように視線を動かしている。
そんな働きアリのように蠢く兵士を少し遠くの高い屋根から見下ろすのは月光に照らされながらも、全身を闇に溶かすような黒い衣装に黒いコートを羽織った、その服とは対照的な真っ白い髪をする一人の少年。
若干14歳のハクヤはふと思い出される過去の思い出に悔しさを感じながら、フードを被ると行動を開始した。
屋根を伝って移動していくと城壁近くで路地裏に落ちて身を隠す。
そして、その路地裏から城壁の兵士達の目を盗みながら、城壁に近づくと腰にのポーチからフックショットを取り出した。
それを城壁の上スレスレに飛ばして突き刺すとそのまま巻き戻し、自分を城壁の上まで引き上げる。
その城壁の上を移動してしまえば後はいかようにも侵入できる。外ばかり警戒しているハリボテの警備網に意識を割く必要はない。
ハクヤは城壁を下りるとすぐさま近くの低い屋根へを探していく。
そして、見つけるとその屋根のある場所には一旦近寄らず、城壁に向かって走っていくとそのまま跳躍。
そのまま壁を蹴って、反対側にある屋根へとフックショットを飛ばして自分を屋根上へと移動させる。
そこで一旦城内部の地図を確認。すでに城に侵入していた仲間が描いた地図を頭に叩き込むと屋根を伝って移動し、ターゲットが眠る場所まで近づいていく。
しかし、やはり簡単にはいかない。周囲に魔道具の一種である魔力針が立っている。
あれはいくつもあることで初めて意味を成す警備用魔道具だ。
あれには目には見えない微弱な魔力の線が繋いでいて、それを通ると魔力針に搭載されたベルが鳴る。いわば奇襲されているということを知らせるのだ。
とはいえ、知っていれば対処はするもの。
ハクヤは紫色で半透明の魔石を目元に掲げるとそれを通して魔力針を見る。すると、赤い線がいくつも張られていることがわかる。
だが、動くタイプではない。ザルな警備網だ。襲ってくれと言っているようなものじゃないか。ふざけるな。
「
ハクヤは自身の体に魔法をエンチャントすると一気に走り出し、その魔力針の魔力線を大きく超えるように跳躍し、別に屋根に下りる。
そして、頭の地図を思い出しながら近くのベランダに下りる。
ガラス戸に何も魔力を感じない。特に魔道具が仕掛けられている様子はない。
すると、ハクヤはあえて大きな音を立てながら、ガラス戸を蹴破って部屋の中へと侵入した。そして、寝室に眠る三つの人影を捉える。
「誰だ!?」
すぐに低く通った声が響いてきた。薄暗い部屋の中に僅かな月光を照らす中ではほとんど何も見えて無い状態だ。
しかし、その低い声の男とハクヤは自然とすぐに目が合った。
「俺はお前達を殺す者
「―――――陛下失礼します!」
ハクヤが答えた後にすぐさま兵士二人が部屋に入り、陛下と呼ばれる男に近づく。
恐らく部屋の前で厳していた兵士二人だろう。そして、陛下の隣には美しい女性と齢まだ5歳の少女エレンが怯えた様子でハクヤを見る。
すると、陛下と呼ばれた男はすぐに先ほどの言葉に対して聞き返した。
「だったとはどういうことだ?」
「俺はもともとお前達二人を殺す殺し屋だった。けど、やはり恩を仇で返すわけにはいかない。だから、無理を承知で俺の頼みを聞いてくれ。今すぐこの城から逃げろ」
「何を言ってるんだ?」
陛下は当然の疑問を返した。しかし、ハクヤは頭を下げるだけで一切答えようとしない。
しかし、その男の態度から嘘をついていないと判断したのか、すぐにわけを聞こうとしたその時だった。
「陛下、ここでお命頂戴する!」」
「もちろん、そこの女と子供もだ!」
陛下が聞こうとしたその瞬間、二人の兵士がその場で反旗を翻し陛下とその妻、そしてエレンを持っていた剣で襲い始めた。
当然、その三人は無防備。だが、ハクヤはその行動を呼んでいたのかいち早く動き出していた。
ハクヤは腰から二本の短剣を引き抜くと二人の兵士に向かって投げる。すると、その短剣は兵士二人の頭に命中し、絶命させる。
その突然の出来事に陛下も妻も固まっていた。しかし、陛下の妻は辛うじてエレンの目を塞いで見せないようにしていた。
ハクヤは短剣を引き抜くと血を払って回収し、その合間に今の状況を説明し始めた。
「この城には魔族に雇われた暗殺者が何人も潜伏している。そして、暗殺者の目的はあなた達を殺すこと。しかし、成功してもしなくてもこの国には時期に魔族が攻め込んでくる」
「そんな話聞いてないぞ!」
「当たり前だ。勇者を生み出しかねないこの国の情報は全て俺達によって操作されている。何十年とかけてスパイを送り込み、暗殺という計画のために、この国を破壊するために仕込んできたんだからな。死にたくなかったら急げ。お前達が生きて他国に亡命できれば、魔族を倒せる可能性はある」
「......わかった。その言葉信じよう」
――――――ドガアアアアァァァァン!!
