力の目覚め
俺の言葉を理解することができなかった(下手をすれば誤解している)アザミは、不思議そうなのか、はたまた不満そうなのかわからない表情を浮かべるが、俺から視線を外そうとはしなかった。
今度は何の掛け声もなく、先程と同じようにアザミに向かって突っ込む。
いつの間にか、俺の中の欲望は消えていた。いや、消えていたというよりも、新しい欲望が全てを飲み込んだと言った方が正しいのかもしれない。
「また、先程と同じですか?」
俺は一気に身体を屈めて、片足を軽く畳みながら脚から滑り込む。
「そんな訳ねえだろ」
これまで何度もやってきたスライディング。
相手の身体に触れるだけなら、これ以上速度を出せる体勢はない。それに、彼女の言い分だと脚を使う気はないだろう。それはこちらへの思いやりなのかもしれないが、そこを気にしていては今の俺に勝ち目などない。
相手の弱点は卑怯だろうが利用させてもらう。戦いにおいて、それを卑怯と言っている余裕は決してないのだから。
「もらったああああああああ!!」
俺は彼女の横を颯爽と滑り込みながら腕を伸ばし、棒立ちになった彼女の脚に触れようとした。
だが、俺の手が彼女の脚に触れることはなかった。
一瞬で俺の視界から彼女の脚は消え、気が付いた時には、スライディングをしていた時よりもはるかに速い速度で景色が流れていた。
「へっ?」
この世界に来て何度目かの気の抜けた声が漏れる。
そして、自らの置かれた状況を理解する間もなく、俺の身体は激しい衝撃と共に、乾いた砂ぼこりの中に埋もれていた。
「がはっ……」
口の中に金属を舐めたような苦味が込み上げる。感じたことのない痛みを背中に感じながら、俺は息をすることもままならずに身悶える。
「あ……、脚は……、使わない……、じゃ……」
あまりの衝撃に、肺がつぶれるような圧迫感に襲われ、まともに声を出すことすらできない。
今着ているスーツが無かったら、肺がつぶれるどころか、肺が破裂してそのままお陀仏だったのではないかと思う。体がぶっ飛ぶなんて、現実ではありえないのだから。
正直何をされたのか視認する余裕はなかったが、状況からアザミに蹴られたことは間違いない。
「別に脚を使わない、と言った覚えはありません。こちらもかなり手加減、ならぬ脚加減はさせて頂きましたので、身体が分断される心配はありません」
先程の蹴りが本気だったとすれば、今頃俺の身体は真二つに切断されていたらしい。想像しただけでも血の気が引いていく。
俺は恨めしい視線をエヴァに送るが、彼女は特に何の反応も示さない。どうやら、これくらいのことは我慢しなければならないらしい。
許されるのなら、本当に今すぐ逃げ出したい。
「本当に……、やってらんねえ……、な……」
未だに呼吸が戻らない中、俺は地面に掌を付きながらゆっくりと立ち上がる。地面に唾を吐き捨てると、波紋のようにじんわりと赤が拡がっていく。
俺はその赤い唾液を見て、ふと思い出す。
「そういえば……」
俺は血を操る能力を使えるのではなかったか……。それこそが、俺がこの世界に呼ばれた理由ではなかったか。
エヴァは言ったはずだ。実際に自分でその使い方を身に着けなければ、自分のモノにはならないと。何もそれは、スーツに限った話ではないはずだ。
スーツはあくまでもこの世界のアンドロイドたちと渡り合うためのものに過ぎない。ならばアンドロイドたちがもちえないこの血液にこそ、勝機があるのではないか。
俺はゆっくりとその唾液に向けて掌を差し出し『動け、動け』と念じてみる。
皆が俺の様子を、黙ったままジッと見つめている。現実世界なら、完全に痛い奴に見られているだろう。けれど、今目の前にいるのは機械たちだ。機械に見られたところで、何も恥ずかしくはない。
俺は彼女たちの視線を受けたまま、ただジッとエヴァの言葉を信じて念じ続ける。すると、唾液ならぬ血液がゆっくりと球状に形を為し、俺の掌に向けて浮き上がってきたのだ。
「やっぱり、俺は能力に目覚めたんだな……」
俺は自らの掌をジッと見つめたまま、身体の奥底から震えが湧き上がってくるのを感じる。
はっきりとした実感はまだないが、異能のような力を手に入れたことに、ようやく異世界転生したことに対して嬉しさが込み上げてくる。
「主ではなく、暴血細菌の力じゃがな」
俺はそんな冷やかしの言葉には耳を傾けることもなく、ただジッと浮き上がる血液の球を見つめ、その血液の球に自らのイメージを送り込む。
すると、俺がイメージしたのとおおよそ同じように血液の球は俺の周りを旋回した。
どうやら、まだ細かい動きを操ることはできないようだが、ある程度自分の思う通りに動かすことはできるようだ。
「これがあれば、少しは戦える」
これこそ、この世界で俺だけがもちえる最強の武器。現実世界で描かれていたような俺TUEEEEE的な展開は期待できないかもしれない。
それでも、今ここに戦うための力が宿った。ならば、この世界を生き抜くためにも、戦うしかないではないか。
俺は覚悟を決めるように、自らの胸の前で血液を握りしめ、その拳をアザミの方向へと突き出す。
「まだ終わっちゃいねえ。俺はまだまだこれからだから、覚悟しやがれっ!!」
これくらいで弱気になるような生き方はしていない。俺は負けず嫌いで、往生際が悪いのだ。それくらいの性格をしていないと、エースなんて役割を続けることはできない。
「野球はな、九回の裏ツーアウトからだって逆転できるんだよ。こんな試合が始まったばっかのところで、そのど真ん中に立っていた俺が諦める訳がないだろ」
ゲームセットまで、試合の行方は誰にもわからない。
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