第三幕

三、鉄砲洲稲荷神社、縁日の場


【気分を晴らそうと散歩に出た潮五郎は、快晴のもと稲荷神社参道を通って境内へ。縁日の路傍では、講釈師が平安時代の風物について講釈を垂れています。平安時代の男女のさまを中心に解説している模様。潮五郎が聞くに、道ならぬ恋や忍ぶ恋など、色恋沙汰満載の話。講釈師の弁舌に、潮五郎は和歌を通じたお舟と先生の間柄について、ますます不安になって参ります。もう頭のなかには源氏物語の町人版のラブシーンが浮かんでいる様子】


講釈師 〈さあさあ、お立ち会い。ご用とお急ぎでない方はゆっくりと聞いておいで。遠目山越し笠のうち、物のあいろと利方が分からぬ。山寺の鐘がごおんごおんと鳴るといえども、いちにんの童子きたって鐘に撞木を当てざれば、鐘が鳴るやら撞木が鳴るやら、とんと鐘の音色がわからぬが道理。さて、お立ち会い。手前、この春麗のいちじつに鉄砲洲は稲荷神社の有縁の日に当たり、大道で講釈をなす好機に恵まるる。南無三宝、天地神明に感謝し奉る。さあさあ、お立ち会い。手前、ここに持ち出だしたるは、古の傑作、紫式部女史なる『光源氏の物語』だ。写本も写本。正真正銘、京の都は四条大橋蛸薬師小路三条上ルに居を構える大学者、赤門賢左衛門の鑑定でこれまさに正統と銘打たれた、橘逸勢の手なる写本だ。今日はその、弘法大師ならびに、畏れ多くも嵯峨の帝とともに三筆と称賛された貴人の手なる『光源氏の物語』五十四帖から一帖、『帚木』の巻の抜き読みといざ参らむ。光源氏、頭中将、左馬頭、藤頭式丞らのかの有名な雨夜の品定めから、空蝉との一夜にいたって物語はこれ富士の頂かと見紛うような盛り上がりを見せること必定。お立ち会いの皆々様、長々と我が口上にお付き合いありがとうござい。さあさいよいよ始まる、光の君の物語。こい願わくは、巻の終わりまでのお付き合い〉

潮五郎 〈おいおい、大変だ。やまと歌たあ、こんなふうに男と女の逢引きにつながるのか。これはいけねえ。うちのやつぁ大丈夫か、おい?〉

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