第77話 逃亡生活

 最近よく昔の夢を見る。

 幼稚園に入ったばかりの頃。先生がニコニコしながら「みんなは大きくなったら何になりたいですか」と質問してきたときの夢だ。遊んでいるときの延長で、そんな質問をされたんだったと思う。

 私達はまだ夢というものがどんなものかよく分からなかった。だから「おひめさまになりたい」だとか「ケーキ屋さん」だとか「カブトムシ」だとか、色々なことを言っていた。

 ありすちゃんは何になりたいの?

 私はまだそのとき、魔法少女という存在を知らなかった。だからハッキリとした将来の夢なんてなかったはずだ。

 それでも、引っ込み思案の私が、一生懸命に先生に言っていた言葉を思い出す。

 あのね、あのね。わたしね、大きくなったら。

 …………になりたいの。





「あら、あなた……どこかで」


 ふとコンビニ店員さんが呟いた声に、私は慌てて黒いキャップを目深にかぶり直した。

 横目に見やった雑誌棚では別の店員さんが新聞を品出ししている。今日も見出し一面を飾るのは、毎日鏡で見つめる自分の顔だった。

 姫乃ありす。怪物少女の真相に迫る……。


「そうだ、ハナコさんでしょ? 息子の同級生の」

「すみません、人違いです」


 私は小さく頭を下げ、レジに置かれたクリームパンとブラックコーヒーを手にささっと店を出た。吐いたため息が白く口元を泳ぐ。

 チョコはまだ店内でお菓子を選んでいる。期間限定のキャラメルエクレアかトンコツ風味シュークリームのどちらにしようか迷って早十分。付き合っているのも退屈になって先に出てきてしまったが、やっぱり傍にいた方が良かっただろうかと少し後悔した。

 諸事情により、今の私はチョコから離れることができないのだから。


「…………」


 ふとコンビニの窓に写る自分を見つめる。全身黒い服というのはやっぱり慣れないなと思わず微笑めば、向こうの私も少し疲れたように微笑んだ。

 クリスマスイブの日に着ていた服はとっくに捨てた。あの日と変わらぬ持ち物は、首元から下げたカメラだけ。

 スニーカーにタイトなスキニー、ハイネックとボリュームのある上着。今着ている服は全て黒色で、顔半分をおおうマスクもかぶったキャップも黒かった。唯一、一本に縛った髪の色だけが見慣れたピンク色だ。

 スポーティーな雑誌のモデルさんみたい、と思ってから、そんな大層なものではないかと苦笑する。なにが、モデルさんみたい、だろうか。今の私はただの逃亡犯だというのに。


 現在。私、姫乃ありすは逃亡生活を送っている。


 クリスマスイブの騒動から数週間。新年を迎えた街は賑やかさを増し……とは言っても、その賑やかさは新年を祝うそれではない。テレビも、ニュースも、ネットも、怪物少女の話題であふれかえっているのだ。

 私はそんな街から身を隠している。日中を路地裏で過ごし、夜は公園の遊具に隠れて眠る。そんな生活だ。

 案外生活に関してはなんとかなっている。というのも、それは私についてきたチョコのおかげだった。

 彼は宇宙人だ。宇宙パワーだかなんだかよく知らないが、彼は私限定に認識阻害の魔法をかけてくれたらしい。チョコの傍にいる間は、こんな軽い変装でも私が姫乃ありすだと気付かれなくなっているようだった。お金に関してもどうやら半年くらい質素に生活できるだけの貯蓄はあるらしい。

