第21話 お見舞い
『昨日、東京都■■区にある北高校にて爆発事故が発生しました。原因は家庭科室のガス管にヒビが入っており、生徒がガスコンロを使用したことでガスが漏れ、引火したものだと思われます。煙を吸ったことにより生徒一名が病院に運ばれましたが命に別状はないとのことです。
また同時刻、北高校内で諤ェ迚ゥが現れました。近頃世間を騒がせる諤ェ迚ゥですが、こちらは先日目撃された二体とは姿が異なっており、新種であるとの見方がされています。
北高校は最初に諤ェ■迚ゥ■■が目撃された場所でもあり、連続して諤ェ迚ゥが出現している点から、警察は高校への調査を進め、また設備の工事を後手に回していたことによる対応不足を校長に伺い蜉ゥ縺代※蜉ゥ縺代※蜉ゥ縺代※蜉ゥ縺代※蜉ゥ縺代※蜉ゥ縺」
待合室に流れるニュースを私の隣に座るおばあさんがぼんやりと眺めて、怖いねぇ、と私に言った。難しいニュースは苦手、と私はリモコンでそれをアニメに変える。ニュースが途切れ、魔法少女の再放送が流れだす。おばあさんはムッと顔を歪めて、新聞を読み始めた。
私は病院の待合室に座っていた。咳とテレビの音が流れる空間に、時折看護師さんが患者さんを呼ぶ声が響く。
病院は嫌い。だって壁からは染みついた薬品の臭いがするし、注射を打たれて泣いている子供とすれ違うから。
昔から健康だったおかげで注射を打った記憶自体はない。けれど注射の痛みに怯える小学校時代のクラスメートや、会社の健康診断帰りのパパが痛くて泣いちゃったよ、なんて言っていた記憶はあるものだから。腕に針を刺すだなんて、想像しただけで眩暈がしてしまいそう。
「姫乃ありすさん」
「はぁい」
名前を呼ばれた。私は立ち上がって、受付に向かおうとする。けれどその前に振り返って、椅子に座って俯いたままの千紗ちゃんの肩を揺すった。
「千紗ちゃん起きて。呼ばれたわ」
「んあ」
目を擦って起きた千紗ちゃんは、あくびをしながらふらふらと受付に行く。受付に座っていた女性が受付表にカリカリペンを走らせ、私と千紗ちゃんを交互に見た。
「姫乃ありすさんと、犬飼千紗さんですね? 伊瀬湊さんのお見舞いでお間違えはないかしら」
「そっす」
「そのぬいぐるみはお見舞い品?」
「ううん。これはチョコ。私の大親友よ。千紗ちゃんの持っているお花がお見舞い品」
「そう。綺麗なお花ね。…………病院内にも一応お花屋さんがあるのだけど、言えばそのお花を綺麗に包みなおしてくれると思うわ。花瓶も売ってるし、その方が綺麗じゃない?」
「え。めんどっ」
千紗ちゃんは鉢植えを抱えたまま湊先輩の部屋へ向かった。私もチョコを抱きしめて彼女の後を追いかける。
私達は湊先輩のお見舞いに来たのだ。昨日の爆発事件で病院に運ばれたというから、心配だったのだ。
廊下を歩いて湊先輩の部屋に向かう。どうやら彼は大部屋に寝ているようだ。部屋に入れば同室に入院しているおじさんや男の子がチラリと私達に目を向け、軽い会釈をしてくる。
先輩は真ん中のベッドにいた。うつ伏せになって、真剣な眼差しで携帯を見つめている。私達がやって来たことに気が付いていないらしい。
「生きてっか?」
「ぎゃふっ!」
千紗ちゃんが鉢植えを先輩の背中に叩きつける。湊先輩は悲鳴を上げ、驚いた顔で振り返って私達の姿を目にとめた。
「え……な、なんでここに」
「お見舞いに来たのよ。大丈夫? 煙を吸って倒れたって聞いたけど」
