第4話 おしゃべりな妖精さん
***
空からふってくるキラキラお星様。
きゃあきゃあ逃げる皆は、お星様にぶつかるとパチパチ弾けてこんぺいとうになっちゃった。
地面に落ちたお星様がぱっかり割れて、中から銃を持ったおもちゃの兵隊さん達が出てくる。
兵隊さんは皆に銃を向けると、ぽんぽんポップコーンみたいにたくさんの弾を撃ちだした。
弾に当たった皆は目を回してたおれちゃう。
くるくる回る目の上に、ぴよぴよヒヨコさんを浮かべて、もう動かなくなっちゃうの。
「そこまでよ!」
顔を上げた兵隊さんを魔法のビームが撃ち抜いた。全員の視線が私に集まった。
ねえ、見えるかしら。私の可愛い姿。
フリルをたっぷりあしらったピンク色の可愛い戦闘服。頭に付けた素敵なリボンカチューシャ、キラキラ魔法の光が輝く魔法のステッキ。
世界で一番強くて、世界で一番可愛い、世界を守る女の子。
心に浮かんだ魔法の言葉を唱えると、ぽわぽわ光がステッキに集まって眩しいくらいにきらめいた。
兵隊さん達は大慌てで逃げていく。きゃー、と可愛い悲鳴を上げているけれども、私はあなた達を許さないんだから。
「世界の平和はこの私、魔法少女ピンクちゃんが守るんだから!」
ステッキを振り下ろす。
一直線に放たれた魔法の光が、逃げる兵隊さん達を包み込んで。
そして。
「……………………んぅ」
目を開ければ、見覚えのない白い天井が見えた。
ゆっくりと起き上がると頭が重く痛んだ。額に触れた指先に包帯のがさついた感触が伝わる。私は疑問符を浮かべながら、ピンク色の前髪の隙間に、周囲を見回した。
六つほどベッドが並んでいる白い部屋だ。ベッドに眠るのは病衣を着た怪我をした人達。何本もの点滴が繋がった人や、顔中を包帯でぐるぐる巻きにされた人達の姿。
薄く白んだ窓の外からの光が、部屋を淡く照らしている。まだ朝になる間際の時間だろう。私はぼんやりとした頭を振って、静かに息を吐く。
「私、どうしちゃったんだっけ?」
「君は魔法の力に目覚めたのさ」
声につられて枕元を見た私は目を見開いた。何故って、そこにチョコがいたからだ。
二本の足でしっかりと立ったチョコが私を見上げて微笑んでいる。小さな足を動かして、私の隣にやってくる。
ママが作ってくれた。ぬいぐるみのチョコが。動いて私の隣にやってきた。
「ぬいぐるみが喋ったぁ――――っ!」
おばけぇ、と続けて悲鳴を上げる。その反応にチョコは明らかにムッとした様子で頬を膨らませた。
「失礼な! ぼくはオバケじゃない。妖精だ!」
「え……よ、妖精さん?」
妖精、という言葉に悲鳴を止めた。おぼろげだった記憶が段々とよみがえってくる。
そう。私は確か、学校にいて。校庭に流れ星が落ちてきて。皆がパニックになって。皆を助けなきゃと思って。
流れ星が、私に落ちてきて…………。
「そうだよ。君の熱い願いと、星の力を元にこの惑星にやって来たんだ。ちょうど良かったから君の一番傍にいるこのぬいぐるみの体を借りて……」
私はチョコの体をわしづかみにする。驚くチョコの大きな目に、キラキラと笑顔を輝かせた私の顔が映っていた。
「妖精さん、ってことは。……あれは夢じゃないの?」
「な、なんのこと?」
「私に流れ星が落ちてきたことも」
「うん」
「私が…………魔法少女に変身したことも」
うっすらと残る記憶の中の私は。
夢見ていたピンク色の衣装を着て。ステッキを持って戦う。可愛い魔法少女に変身していた。
チョコは笑って、頷いた。
「君には不思議な力が与えられた」
「じゃ、じゃあ」
「君はなれたんだよ。『魔法少女』に」
甲高い悲鳴が上がった。それが自分の上げた歓声だということが、すぐには分からなかった。
私の腕の中で押し潰されているチョコが、苦しいと体をバタつかせる。けれど私はたまらない歓喜を止められず、チョコを力いっぱい抱きしめた。
やったわ。と何度も叫んだ。声は白い壁にキンキンと跳ね返る。
「なれたのね! とうとう、やったのね! 魔法少女! 私、魔法少女よ!」
「お、おめでとう。ありすちゃん」