 だからつまりはまあ、私は何とか逃げ続けることはできそうっていうわけで。

 でも。逃げ続けてどうしようかっていうと、それはまた別の問題で。


「……あ」


 コンビニから車道を挟んだ向こう側の歩道。杖をついて歩いていたおばあさんが、風にあおられて転んでしまったのが見えた。運悪く彼女の周りに人はいない。

 私は思わずガードレールを乗り越えて向こう側に渡った。なんとか起き上がろうとしているおばあさんを支え、ゆっくりと体を起こす。


「大丈夫ですか?」

「ええ、おかげさまで。どうもご親切に……」


 柔和な笑みを浮かべていたおばあさんが、顔をあげて私を見つめる。

 その途端、彼女の顔が一気に強張ったことに私は気が付いた。


「姫乃ありす?」


 ぶわ、と背中の毛が総毛だった。コンビニからここまで何メートル離れているだろうか。今更計算したって、遅すぎるけれど。

 おばあさんの顔が青ざめていく。私は彼女に顔を背け、来た道を逆走した。

 走ってきた車とぶつかりかける。咄嗟に避ければ、今度は反対側からきた車に轢かれかける。私は咄嗟にジャンプし、ボンネットを踏みつけて向こう側に飛び降りた。

 激しいクラクションが鳴る。少ない通行人が騒ぎに気が付き、私の方を見た。


「お待たせありすちゃん。やー、結局この親子丼味カップケーキっていうに惹かれちゃってさ……」


 ちょうどコンビニから出てきたチョコの手を取って走る。背後では、私に気が付いた人々がざわめく声が聞こえていた。


「誰か助けて! 姫乃ありすがいたわ。怪物よ……誰か……」


 走って、走って、走って。もう息も吸えないという状況になってようやく私は足を止めた。体中が燃えるように熱い。全部の毛穴が開いて、汗が滝のように流れだしているようだった。

 チョコと一緒によろよろと近くのベンチに座り、汗だくに火照った肌を風で冷やす。


「もう、だからあんまり離れないでって言ったのに!」

「ご、ごめんなさい」


 私達が今いる場所は駅前の広場だった。無我夢中に走っていたせいで、こんな所まで出てきてしまったらしい。人ごみの喧騒は随分と久しぶりだった。

 チョコの力があるとはいえこんなに大勢がいる場所は落ち着かない。せめて顔を見られないように……と俯きかけた私は、ふと周囲の人々がちっともこちらを見ていないことに気が付いた。いや、こちらというか、前を見ていないというか。皆の視線が向いている方向は上だった。

 何が、と私もつられて視線を上げる。そして皆が見ていたものに気が付き、息を呑んだ。


「わ、すごい。ありすちゃんがいっぱい」

「…………」

「有名人だ」


 この広場は、高層ビルがいくつも並んだ場所にある。その壁には大型ビジョンが何台か設置され、行きかう人々に様々な情報を振りまいているのだ。

 いくつもの大型ビジョンは、どれも私の顔で埋め尽くされていた。


『怪物の正体は人間だった。いまだに信じがたい衝撃の事実ですが、皆様はいかがお考えでしょう』

『いえね。私が思うにこの姫乃ありすという少女は、地球人に紛れていた地球外生命体なのではないかと思うんですよ。証拠にこの目の色も人間にしてはありえないピンク色で……』