「エロ動画見る元気あるくらいなら大丈夫そうだな」
「エロ動画じゃないから! ニュース見てただけだから!」
お見舞い、と千紗ちゃんは鉢植えを枕元にドンと置いた。黄色い小さなお花が可愛らしく揺れる。湊先輩はそれを見て苦笑しながらも礼を言った。
元気そうで安心した。顔は火傷で少し赤いし、声も掠れているけれど、それ以外の目立った不調は見られない。ほっと私は胸を撫でおろす。
「元気だよ。父さんと母さんが心配性だからさ、一日だけ様子見の入院」
「よかった。入院が長引くようなら毎日お見舞いに来ようと思っていたの。登校前と、お昼休みと、放課後。毎日三回」
「両親でもそんなに来ないよ。ありがとう。千紗ちゃんもお見舞い品まで、いいのに」
「気にすんなよ。庭から毟ってきた花だから」
「そ……そう」
私は湊先輩が見ていた携帯に視線を下ろした。まだニュースが再生されている。待合室で見たのと似た映像が流れていた。私達が通う北高校の家庭科室から火が吹き出ている映像だ。
「ねえ湊先輩。魔法少女ブルーは、どんな活躍をしたの?」
私はベッドに腰かけ彼に顔を近付けた。
昨日の火事について私は詳しいことを知らない。廊下に立たされているときに家庭科室が燃えていると聞いて、慌てて駆け付けたときにはもう全て終わっていたのだ。
あの後もすぐ救急車を呼ぶ騒ぎになって生徒は帰されてしまったから、図書委員の子とも話せずじまいだった。三人目の魔法少女の活躍を直接見れなかったのはとても残念だ。どんなに素晴らしい活躍をして、皆を救ってくれたのか、知りたかった。
湊先輩はギクリと体を強張らせて、周囲のベッドを見た。興味深そうに私達を見ている人もいれば、微笑ましそうにくすくす笑う人もいる。
「あ……い、伊瀬くん?」
ふと入口からそんな声がして、固まっていた湊先輩がパッと顔を上げる入口に図書委員のあの子が立っていた。突然視線がかち合ったその子は驚いたように素早く顔を隠して、おそるおそる眼鏡越しの目を揺らす。
私は飛び上がって彼女に駆け寄った。驚き逃げようとしていた彼女を部屋の中に引っ張る。彼女が持っていたお見舞い品のバスケットからリンゴが一つコロコロと落ちて、ベッドの下に潜った。
先客がいるとは思っていなかったらしい。私と千紗ちゃんを見て彼女はぷるぷると小動物のように体を震わせていた。
「あ。お前…………っと、名前何だっけ? 忘れちまったよ」
「え。あ。し……雫だよ。雨海、雫」
「ああそうだそうだ。悪いな。影薄くてよ」
そっちの方が悪いよ、と湊先輩が呆れたように肩を竦める。雫ちゃんはぎこちない笑みを浮かべるばかりだ。そんな彼女に私は弾んだ声で叫んだ。
「会いたかったわ、雫ちゃん……いいえ、魔法少女ブルーちゃん!」
「きゃっ!」
私は彼女を抱きしめる。彼女は目を丸くしてぽかんとその場に突っ立っていた。けれど部屋の人達がくすくす笑い出すと、徐々にその顔を真っ赤に染めていく。手を取ってくるくると回りだせば、彼女はあわあわと顔を真っ赤にしたままくるくる回った。
「仲いいねぇ少年。どの子が彼女?」
「えっ。いや……」
「おじさん達お邪魔? ちょい待ってな、今部屋出てくからさ。ごゆっくり」
「あ……ありすちゃん談話室に行こうか!」
私は回るのをやめて湊先輩を見る。雫ちゃんの手を離せば、彼女はそのまま後ろに吹っ飛んで、千紗ちゃんの頭にぶつかって怒鳴られていた。
