世界の真実

-Side of Akito-


 ヴィンセントの退出を合図にするように、ディスプレイ越しに映る、桃色を帯びたツインテールの幼女は瞼を閉じて、何かを思い出すように口を開く。


「この世界は現在、非常に不安定な状況にある。それは過去の人間たちが未来のことを考えずに、技術の発展のために資源を湯水のように使ってきたことが大きな要因じゃろう」


 まあ、どこの世界にもある話ではあるのだろう。


 自分達の世界だって、他人のことを責められるような状況ではない。


 人間は誰しも、自分が存在している時間を生きる生き物だ。未来のことよりも、自分が如何にして生きていくかを考えるのは当然なのだろう。


「ただ、その過去の人間たちはもうおらん。残されたのは、使い捨てられた資源の山だけじゃ」


 当たり前だ。人間はどれだけの技術を獲られたとしても、老いというものには勝ることは出来ないはずだ。過去の人間たちがいなくなるのは必然なのだ。


 やはりここは異世界などではなく、未来の地球なのだろうか。俺たちが資源を喰い尽くしたために、荒れ果ててしまった未来の地球。


 いや、荒れ果ててしまった、というのは語弊があるだろう。


 なぜなら壁の向こう側は資源に溢れており、それこそ俺たちが思い浮かべる未来の技術を体言したような世界だったから。


 だから恐らく、この世界は資源が枯渇したことで、貧富の差が酷くなってしまい、俺は貧しい人々を救い出すために異世界転生された、というのが物語的には喉をスッと通っていくだろう。


 けれど、その理由がわからない。どう考えても、俺を転生したところで只の足手まといにしかならない。


「言いたいことはわかる。要は過去の人間たちが、無尽蔵に資源を浪費したせいで、今を生きる人たちには、その残骸しか残らなかったってことだろ」


 俺は未だに無愛想な口調を引きずったまま、目の前の幼女に言葉を返す。だが、俺の答えはどうも的を射てはいないようで、幼女の反応は芳しいものではなかった。


「前半は大きな間違いはなかったが、後半は微塵も合ってはおらん。残されたのは、本当に資源の山だけなのじゃよ」


 彼女の言っていることがわからない。


 俺は彼女の言葉をどう理解すればいい。彼女が否定したものはなんだ。俺は何を勘違いしているというのだ。


「どういうことだ……」


 俺の想像力が足りていないのか、俺にははっきりと言ってもらわなければ理解することが出来そうもない。


 俺は幼女からの答えを、苦虫を噛み潰したような表情をしながら待ち続けた。


「そのままの意味じゃよ。この世界にはもう、人間などおらん。残っているのは資源の山、つまり機械だけなのじゃよ」


 彼女の言葉をすぐに理解することは出来なかった。


 彼女は今何と言った。人間などいない……。いや、事実俺はここに来て既に、様々な人間離れした人間たちと出会ってきた。人間がいないという彼女もまた、誰がどう見ても人間のはずだ。


 だが、今まで見てきた光景を思い出して、俺の血の気は一気に引いていった。きっと俺の顔は、本当に青ざめていたのだろう。


「まさか……」


 俺が答えを述べることを渋っていると、それを見かねた幼女が、自分の口からその答えを述べる。


「この世界に生きている、いや、存在している者たちは皆、人間ではなくアンドロイドなのじゃ。しかも、既に千年近くを生きてきたな」


 彼女が提示した答えに、俺は唖然として開いた口が閉じないままでいた。今まで出会ってきた人間は全て人間ではなく機械だったというのか。


 たしかに、あまりにも人間離れした身体能力を目の前にはしていたものの、彼らの姿形や行動は俺が今まで見てきた人間と遜色なく、彼らが機械などと疑う余地はどこにもなかった。