『姫乃ありす。今やその名を知らぬ者はいないほどの事件を起こしたこの少女。今回私達は彼女の両親に話を伺い……』

『専門家の意思によれば、ハロウィンの爆発事件、動物園脱走事件、これらの事件を引き起こしたのもまたこちらの怪物ではないかという見解が……』

「ありすちゃん」


 流れていくニュースに気をとられた私は、チョコに話しかけられていることに気が付かなかった。

 ふと顔を上げて隣を見れば、脂ぎった彼の顔が、心配そうに私の顔を覗き込んでいる。そこではじめて、私が彼の腕を痣ができるほど強く掴んでいることに気が付く。


「場所を変えようか」

「……うん」

「どこがいい?」

「……誰もいない、静かな所」


 うん、とチョコは優しく頷いた。私は薄く息を吐いて、白く肉質な彼の腕に頬を寄せた。

 大型ビジョンを眺める周囲の喧騒が私の頭を重くしていた。皆が、私の名を呼んでいた。心底気持ち悪そうに。


 チョコに腕を引かれるまま私は歩いた。バスに乗り、街の中心部から離れていく。開いた窓から一足先に冷たい潮風が香り、ああ海にやってきたのだと知った。

 そのバス停で降りたのは私達だけだった。住宅の一軒もない寂びれたバス停である。そこから数分ほど歩けば、辿り着いたのは港の廃工場だ。

 廃工場を背に、チョコはでこぼこだらけの防波堤に腰かける。海に突き出した足をぶらぶらさせて、コンビニで買ったカップケーキを取り出した。


「うん、おいしい。鶏肉の味がする」


 しばしぼんやりしていた私も、チョコの隣に座ってクリームパンに齧りつく。ふかふかのパンから溢れてくるねっとりとしたカスタードは濃厚な甘さだった。すっかり冷めたブラックコーヒーを開け、一口飲む。苦いだろうと思っていたそれは、甘いパンと合わせると案外飲みやすかった。

 砂糖を入れずにコーヒーを飲んだのは、これが初めてだった。


「ここに連れてこられるとは思わなかった」

「懐かしい思い出の場所だろ?」


 思い出ね、と苦笑しながら私は振り返る。

 背後にある廃工場。その壁には、巨大な丸い穴が開いている。そこから海まで一直線に地面が抉れているのだった。

 ここは以前。ヤクザの澤田さんが湊先輩と雫ちゃんを誘拐し、私達が助けにきたあの港だった。

 ビームで抉られた痛々しい痕の上に私達は座っている。まだ自分が怪物だと気が付いていなかったあの頃。あのとき撃ったのは魔法の光のつもりだったのに、実際に撃っていたのは化け物なみの威力のビームだった。

 懐かしいと思うには痛々しい思い出ばかりが蘇る港。思い出の場所だろ、と言った当のチョコは、二個目の菓子パンにおいしそうにかぶりついていた。


「スキャンして、この港に今は誰もいないって分かってるから。落ち着いて食べるといいよ」

「ありがとう。チョコって何でもできるのね」

「ふふん。あなどってもらっちゃあ困るね!」

「本当は私に隠してるだけで、もっと色々なことができるんじゃないの? 宇宙パワーとか言って……」

「うーん、まあ、ちょっとはね。大好物のお菓子を無限増殖させる魔法とか、世界の独裁者になれる魔法とかは秘密にしてるけど」


 それは知らないままの方がいいかも、と私はクリームパンを齧る。

 冬の潮風は冷たかった。海の生物の死臭が混じる、生臭い風が私達の髪をなびかせていた。


「……ねえチョコ。あなた、どうして私についてきてくれたの?」


 ブラックコーヒーを飲んで呟いた。口の中の苦みが、その言葉を口にした途端もっと苦くなった気がした。


「どうしてって」

「色々できるんでしょ。なら、私と完全に縁を切ってこんな騒動に関わらないようにもできたでしょ。不便な逃亡生活に巻き込まれることもなかった。なのに、どうして?」

「君が大切だからさ」


 チョコは最後のパン一欠けらを飲み込んで、真剣な目で私を見つめた。


「ぼくは、ずっと君の傍にいたんだ。ぼくが一体いつから君のことを見守ってきたと思っているの?」

「初めて変身した日からじゃないの?」

「ううん。もっと、ずっとずっと前から」


 チョコの返答に私は目を丸くした。

 私が初めて変身した日、北高校に降り注いだ流星群。チョコはあれに乗って地球にやってきたんじゃなかったかしら。そして、私がずっとお気に入りだったぬいぐるみの『チョコ』の中にチョコとして入ってきて……。

 それが初めてではないのだろうか。

 もしかして私は、ずっと前に、チョコに出会っていたことでもあるのだろうか。


「チョコは、いつから私の傍にいたの?」

「秘密」


 チョコは微笑んだ。あんまりにも柔らかくて、穏やかな笑みだった。

 優しく私の頭を撫でてくれるチョコの手が、温かかった。


「ぼくはずっと夢を叶えてあげたかった。魔法少女になりたいっていう夢を」


 私は曖昧に微笑んで俯いた。チョコの顔を見ているうちに、泣きそうになったから。けれど結局、滲んだ涙が頬を伝う。鼻先からぽたりと落ちた雫はコンクリートに小さなシミを作った。