「それで、私は何をすべきなのかしら? 地球に危機が迫っているのね。私は敵を倒せばいいの? 敵ってどんな人? 他の惑星から地球を侵略に来たの? 全員倒して、この地球を救えばいいのね。ああ、そうね。最初は仲間を見つけるべきかしら。何人がいいかしら。やっぱり最初は三人? 選ぶならやっぱり、元気な子と、真面目な子と…………」
ガタン。と隣のベッドから聞こえた大きな音に、私とチョコは口を閉じた。
隣のベッドに眠っていたはずの人がいない。その人は床に座っていた。ベッドから転がり落ちたその人が、目を見開いて私達を見ていた。
その人は、あのカメラを持っていた男の子だった。
「あっ。よかった、無事だったのね!」
彼は私の言葉にビクリと肩を大きく振るわせた。
病衣の隙間から覗く腕や首に包帯が巻かれている。乾燥した唇はわなわなと震えて、顔色も真っ白だ。具合が悪いのかもしれない。
「ねえ、聞いてちょうだい。私は夢を叶えたのよ。魔法少女になれたの!」
「そ、そ、それ」
震えの止まらない指先がチョコを指す。顔は白いのに、目は、熱を持ったように赤くなっていた。
「しゃ、喋った。動いたよ」
「魔法の力のおかげよ」
「ぬいぐるみだろ」
「そうよ。そして、私の大親友!」
「はじめまして。ぼくはチョコ! 君は」
「わあぁっ」
チョコが彼に近付こうとした。途端彼は裏返った悲鳴を出して、床を這うように廊下に出る。
「助けて! 誰か!」
錯乱した悲鳴が廊下に反響する。すぐに騒がしい足音が聞こえて、どうしました、と看護師さんがやって来た。
ぬいぐるみが動いてるんです。どのぬいぐるみですか? あれです、あの汚れたピンクの、モンスターみたいな。ええと、風で揺れたとか、そういうことでしょうか。違う、違う、喋ってるんだ、喋って。落ち着いてください、ええと、自分の名前は言えますか?
彼らの会話をぼんやりと聞きながら、私は腕の中のチョコを見た。チョコは無言で天井を見上げて身動ぎ一つしていなかった。
男の子は看護師さんの服に縋って、信じてください、と叫んでいる。看護師さんは困ったような微笑みを浮かべて彼の背を優しく撫でた。
「心配ないですよ。体調が優れないときや気分が昂っているときに幻を見るのはよくあることです。普通のことです。無理もない、あんなことがあったんだから…………」
ハッと彼は目を張る。動きを止め、不安気な顔で看護師さんを見つめた。
彼は改めて部屋を振り返り、息を呑んだ。重い沈黙が落ちた部屋に、ベッドが並んでいる。彼の悲鳴にも反応しない人達が眠っている。
「……………………あ」
看護師さんの服を掴んでいた手が床に滑り落ちる。暑くはないのに、じっとりと彼の額に浮かんでいた汗が、ぬるりと頬を流れた。
「まさか、死んで」
「眠っているだけですよ。しばらくは安静にしてなきゃいけないけれど。ごめんね。部屋が足りなくて、性別や怪我のレベルで部屋を分けたりすることもできなくて」
「部屋が足りないって。そんなに」
「状況が状況でしたから。大事を取って、一晩入院する方とかも多くて。軽症の方も多いですから。大丈夫、落ち着いて」
「…………僕の携帯ありますか」
「回収物はとりあえずひとまとめに集めているので、その中にあれば……。待っててね」
看護師さんは一度部屋を出て、小さな段ボールを持って戻ってくる。開くと、土と鉄錆の臭いがぐっと鼻孔に入りこんできた。
箱の中に無造作に詰められた携帯やら鞄やらのほとんどは、生地が破けたり汚れたりしている。彼はその中に手を突っ込んで、携帯一つとカメラを取り出した。
カメラを確認した彼は、そこに少し汚れが付いているだけで壊れてはいないことを知り、安堵したように胸を撫でおろす。黒い携帯の方は画面がバキバキに割れていたが、それには眉一つ動かさなかった。
「保護者の方にはこちらからも連絡をしておきます。それから、もしニュースとかを見るなら、もう少し落ち着いてからの方がいいと思うけれど……」
「いえ、すみません取り乱して。もう大丈夫です」
看護師さんは不安そうな顔をしながらも部屋を出た。彼はぎこちない微笑みを貼り付けたまま検索サイトを開く。けれど検索欄に文字を入力する必要はなかった。トップページに大きく、私達の高校が取り上げられていたから。ベッドに座る彼の後ろから、私も画面をのぞき込む。
『「東京都北高校、隕石落下に未知の生物出現。死者負傷者多数」