談話室には小学生の男の子が二人いる以外、誰もいなかった。付けっぱなしのテレビから戦隊ヒーローの再放送が流れている。少年達はソファーの上に立ち、本差しにあった新聞を丸めた剣で戦いごっこをしている。
彼らは部屋に入ってきた私達を一瞥すると、アハアハ笑いながら新聞ソードで湊先輩を攻撃した。先輩は痛い痛いと苦笑しながら子供達から離れようとするけれど、遊びに夢中の彼らはぴったりくっついて離れない。
「死ね怪物めー!」
「必殺、昇竜拳!」
テレビではヒーローが同じ必殺技を叫びながら敵を殴っている。少年達には今、自分達の姿が憧れのヒーローと同じに見えているのだろう。私には小学校低学年くらいの男の子にしか見えないけれど。
優しい湊先輩は子供達を邪険にできない。困った顔で必殺技を三回くらい食らっていた。そうこうしているうちに雫ちゃんも餌食になって、必殺技を食らい始めていた。
いけないわ、と私は頬を膨らませて子供達の前に行く。大人として教えてあげなければと口を開く。
「ポーズがなっていないわ。もっと足を上げて、ウインクをしながら。こうよ! 『必殺ミラクル・マジカル・ピンクスター』!」
完璧なウインクが子供達に炸裂する。掲げた手に見えないステッキを持って、魔法の光を振りまいた。
私の最高の変身ポーズに圧倒されたのか、皆口を開けて私を見つめて動かなかった。肝心の子供達は鼻頭にしわを寄せむちゃむちゃした顔で私を見上げる。
「違うよ。おれたちヒーローしてるの。それ魔法少女だろ?」
「あら。魔法少女もヒーローなんだから。とっても強いの。実はお姉さん達も魔法少女なのよ」
「うそだーっ! 証拠見せろよ、しょーこ! ないなら法廷で争えよ!」
私は微笑んで変身の言葉を叫ぼうとした。けれど直前で湊先輩と雫ちゃんが両側から私の口を塞ぐ。青ざめた顔の二人は揃って首を振って、変身しちゃ駄目だと言った。
もがもが文句を言っても手はちっとも離れてくれない。ぷくっと頬を膨らませてしかめっ面をする私を見上げ、子供達は法廷だ裁判だと騒ぎながら部屋中を駆け回っていた。
「き、君達どこの子? お家の人が探してるんじゃないかな……?」
「じーちゃんの見舞いに来た。でもベッドの上飛び乗って遊んでたら、怒られたんだぜ。終わるまでここで待ってろって」
言ってまた子供達は新聞を持って走り出した。私をバシバシと叩き、嘘つきめと無邪気に笑う。
「嘘じゃないわ! 私は人々の思いに答えて変身して、世界を守るヒーローなんだからっ」
「じゃあ応援するから変身してよ。頑張れひーろぉー」
「へんしっ…………もがが」
湊先輩と雫ちゃんがまた私の顔を塞ぐ。口も鼻も目も全てが覆われて何もできない。
ジタジタ暴れる私の耳に、きゃっきゃとはしゃぐ子供達の声が聞こえる。雫ちゃんの指をぐいっと押し上げて様子を見れば、子供達は今度はソファーでくつろぐ千紗ちゃんのところに突撃していった。有罪だぁ、と笑いながら千紗ちゃんを新聞でベチベチ叩く。
「お前ら全員死刑」
「ああ――――っ」
千紗ちゃんは二人の襟首を引っ掴んで後ろに放り投げた。悲鳴をあげて飛んで行った子供達は壁に顔からぶつかって、おうおう声をあげて泣き出す。
ちょうどそこに彼らの保護者らしきお母さんがやってきた。お母さんは、談話室で泣いている子供達と床に転がる新聞を見て、また馬鹿なことをやってたのと呆れた顔で言う。彼らが号泣しながら千紗ちゃんを指さしても、当の千紗ちゃんはしらっとした顔で適当にテレビのチャンネルを変えていた。
