世界の摂理
「俺は、元の世界に戻れるのか?」
俺の真っ直ぐな眼差しを受けて、エヴァは苦虫を噛み締めたような表情を浮かべると、俺のその眼差しから逃げるように視線を逸らした。
「今のところ、その答えはノーじゃ。時空軸を戻してやるだけなら、エネルギーさえ貯めることができれば可能じゃ。じゃが、お前を元の世界に戻すということは、時空軸だけでなく時間軸も動かす必要がある」
「時空軸?」
そんな聞きなれない言葉に俺は疑問符を浮かべずにはいられなかった。時間軸というのは現実世界でも使われていた言葉だが、『時空軸』に関しては一度も耳にしたことがない。
「この世界にはx軸、y軸、z軸と呼ばれる三次元に加えて、時空軸、世界軸、時間軸という三次元があるのじゃ」
エヴァが右手の親指、人差し指、中指をピンと立てて、それぞれの方向に向けながら説明を続ける。
「前者を『縮三次元』、後者を『拡三次元』と呼んでおる。要は微視的な次元と、巨視的な次元という訳じゃ。時間軸という縦軸に交わる様に、時空軸と世界軸という軸が存在する」
エヴァは立てた三本の指を、左手の指でそれぞれ指しながら、これが時間軸、これが時空軸と言ったように方向の関係性を説明してくれる。
どうやら俺たちで言うz軸が時間軸で、時空軸と世界軸がx、y軸のようだということは理解した。しかし、視覚的に理解できるのはそこまで、それ以上のことが頭に入ってこない。
「時空軸とは言ってしまえば、同じ時間にいくつもの時空、つまりは世界が存在するということじゃ。主の世界とこの世界のように、他にも多くの世界が存在している。それは木の枝のように、時間軸という巨大な幹から幾重にも分岐しておる」
そこまで言われてようやく理解をする。俺が異世界転生(正確には転移)できたのは、その世界軸というのを移動したからなのだろう。
ただ、それならば世界軸がその軸にふさわしいのではと思っていると、エヴァから更なる説明が加えられる。
「そして、その時空にもまた幾重にも分岐する世界軸というものがある。主らの世界では確か『世界線』と呼ばれておったかの」
世界線と言われてようやく世界軸という名前に納得をする。確かに世界線はある程度聞きなれた言葉で、タイムリープものであれば切っては切り離せない事象の一つだ。
「世界軸というのは、この同じ場所でも異なる事象が起きていることを言う。例えば、主が生きている世界と死んでいる世界とかな。それが、幾重にも重なって、世界軸が構成されている」
そこまで説明されて初ようやく、最初の彼女が言うところの『縮三次元』との比較が理解できた。
「今の主は、無限の数ほどある中の、この時間軸、この時空軸、この世界軸というちっぽけな点の上に立っておるようなもんじゃということじゃ」
つまりはそういうこと。この世界の俺が死んだとしても、別の時空軸の、はたまた同じ時空軸の別の世界軸の俺は生きているかもしれないということだ。だから……。
「そうか……、俺は向こうでは死んでるから……」
エヴァは未だに俺とは視線を合わせようとしないまま、ゆっくりと頷いてみせる。
「そう、このまま死んだ世界に時空軸を合わせれば、主の肉体は恐らく死ぬじゃろう。原理はハッキリとはわからんが、世界の摂理が死んだ者が元の世界に戻ることを許さん。だから、もし主を戻すのじゃとすれば、時間ごと死ぬ前に送り届ける必要がある」
俺は本来ならば、この時点で死んでしまっている。異世界転生とはそういうものなのだ。死んだ人間が、他の世界へと生まれ変わる。生き返れると望むこと自体が間違っている。
だが、本来転生などというものは存在しない。死んだ人間は決して生き返らないから。だからこれはあくまでも転移なのだ。
「じゃが、時空軸を動かすことができるのなら、必ずや時間軸を動かす方法もあるはずじゃ。じゃから約束をしてはくれぬか?」
エヴァはスッと右腕を上げると、その掌をこちらに向けて差し出す。
「わしは必ずおぬしの帰る道を見つけてみせる。じゃから、お前は、この世界を救ってはくれぬか?」
この手を取れば、俺の退路は完全に絶たれる。そんな簡単に決められることではない。
だからこそ彼女も、俺の心が揺れ動いている今、俺の退路を断ちに来たのだ。ここで、彼女の約束に答えなければ、そんな奴は男ではない。
俺は一歩前に踏み出すと、自らの右腕をゆっくりと上げ、自らの掌をエヴァの掌に重ねる。
改めてみると、やはりその容姿は幼女のそれでしかない。
けれど表情は容姿とは噛み合わないほどに大人びている。正直、この容姿に貼り付けられるのは無邪気な笑顔くらいのものだろう。
俺はゆっくりとその掌に力を入れて、彼女の掌を握りしめる。
「これでわしらは、お互いのためにお互いの命を懸ける運命共同体、といったところか……」
エヴァは機械とは思えないような、慈悲深く優しげな笑みを吐息混じりに浮かべる。こんな世界で、こんな笑みを浮かべられれば、何故か全てから許されたような気持ちになりそうだった。
「俺の未来はお前に託した。だからお前の未来は俺が切り開いてやる」
俺もその笑みに答えるように、少しだけぎこちない強気な笑みを浮かべる。言葉だけの契約だったとしても、他人の命を預かるということの重みに、意外と負けそうになってしまっている。
俺のぎこちなさに気付いたのか、エヴァはようやくその容姿に似合った無邪気な笑みを浮かべる。
「ああ、よろしく頼む」
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