昨日夕方。東京都楽土町、北高校に五十を超える隕石が落下した。更に未知の生物が出現。大きさは巨大なヒグマ程度。肉食獣、草食獣全ての生物と異なる、奇妙な見た目をした謎の生物とされている。
事件発生時は放課後だったためほとんどの生徒は帰宅していたが、校舎に残っていた内の生徒十名、教師二名、通報により駆け付けた警察と救助隊六名の計十八名が死亡。負傷者の数は三十を超える大惨事となった。
また現在謎の生物は行方が分からなくなっている。警察は現在、近隣の住民に対し警戒を呼びかけ、謎の生物の捜索に当たっている』
彼は無言で動画サイトを開く。またトップページに高校の名前が挙がっていた。
動画が再生される。昨日の夜のニュースだ。スタジオに集まったコメンテーターたちが私達の高校についてお話しをしている。
近くに生徒がいたのに発砲したことはあまりにも警察官の安全配慮に欠けた行為じゃないのか。消防車が図書室へ放水したのはいかがなものか、書籍への影響を少しは考えるべきではなかったのか。
白熱する議論を制し、司会者が映像をご覧ください、と言って映像が流れた。冒頭に大きな注意マークと、『ショッキングな映像が流れます。ご注意ください』という文字が入る。
私達の学校が映った。生徒の誰かが撮っていたのだろう。空に何かが光って、流れ星、と誰かが嬉しそうな声を上げる。
その光は瞬く間に大きくなって、一瞬強烈な光が走ったかと思うと轟音が響いた。映像が激しく揺れる。その五秒後、また轟音と揺れが発生し、悲鳴が聞こえる。
ぶれる画面に校庭が映った。地面の数ヶ所に穴が開き、もうもうと白い煙が上がっている。そこへまた大きな光が落ちてきて、地面を抉った。
やばい逃げろ、走れ。早く早く。待ってあれ何。は? 校庭校庭校庭。うるさい、逃げろって。いや見てよ。あれ。いやあぁ。
画面が揺れる。揺れて、暗くなって、廊下を映して、足元が映って。そしてまた校庭が映ったとき。
そこに、か■ぶつがいた。
「……………………?」
かい■つは涎を垂らして、暴れ■いた。鋭い爪を振り回し隕石を破壊す■■。遠吠えをあげ、逃げる生■達を掴んで■げ飛ばす。
体から■ロドロと流れる黒い触■をムチのようにしならせ、地■■を抉って、近くにいた■を吹き飛ばした。
「……………………?」
怪獣が校舎を見て、■しく■える。ビリビリと震え■空■に、■■を■っていた■■■が叫ん■。画面■■■真っ暗■■なり、■い■つの吠え■■声が遠く■反響す■。
映像がス■ジオに戻■。さ■■まで白熱■た議論■交わ■■■たコメ■テ■■ー達は絶句して■た。数秒も■沈黙が流れ■■■、誰かが「■■■■■■■■■■」と言っ。
「ねえ」
「……………………」
「ねえ、大丈夫?」
気が付けば、すぐ目の前に彼の顔があった。いつの間にこんなに顔を近付けていたのか思い出すこともできなかった。
大丈夫よ、と答えて私は笑った。画面を見れば、そこにはさっきと変わらないコメンテーター達の笑顔が映っていた。
「凄いことになっちゃったわ」
「ああ。まさか学校にかいぶ」
「魔法少女になった私がこんなに話題になるなんて」
「はぁ?」
彼は画面に向けた顔をもう一度私に向けた。私は彼ではなく、まっすぐ画面に目を向けていた。
私達の学校が映っている。キラキラ光る流れ星の中に、可愛い女の子が立っている。
ピンクの衣装、ピンクの髪、隣にいるのは可愛い妖精さんのチョコ。
「お願い。みんなを助けて、魔法少女ピンクちゃん!」
生徒達が私に向かって祈りを捧げる。任せて、と笑って私は魔法のステッキを振り上げる。
魔法の光が、降ってくる隕石を吹き飛ばした。銃をポコポコ撃ってくるおもちゃの兵隊さん達を吹き飛ばした。
生徒の皆が歓声をあげている。映像が止まり、場面はスタジオに戻る。スタジオには拍手が溢れていた。コメンテーターの猫さんや犬さんが、素晴らしいですね、流石魔法少女ですね、と肉球を叩きながら笑顔を浮かべていた。
「何言ってるんだよ」
「ほら見て、この衣装。とっても素敵な色をしているわ! 魔法もキラキラしていてとっても綺麗」
「おい」
「こんなに話題になるなんてっ。人気者になっちゃうかしら。街で声をかけられちゃう? うふふっ。嬉しいわ。私の活躍で、生徒の皆を救えたんだから」
