第二幕
二、内藤新宿入り口付近辻の場
【半蔵・半七の二人は、該当する言葉をなるべく多く蓄えておこうと頭を回転させて内藤新宿までの道を歩んで参ります。その無口かつ真剣な様子は、甲州街道を賑やかにゆく人々が擦れ違う度怪訝そうに一瞥するほどであります。こうして二人が考えながら歩くうちに、早くも内藤新宿の口の一歩手前の大道まで到りました。ここでは何やら道端が騒がしい様子であります】
半七〈おお、見えて参りましたな。半蔵さん、我々が言葉をあれこれ探しておるうちに、いつの間にかもう内藤新宿の入り口にまで到りましたぞ。いや予想以上に好い暇潰しになりましたな〉
半蔵〈はは、そうですな、ありがたい、ありがたい〉
半七〈では、宿場街に入って最初に立ち寄った店を出るまでをこの遊びの期限として宜しいかな〉
半蔵〈ええ、わかりました。あ、あれを御覧じろ。何やら大道に人だかりが出来ておりますぞ〉
半七〈本当だ、何でありましょう。おっ、向こうでは願人坊主が賑やかに何か歌い踊っておりますな。はて、今日は何か有縁の日でしたかな〉
半蔵〈仏の道における有縁の日ではありませんが、今日は確か、春の盛り三月は上巳の日ではなかったですか。そうであるなら、この大道の諸芸やこの往来の賑わいも頷けましょう〉
半七〈成る程、雛祭りは桃の節句でしたか。どおりで先刻道で見掛けた者達が揃って三味線を持っていた訳だ。おおよそ、門付け芸人は祭文語りだったんでしょうな〉
半蔵〈(急にひらめいた様子で)おっと、確かわたしの番でしたな。それは正しく大道の芸人が芸の道具を運〝搬〟していると言った具合ですな〉
半七〈はは、これはやられました。まぁ取り敢えず、わたしらもあの人だかりのところへ参りましょうか〉
半蔵〈(人混みを縫って)あ、見えました、見えました。やっぱり芸人が一興をなしておったんですな〉
半七〈本当だ。辻放下の綾取りですか。わっ、危ない、危ない。いくら繋がれてるとはいえ竹をあんな高くまで放って〉
半蔵〈(観客と一緒に歓喜して)おぉ、巧く取りましたな。すごい、すごい〉
半七〈(突然にんまり笑いながら)半蔵さん、あれを御覧下さい。辻放下が脇に置きたる鉄〝板〟です〉
半蔵〈なんと、こんなところにも転がっておりましたか・・・。何の芸に用いるやら、たんと迷惑千万だ(ト意味も無く辻放下に怒る)〉
声 〈 √高砂や この浦舟に帆を上げて 月もろともに出で汐の 波の淡路の島影や~~ 〉
【この時、大道のどこからか、目出度き謡が聞こえて参りました】
半蔵〈おや、今聞こえて来るこの謡の文句は『高砂』の・・・(ト何やら思い付いた様子)〉
半七〈大方、大勢の見物人の中にご新造か何かがおって、何かの拍子でそれが分かった大道の芸達者な奴が愛想良く言祝いでいるんでしょう〉
半蔵〈ほう、これはこれは、折良く聞こえて参った。√高砂や この浦舟に帆を上げて~~。幸せな夫婦の舟が今、出〝帆〟すると言ったところですな。はっはっは〉
半七〈(得意げな顔で)きっとその舟は、大きな弁才船にも負けず、水押し波切る先の船路も、順風満〝帆〟でありましょう(ト直ぐさま切り返す)〉
半蔵〈(驚いて)同じ字を用いてやり返すとは何とまぁ・・・(ト悔しげだが余り顔には出さない)〉
半七〈はは、失礼、失礼。しかし何も、そうしてはならぬという決まりは定めておりませんでしたからな。以後、半蔵さんも宜しければどうぞ〉
半蔵〈言われなくともさせて頂きますよ。これでまた振り出しに戻ったという訳ですか・・・。参ったな(ト笑って言い返すが内心は苛立っている)〉
半七〈行く先は見えているとて、まだまだ時間はありますから、どうぞごゆっくりお考え下され〉
半蔵〈無論ですよ〉
【二人はどこかギクシャクしつつ、諸芸披露されて観衆も賑やかな内藤新宿直前の大道を後に致します】
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