ハクヤの言葉を信じた陛下がベッドから急いで起き上がろうとすると大きく城が揺れた。そして、同時に聞こえるのは爆発音。
「急げ! もたもたするな!」
ハクヤは「もう始まったか」と苦虫を噛みつぶしたような顔をすると怒声にも似た声で叫ぶ。
その声に反応した陛下、陛下の妻と陛下に背負われたエレンは部屋を飛び出したハクヤに続いて走り出す。
一度目の爆発が起こってから、何度も何度も爆発が起こった。鳴り響く轟音と足元を崩すような大きな揺れはハクヤ達の進行を妨げる。
そして、やがてその揺れと爆発音は大きくなり、耐えきれなくなった城の壁や天井の一部が瓦礫となって落ち始めた。
―――――――ガラガラガラ
「クソッ! こっちだ!」
ハクヤの進行方向の天井が一気に崩れてきた。そして、道を塞ぐ。
一秒一刻を争っていたハクヤは壊すことを選択せず、冷静に急がば回れの精神で安全な道を脳内地図で把握しながら移動し始めた。
辺りの空気が熱くなっていくのを感じる。どことなく外の風にのって焦げ臭いニオイが漂ってくる。
下の階に来れば所々に火の手が見える。壁を覆い隠し、炎の壁となって移動できなくさせているところもある。
その中から出来るだけ安全に且つ速く城から脱出できるルートを探してハクヤは走る。
すると、少しだけ余裕が生まれてきたのか。陛下の妻はふとハクヤに尋ねた。
「ねぇ、どこかで会ったことない?」
「......しゃべってないで足を動かせ。生きることを考えろ」
その質問にハクヤは答えなかった。ただ淡々と伝えるべきことだけを伝える。
するとその直後、火災によってもろくなった柱の一部がハクヤの後ろにいた陛下を襲った。
「ああああ!」
「あなた!」
「お父様!」
陛下は炎に包まれた柱の下敷きになり身動きが取れなくなった。咄嗟に投げた娘は無事だったのが、陛下にとって幸いと言えることか。
陛下は背中が燃える痛みに悶えながら、ハッキリと言葉を伝える。
「その者よ、私の娘と妻を頼む......」
「......わかった」
ハクヤは娘を抱えるとそのまま走り出す。
しかし、その事実を受け入れられないエレンはジタバタと暴れながら、金色の輝かしい髪を激しく揺らし「お父様! お父様!」と叫びながらも、腕を伸ばすだけで何もできない。
陛下の妻は一瞬の逡巡を見せながらも、目が合った陛下の表情を見てハクヤについていく。
――――――ドガアアアアンッ!