「ふざけてるのか!」
彼が壁を殴った。大きな音に私はびっくりして飛び跳ねる。さっきまで青かった彼の顔が真っ赤になっている。怒りにぶるぶると肩を震わせて、彼は怒鳴る。
「いつまで馬鹿なこと言ってるんだよ。人が死んだんだぞ」
「死んだ? 誰が? どうして」
「君のせいだろ!」
彼の怒鳴り声が、ジンと耳に反響して、消えた。
私は首を傾げて彼の手を取った。血がのぼった手は私の手よりもずっと熱い。彼はギクリと体を強張らせ、複雑に歪んだ顔で私を見た。
今度購買で牛乳を買ってあげようかしら、と思った。
私には。彼がどうして怒っているのかよく分からなかった。
「素敵な衣装だねぇ」
声がした。彼が弾かれたようにそちらを見た。
チョコが彼の携帯を手にして、ニュースを見ている。ベッドにうつぶせになってパタパタ足でシーツを叩く。
ひぎゃあ、と彼が叫んだ。随分悲鳴の多い人だと思う。喉が渇かないのかしら、それとも大きな声を出すのが好きな人? きっとカラオケに行くのが大好きなのね。
「ゆ、夢じゃない。やっぱりだ。このぬいぐるみ、動いてる……」
「だから、魔法の力よ」
私はもう一度同じ説明をしてあげた。だけど彼は私の話を耳に入れてはくれなかった。
顔中に汗が滲んでいる。大きく見開いた目がチョコを凝視して離れない。細かい呼吸を繰り返していた彼は、はっと大きな空気の塊を吐き出すように笑い声を上げた。
「おかしいだろ。なんで、なんでそんな簡単に受け入れてるんだよ。逃げろって。なんだこいつ。人間の言葉を喋る、ぬいぐるみに似た、生き物? はは……訳、分からないだろ…………」
彼は視線をチョコから離さないまま、ゆっくりとカメラに手を伸ばした。けれどその手がカメラを引き寄せるよりも早く、飛び上がったチョコが彼の顔に張り付く方が早かった。
声にならぬ悲鳴が上がる。彼は狂ったように腕をバタつかせて、チョコを引き剥がそうとする。私はチョコの右腕が、彼の口の中に突っ込まれているのを見た。
彼はもごもご口を動かして、ピンク色の腕を吐き出そうと頬を何度も膨らませた。だけど上手く吐き出せない。
「似た生き物じゃないよ。ぬいぐるみだよ。ほら、分かるだろ。肉の感触がする? 綿の感触しかないよね」
「やめ。もご、ごえっ」
「ぼくも人間のこと、たくさんお勉強したんだ。喉の奥に綿を突っ込んだら、窒息してしまうんだろう? 寝ているときにハサミでサクッとすることだってできるよ」
「もが。もごご」
「看護師さんを呼んでみる?」
チョコは涎まみれになった腕を引く。彼は激しく咳き込んで、口からダラダラと涎を零してえずいた。
チョコは優しく彼の手を撫でる。彼がナースコールを握っていることに、私はそのときはじめて気が付いた。
「押してみるといいよ。さっきみたいに、助けてくださいって言えばいい」
「おぇっ…………げぇ……」
「誰が君を信じる」
「……………………」
呆然とチョコを見る彼の目に、じわりと涙がたまった。わななく唇を噛みしめて、ナースコールから手を離す。
顔を上げた彼と、私の目が合った。
「二人ともだめよ」
彼とチョコの視線が私に刺さる。
私はただ、微笑んでこう言った。
「喧嘩なんかしないで、仲良くしましょう?」
その通りだ、とチョコは笑った。彼は目を見開いて、何も言わず抱えた膝に顔を埋めた。
「夢だ。きっと、全部夢だ」
小さな声で彼は呟いた。何度も何度も、自分の頭に殴り付けるように、吐き捨てるような独り言を繰り返す。
チョコがそんな彼の背中を叩く。涎でベタベタになった腕が、清潔な病衣を汚していく。
「そうだよ。これは夢の話。彼女がずっとずっと思い描いていた、夢のお話さ」
私は二人の隣に行って、彼の背中をさすってやった。酷く震えるその背中は、手と同じでとっても熱かった。
何となく下を見ればチョコと目が合って、どちらともなく微笑んだ。私達の間で、彼だけが泣いていた。
高校一年生のはじめ。ずっと夢見ていた魔法少女になった私は。これから一体どんなに素敵な出来事が待っているのかしらと、期待に胸を膨らませていた。
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