「ごめんなさいね、騒がしかったでしょう。ほら早く立ちなさい。お夕飯の買い出し間に合わなくなっちゃうでしょ。隣の銀行でお金も下ろしていかないと」
「うぐおおおおうぅ」
「恐竜の真似? 変なことしてないでほら、お姉ちゃん達にうるさくしてごめんなさいって」
「いっ、いえいえ! 僕達の方こそ……はは…………」
ズビズビ鼻を鳴らして帰っていく子供達の声が聞こえなくなって、湊先輩と雫ちゃんは揃って大きな溜息を吐いた。と、不意に千紗ちゃんが口を開いた。
「うちの学校じゃん」
不意に千紗ちゃんが言った。私達は顔を上げて彼女が見ているテレビを見た。
ここでもまた北高校のニュースが流れている。誰かが撮っていたのだろう、火を噴く家庭科室を廊下から撮った映像だった。
騒がしい声がして先生達がカメラの前を過ぎていく。慌てて家庭科室に向かった先生達は部屋の中を見た途端絶叫した。おかしな様子に気が付いた撮影者が少し部屋に近付き、部屋の中で動く何者かの姿を映す。
それは青い魔法少女だった。
「っ」
隣で雫ちゃんがびくりと体を震わせた。私はパッと顔を輝かせ、テレビに映る魔法少女と雫ちゃんを見比べる。
家庭科室の炎の前に立っているのは、澄み渡る青空のような、広大な海のような、目の覚める青色の衣装に身を包んだ可愛い女の子。きらめく光に肌を輝かせ、燃え盛る炎を睨むその女の子は、まごうことなく私と千紗ちゃんと同じ魔法少女、ブルーだった。
そしてその子の顔は、まさに今隣にいる雫ちゃんだ。
「ねえ見て、魔法少女ブルー! こんなに素敵な姿をしているのね……。ああ、直接活躍を見れなくて本当に残念だわ!」
「めっちゃ青いじゃん。水を操る魔法少女? へえ、そりゃ火事を一瞬で消すことも簡単だよな」
私は千紗ちゃんの隣に座り、新たな魔法少女に目を輝かせる。魔法少女は一瞬しか映らなかったけれど、ニュースは何度も繰り返しその映像を再生し、終わるとまた別の魔法少女を流した。この間千紗ちゃんが変身したときの映像だ。道路を走る魔法少女ピンクとイエローが映っている。
可愛く可憐な魔法少女に私は勿論、千紗ちゃんも満足げな笑みを浮かべて鼻を鳴らす。湊先輩と雫ちゃんだけが困惑ぎみの顔でテレビと私達を交互に見つめていた。
「なんだい、妙に賑やかだな」
私の鞄がもぞもぞと動いた。雫ちゃんがビクッと目を見開き、直後鞄から顔を出したチョコを見て短い悲鳴をあげた。
チョコは私の膝に座り、テレビに映る魔法少女を見てはきゃっきゃと手を叩く。そういえばチョコは昨日の火事を雫ちゃんに助けてもらったのだっけ、と私は雫ちゃんを見てニコリと微笑む。けれど本人は青ざめた顔でチョコに視線をやって、私の顔はちっとも見てくれていやしなかったのだけれども。
「…………ちょうどいい機会だ」
湊先輩がくっと顔を引き締めてチョコの首根っこを持ち上げた。ぷらぷら揺れるチョコは可愛らしい顔で湊先輩にパチパチ瞬きをする。彼は肩を竦め、その大きなガラスの目玉を覗き込んで言った。
「チョコ。君が彼女達を魔法少女に変身させたんだよな」
「うふふ。そうだよ」
そうか。と湊先輩は静かに頷いて、更にチョコに顔を近付けた。
真剣な彼の眼差しが鋭くチョコを射抜く。
「君は一体何者だ?」
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