 今日は曇天の空模様だった。日差しが差さぬ世界は薄暗く、海と空の色はほとんど同じだった。青灰色の世界に私とチョコは座っている。


「これからどうするの?」

「実は何も考えていないの」


 落ちていた小石を海に投げる。ポチャン、と水面が波打つ音を耳に、私は足をぶらぶらさせた。


「しばらくは身を隠すしかないから……。逃亡生活を続けながら、聖母様探しでもしようかしら。相当時間はかかっちゃうだろうけれど」

「こそこそ探さないで、堂々と探しに行ければ楽なのにね。魔法少女に変身してさ」

「無理よ。怪物の姿で外に出たら、また大騒ぎになっちゃう」


 チョコはそれもそうか、と小さく呟いて、それから何かを言いたげな目で私を見た。


「あのねありすちゃん。完成するところなんだ」

「何が?」

「本物の魔法少女になれる薬」


 私は顔を上げた。チョコは淡々とした声だったけれど、そのつぶらな瞳はまるで星屑を散りばめたみたいにキラキラ光っていた。興奮で赤くなった鼻先から分厚い呼吸音が聞こえる。

 魔法少女になれる薬。それは以前から湊先輩経由やチョコから直接、何度か聞いたことがあるものだった。私達の怪物化を修復し、テレビアニメに出てくるような可愛い魔法少女のビジュアルに整えるという薬。

 チョコが必死に研究を繰り返してきた結果、その薬はいよいよ完成するらしい。


「怪物なんかじゃない。見た目も完璧な魔法少女になれる薬だよ。最終調整ももうすぐ終わるんだ。それを飲んだら、本物の魔法少女になれるんだよ」

「本物の魔法少女……」

「その薬で変身さえすればもうこっちのもんだ。今まで魔法少女を馬鹿にしてきた連中をけちょんけちょんにしてやれるんだぜ」


 私はその言葉を聞いて考えた。もしも自分が本当の魔法少女に変身したら、どうなるかを。


 悪者に破壊された街。今にも殺されそうになって泣いている人の前に、ピンク色の衣装を着た魔法少女が現れる。

 もう大丈夫よ、安心して。

 ああ、ありがとう。魔法少女!

 命を助けてくれた可愛い魔法少女をきっと皆は好きになる。魔法少女の活動を支援しようとする動きは大きくなって、私を応援する声もどんどん広がっていく。

 世界中から称賛の声を浴びながら、魔法の力で悪者をやっつけるのだ……。


 スポットライトを浴びてキラキラ輝く魔法少女。そんな姿を頭の中で思い描いた私は、ふっと微笑するように溜息を吐いた。


「ううん、いらない」

「え?」

「私にその薬は必要ないわ」


 チョコがギョッと目を見開いた。どうして、とその顔が雄弁に語っている。

 当然だ。魔法少女になることは幼少期からの私の夢だった。その夢を目前にして諦めるなんて、勿体ない話だった。

 

「自分が怪物だと知って、魔法少女の幻覚が消えて、皆から非難されて。私、分かったの」

「何を?」

「私はきっと魔法少女っていうより、ヒーローになりたかったんじゃないかって」

「はぁ?」


 チョコが怪訝な顔で私を見た。遠慮ない視線に私は少し笑って、それから昔の記憶を思い出す。

 幼稚園の頃。先生に将来の夢を聞かれて、私が答えたこと。


 わたし、ニコニコ屋さんになりたい。

 ニコニコ屋さん?