爆発の激しさが増す。しかし、ハクヤ達はなんとか二階から一階が見渡せるロフトのような部分にやって来ていた。後はこの城から抜け出すだけ。
「いたぞ! 聖女と子供だ!」
しかし、そう上手くはいかない。一階部分にいた兵士を倒した剣を持った骸骨がハクヤ達に気付いたのだ。
ハクヤはすぐさま聖女の手を取ると裏口に向かって走り出す。外はいつの間にか雨が降っていて、ザーザーと重たい雨粒を降り落とす。
すぐに行動できたのが功を奏したのか魔族たちを振り切って裏口から出た。しかし、馬はない。なので、とにかく走る、走る、走る。
息が切れようと、肺が張り裂けそうになろうとハクヤはただひたすらに陛下の妻の手を引き、エレンを抱え走り続けた。
そして、ハクヤが振りきれたと思ったその瞬間、突然足元に大きめな魔法陣が浮かび上がった。
「なっ!」
これはハクヤ自身も知らないこと。ということは、はなから捨て駒として計画に練られていたということか。
ハクヤは緩みかけた足をすぐに引き戻し、つんのめる陛下の妻を無理やり引っ張りながら再び走り出す。
そしてその直後に、魔法陣が爆発し、同時に夜の暗闇に隠れていた鉄の破片がクラスター爆弾のように一斉に散らばった。
「うっ!」
「大丈夫か!」
その破片は陛下の妻の足を掠め、走れない体へと変えた。ハクヤは咄嗟に陛下の妻を気にかけるが、陛下の妻は「私のことは気にせず行って」と告げるだけ。
「黙って言うことを聞け」
ハクヤはエレンを降ろすと陛下の妻の肩を担ぎ、ゆっくりでも前に進んでいく。
すると、顔が隣になったからか暗がりの森の道の中、ハクヤの顔がチラリと見える。そして、それを陛下の妻が見た瞬間、顔を柔らかくさせた。
「ふふっ、やっぱり君なのね。声に聞き覚えがあったからそうなのかと思ったけど、私が王宮に連れ戻されて以来かしら?」
「随分と余裕だな。それに声変わりしたから気づかないと思ってた」
「気づくわよ。だって、私の最初の家族だものね」
「家出してスラムで俺を育てるとか.......やっぱり今思えばおかしな話だ。それに俺は結局......無駄話は終わりだ。今は生きることを考えろ」
ハクヤはそう切って言うと陛下の妻の動きに合わせて足を運ぶ。陛下の妻の足から流れた血が僅かに滲み、道に赤い線を作る。
陛下の妻はそんな必死にハクヤに率直に告げた。
「もう無理よ。追手の足音が聞こえる。血の臭いを辿られたのかもしれないわ」
「......うるさい」
「私を置いて逃げて。せめて、エレンでも助かれば私はいいから」
「うるさい! 子供には親が必要なんだ! それを教えてくれたのは紛れもないあんただろうが! あんたは意地でも生かす! 子供のためにもな!」
「そう......なら、一つ元気になる魔法をさせて欲しいわ」
陛下の妻はハクヤを止まらせると痛みを堪えながら離れ、エレンにハクヤに手を繋ぐよう指示をする。
ハクヤはすぐに止めようとしたが、真剣な眼差しに何も言うことが出来ず、「さっさと済ませろ」と告げて従った。
そして、エレンもそれに従うとそっとペンダントを渡した。
「それには私が元気になる魔法がかけられているの。さあ、エレン。練習した魔力を流してみて」
「......わかりました、お母様」
エレンは怪訝に思いながらもそのペンダントに魔力を流し込む。すると、そのペンダントは突然光輝きだした。
「これは......?」
「私が元気になる魔法。最愛の子供達が元気に生きていけるようにというね」
「......はっ、まさかこれは特級魔法付与術式の転移まほ――――――」
「さあ、行って。これで私は元気になれる」
ハクヤの頭と足元に魔法陣が作り出される。そして、その魔法陣は白い輝きを持ってハクヤと二人を包み込む。
「待って、待ってくれえええええぇぇぇぇ!」
ハクヤは咄嗟に陛下の妻に手を伸ばすも届くことはなく、この場から消えた。
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