第三幕
三、内藤新宿中往来の場
【様々な人々が無数に往来する雑踏の中を、半蔵と半七は今晩の旅籠と当面の飯屋を探してブラブラと歩いてゆきます】
半蔵〈いやはや、賑わっておりますな。この人混みを見るとやはり江戸に来たという気が沸々とわいて参りますな〉
半七〈確かに。さて、まずはうまそうな飯屋をなるべく早く探しましょうか?〉
半蔵〈(何かを見付け)おっと、その前に、あの小僧が忙しなく配って回るかわら版は、今朝方出〝版〟された真新しいものでしょう?〉
半七〈ええ、大抵のかわら版は木版ですが、ややもするとあれは活〝版〟やもしれませんな(ト先程と同じ手法で切り返す)〉
半蔵〈(憤りをこらえて)むむむむ・・・また同じ・・・〉
半七〈(怒れる半蔵に気付きながらも平然と)あっ、半蔵さん、今は飯屋を探している最中ですけれども、今通りかかったこの旅籠、今宵はここなど如何ですかな?どちらかの懐から払うのですから、これくらいの高望みもいいでしょう?(ト自らの勝利をほのめかして言う)〉
半蔵〈(痩せ我慢しつつ)え、ええ、半七さんが宜しいのであれば、わたしは特に異存もありませんよ。どちらの懐が凍り付くかは未だわかりませんからね〉
半七〈ははは、そうでした、そうでした。これは早計、早計(ト笑い飛ばす)〉
半蔵〈それにしても、この旅籠はまた大きな構えですなぁ。屋根の甍は天に近く、目映いばかりに輝いておるではありませんか〉
半七〈うむ、この宿場の本陣かもしれませんな〉
半蔵〈このようなところでは奉公人もさぞ多いでしょうなぁ。そう、奉公人と言えば、ここに限らず大方は口入れ屋による周旋でしょうが、中には口入れ屋の関知しない散〝判〟なるものもありますからなぁ〉
半七〈ほう、ここで「パン」を。やっぱり半蔵さんは色々なことに明るいですな〉
半蔵〈いやいや、偶然考え付きましたので。わたし自身も意外や意外、幸運に感謝しておるぐらいですから。ははは〉
半七〈それでは今度はわたしが探さなくてはなりませんな。どれどれ(ト辺りを見回す)〉
【そこへ往来の彼方から、墨染めの僧衣をまとった坊主がやって参りました】
半七〈あのお坊様はどこの宗派かは分かりませんが、もしも禅寺のお坊様なら、今日も時を報せる雲〝版〟の音を聞いていることでしょう〉
半蔵〈早くも。禅寺の雲〝版〟ですか、先程の辻放下の鉄〝板〟と似通っておりますな(ト暗に批判する)〉
半七〈いえ、そんなことはありませんよ。たとえ双方同じ鉄でできているといえども、確乎として名が違っておるのですから。咎められるには当たらないと思いますけれど?〉
半蔵〈まぁ、そうですが。近くに天龍寺がありますけれど、あそこは禅寺とは言え内藤新宿中に響く時の鐘は、決して〝雲版〟ではございませんよ〉
半七〈いや、誰も天龍寺とは限っていません。禅寺のお坊様なら、と言うことですので〉
半蔵〈それなら、まぁいいですか〉
半七〈ならば続けさせて頂きましょう〉
半蔵〈ええ、だがまずは早く飯屋に入りましょうか〉
半七〈そうですね。どうぞその間にお考え下さい。お、ここなんかいいんじゃないですかね?「めし処 榎木屋」、前来た時にはこんな処に料理を食わす店はありませんでしたよね?割と新しそうですし。ああ、勿論食べてから店を出るまでこの遊戯は続けることとして構いませんから〉
半蔵〈では、入りますか。入れば遊戯の期限が近付くとは言え、わたしは一向に差し支えありませんよ〉
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