 みんなに笑顔を売るんだよ。わたし、パパとママがニコニコしてる顔を見るのが好きなの。こっちも嬉しくてニコニコするの。みんながいつもニコニコしてたら、きっと毎日すごく嬉しいよ。


 夢というほど大した話じゃない。ただそのとき無邪気に考えていたことは、心の底からまっすぐに思っていたことだった。

 世界中の皆が笑顔でいられたらきっと幸せだと、そう思っていたのだ。


「可愛い服を着て戦う女の子に憧れていた。でもね、どんな衣装を着ていたって……ううん、いっそ魔法の力なんてなくても。私はただ、困っている人を助けて、笑ってほしかっただけなんだと思う」


 魔法少女であることが幻だと知ってショックを受けた。でもそれ以上に気が付いたこともあるのだ。

 私がこれまで戦ってきたことで助かった命だってある。それは見た目が魔法少女であろうとも、怪物であろうとも、同じことだった。

 それに。いつも一番近くで私達のことを見守ってくれていた湊先輩。彼は最初から私達が怪物であると知っていた。それでも彼はいつも私達のことを温かく見守って、ときには誰よりも前に出て皆を守ろうともしてくれた。

 その背中を見るたび私はどうしようもなく胸が熱くなった。だってあまりにもかっこよかったから。彼は別に、私が憧れていた魔法少女みたいな、可愛い格好なんてしていないのに。憧れていた魔法の力なんて持っていないのに。

 彼みたいになりたかった。

 悪に真正面から立ち向かって、守るべき人達に背中を見せる。そんな生き様が何よりもかっこいいと思った。


「大分遠回りをしてようやく気付けた。私、ヒーローになりたかったんだ」


 怪物でいい。人間じゃなくたっていい。皆から石を投げられたっていい。

 それでも私は変身して、一人でも多くの命を救いたい。

 私は。可愛い衣装を着るよりも、きっとただ、誰かを守れる生き様を夢見ていただけなのだ。


 チョコは眩しそうに目を細めて私を見つめた。薄く開いた唇から、熱い溜息が零れ落ちる。


「……いや困るよぉ!」

「えっ」

「納品寸前にそういうこと言われちゃうとテンションダダ下がりでしょー!? 制作側の気持ちも考えてよ、もー!」

「の、納品」

「せめて一回くらいは使ってほしいんだよねぇ!」

「すみません」


 思わず居住まいを正して謝る私に、チョコはぷりぷりと怒り続けた。

 薬を完成させるのに母星で数年、地球に来てから再調整に約一年もかけたのだ、確かにチョコの怒りもごもっともなものだった。

 チョコの怒りは発展し、母星でも研究費がとれなかったことや、動物実験が上手くいかないことなどへの愚痴に変わっていく。研究職というのは私にはよく分からないが、相当うっぷんが溜まる仕事なのだろうなということだけは分かった。


「……もう少しだけ。薬が完成するまで待っててよ」

「うん」

「魔法少女にしてあげるから」

「楽しみにしてる」


 私は首から下げたカメラを持って、灰色の海をパシャリと撮った。横から写真を覗き込んだチョコが「やっぱり上手いね」と言ってくれた。

 逃亡生活も長くなりそうだった。ただ逃げているだけでは退屈だから、こうして写真でも残していこうと思った。

 皆のところに帰ったらこの写真を見せて色んな話をしてあげようか。私がどんな生活をしていたか、どれほど皆に会いたかったか。

 見せられるかは分からないけれど。


「ねえありすちゃん。何かお話してよ」


 退屈になったらしいチョコがあくびをしながら言った。私はふっと息を吐くように笑って、頷いた。


「どんな話がいい?」

「君が魔法少女を夢見たきっかけとか」

「そうね。あれは私がまだ小さかった頃。ママに見せてもらった魔法少女ピンクの映像に憧れたの……」


 何十回、何百回と語った話を私は語る。とうにそんな話は聞き飽きているだろうに、チョコは嬉しそうに私の話を聞いていた。

 港に寄せる静かな波の間に、私達の語らう声が、穏やかに響いていた。



 三月十九日。チョコの薬が完成した日。それは奇しくも私の誕生日だった。

 姫乃ありすが祝福されて生まれた日。


 その日、本物の魔法少女が誕生した。

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