地獄への入口
漆黒のパワードスーツとか、俺の厨二心をくすぐらない訳がないし、だいたいエヴァが言ったように、この世界で生き残るなら絶対にこういうのが必要になるに決まっている。
現状の身体能力だけで、俺にいったい何ができるというのか……。恥ずかしながら、何もできないというのが現実だろう……。
俺が半分泣きそうな顔になりながらエヴァに懇願すると、エヴァは勝ち誇ったような顔を浮かべながら、俺に向けてパワードスーツを差し出してくれる。
「まあ、そこまでお願いされれば仕方がないかのう」
なんだか幼女にしてやられた気分で、多少腹立たしいところはあるが、ここは黙って従っておくに限る。
本当にこれを没収されてしまっては、俺の命に関わってくるかもしれないのだから。
俺は涙目でエヴァからパワードスーツを受けとると、マンガなんかでよく見たフォルムに、心の奥底から熱い何かが込み上げてくる。これを着て戦えるのなら、少しは異世界転生をされた甲斐があったかもしれない。
俺がパワードスーツに見とれていると、背後の少し遠いところから、どこかで聞いたような声が鼓膜を震わせる。
「エヴァ博士、お待たせしました」
俺が咄嗟に振り替えると、そこにいたのはアザミと見たことのないお姉さんだった。それにしても、アザミが何かを抱えているのだが、あれは一体何なのだろう。
アザミが抱えていたのは、アザミの半分くらいの身長しかなく、けれどそれはしっかりと人間の形を模っていた。現代のゴスロリと呼ばれるような服装に身を包んでおり、遠目で見たそれは愛玩人形にしか見えない。
「おう、わざわざ時間をとらせて済まんの」
エヴァは手を挙げながら、アザミたちのことを迎え入れると、今度は俺へと視線を移す。
「こやつに戦闘の基礎を叩き込んでほしいのじゃ。このままでは、せっかくの力が宝の持ち腐れじゃからな」
俺と話していたときとはどこかが異なる、言ってしまえば用件だけを端的に伝えるような会話が繰り広げられる。これが、アンドロイド同士の会話なのだろう。
そういえば、俺がどうしてこんな廃墟に来ているかと言えば、先程エヴァがアザミに頼んだように、俺の戦闘訓練を行うためだった。
そのときに特殊型のアンドロイドに頼んだという話が出たので、俺とエヴァはああいった会話をしていた訳だ。
「わかりました。程度はどのくらいに設定しますか?」
俺はまた、無意識のうちに拳を握りしめていた。
自分が考えすぎていることはわかっているが、それでも違和感を簡単に受け入れられるほど、人間は便利にできていない。
「数日で戦場に立てる程度にしてくれ。元々の基礎体力はそれなりにあるはずじゃから、死なない程度にやってくれて構わん」
アザミをジッと見つめながら二人の話を聞いていたせいで、思わず聞き逃しそうになったが、なんだかエヴァが物騒な言葉を口にしたような……。
「ちょっと待て……。何物騒なこと言ってんだお前。俺だって初心者なんだからそれくらい……」
「なら、本当に死ぬか?」
「うっ……」
俺の言葉を最後まで待たずして、エヴァは俺に問い掛ける。現実と言う名の刃を突きつける。そこには冗談もふざけた様子も微塵も感じられない。
俺は言葉を失い絶句したまま、苦虫を噛み締めたような表情を浮かべてエヴァの真っ直ぐな眼差しを見据える。
何も冗談で言っている訳ではない。ここはそういう場所なのだ。命など容易に失われる。そういう世界に他ならないのだ。
静寂の時間が流れていく。誰も言葉を発しようとはしない。いや、皆が俺の答えを待っている。それが、彼らが出した最善の策なのだ。
口で言うのは簡単だ。言葉にするだけなら、誰だってできる。
しかし今は、口にした全てが自らの責任として返ってくる。
ここで「頼む」といえば、俺が現実世界で行っていた野球の練習などとは比べ物にならない訓練をさせられるのだろう。
けれど、エヴァの言うことだって嘘ではない。それくらいのことができなければ、戦場では一瞬で死んでしまうのだろう。それくらいの想像力は俺にもある。
俺は歯を食い縛りながら俊巡する。その答えに全ての責任を掲げて……。
「わかった……。俺を数日の間に戦えるだけの身体に鍛え上げてくれ」
俺の答えは前に進むことだ。これは俺の身体だけに限ったことではない。先日決心したところなのだ。簡単に諦めず、足掻いてみようと……。
「……だそうじゃ、やってくれるな?」
エヴァはその姿に似合わない優しげな笑みを浮かべながら、アザミへと振り向き様に念を押す。アザミは答えなど決まっているというように、表情を一切変えることなく「はい」と返事をする。
相変わらず無表情なアザミに未だ拭いきれない違和感を覚えながらも、俺はアザミへの前へと立ちはだかり手を差し伸べる。
「よろしく」
向き合うと、立ち向かうと決めたのだ。
これくらいのことができなくてどうする。
相手は確かに機械かもしれない。それでも、彼らも必死に生きる『生物』に他ならない。
自らの意思を持ち、何かに抗うことができるものである彼らを『生物』と呼ばずしてなんと呼ぶ。彼らは、俺たちと変わらない生物なのだ。
アザミは一瞬の間を経た後に、俺の手を握り返した。どうやら、握手という行為は人工知能の中にプログラミングされていたらしい。
「よろしくお願いします」
そして、俺の地獄の特訓が始まった。
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