 いや、違和感は多分に抱いていたが、それを認めるのが怖かっただけなのかもしれない。


 思い返してみれば、彼らの言動の節々には感情や表情の色が見られず、その言葉にも人間味というものが欠けていたように思える。


「待てよ、それはおかしいだろ。これまでに出会った奴らが皆アンドロイドだっていうなら、それを製造つくった人間がいないとおかしいだろうが」


 そう、機械は製造るものがいて初めて動くことができる。アンドロイドが自分自身で型作り動き出すことなんて出来るはずがない。


「ああ、おったよ。アンドロイドを製造り出した科学者たちは。しかし……、もう誰もおらん。何百年も前に、人間たちは全滅したのじゃ。この世界に残ったのは、彼らが無尽蔵に製造り出した、大量のアンドロイドだけじゃ」


 先程も、彼女は既に千年近くを生きていると言っていた。機械だからこそ、それだけ長い生を許されている。それを『生』と言うのならば……。


 しかし俺は、そこでとても恐ろしいことを考えてしまう。


 人間たちが全滅し、アンドロイドだけが生き残っているとなれば、自ずとその結論が導き出されるはずだ。そしてそれは、俺たちがいた世界で長きに渡って議論されている問題でもあるのだから。


「まさか、お前たちアンドロイドが人間を滅ぼしたのか?」


 その答えを思いついた瞬間、再び俺の血の気が引いていく。目の前にいるのは、人間たちを虐殺した、殺人アンドロイドかもしれないのだから。


「まあ、人間たちの間で、その恐れは相当に議論されておったらしいな。たしかにわしらのほとんどが、軍事産業のために製造られた戦闘アンドロイドじゃ」


 彼女の目を見ることが出来ない。目を合わせれば、殺されてしまうような気がしたから。


 だから、そのアンドロイドとは思えないほどに滑らかに動く唇をジッと見つめる。


「じゃが、主の考えは全くもって的を射てはおらんよ。たしかに人工知能が人間を要らないものと認識し、滅ぼしてしまう可能性は無いとは言わん。それを恐れて、人間たちはあの手この手を尽くして、我々に倫理や道徳を植え付けていった」


 それは俺たちの世界でも盛んに行われていることだ。いずれ戦争が起こったとしても、その戦争は恐らく人の血が流れないものになるのではないかと、無知ながらに思い描いている。


「だと言うのに、人間たちは結局、自分達で殺し合いを始めたのだ。我々を未来のことも考えずに資源の限り製造り出し、倫理や道徳を、我々の殺しに対する意味を植え付けておきながら、自分達で殺し合い滅びたのじゃ」


 意味がわからなかった。


 それをしないための戦闘アンドロイドのはずなのに、何がどうなれば人の血が流れる結末になるのだ。ならば何のために、彼らはアンドロイドを製造り出したというのだ。


「まあ、簡単な話じゃよ。人が新たな力に目覚めた。ただ、それだけのことじゃ。その力は、我々アンドロイドなど、取るに足らない程の力だった。その力のせいで、人々は自らの力で争いを始め、わしらを残して滅んでいったのじゃ」


 人間たちがアンドロイドを製造り出し、そのアンドロイドたちを残して滅んでいった。そして、機械が支配する世界が完成した、という流れは理解できる。


 だが、それだけでは納得出来ないことが山ほどある。


「まあ、お前の言いたいことはわかる。力を手に入れた人間たちは、欲に溺れて自分達で争いを始めたって言うんだろ。それはなんとなく想像の範疇だ。でも、人が滅びるまで争うとは思えない。本当にそれが原因なのか」


 俺が彼女の言葉に違和感を覚えていると、多少驚いたような笑みを浮かべた後、察しが良くて助かる、というような安堵の笑みを浮かべながら、画面越しの幼女は答える。


「主の言うとおりじゃよ。流石にそれで全てが滅ぶほど人間も馬鹿ではない。それも滅んだ理由の一つじゃと言うだけじゃ」


 画面越しの幼女はそこで一旦間を置くように、組んでいた足を組み替えると、再び口を開く。


「では、もう少しだけ昔話をしよう」


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