女神再び

 ピリリ、ピリリ、ピリリ…………。


 何処からか鳴り響く呼び出し音で目が覚めた。この場所に連絡が入ることなど、余程の事態ではない限り有り得ない。


 ということは、その余程の事態が起きたということだ。


「さて、誰があやつを拾ったのかのう?」


 自分に連絡を入れる可能性がある者は複数人いる。自分が座標を定められなかったせいで、その内の誰から連絡が来るかは予想がつかない。


 もちろん、味方が確実に拾うという確証はないが、それでも彼女は私はどこかで、必ず敵側には回らないという自信があった。


 それは自分の中に残った人間の部分が奇跡という名の計算では計り知れない事象を信じているからなのだろう。


 事実、こうやって突然の連絡が入ったのだ。


 先程まで眠っていたとは思えないほど、頭はスッキリと冴え渡っている。この画面先に誰が写るのかも、おおよその予想はついている。


 私はその先に映る少年の顔を思い浮かべ、熱を失った胸に痛みを覚えながら、ゆっくりと応答のボタンを押した。


「ふっ……」


 その向こう側に映ったのは、やはり予想通りの少年だった。


 その姿を確認できた私は思わず笑みをこぼしていた。今日はひどく、自分が人間味掛かっていると思う。


 私は彼が無事だったことに安堵しつつ、平静を装いながら彼に向けて呼び掛ける。


「やあ、久しぶりじゃの。そろそろ掛かって来る頃だとは思っておったよ」


 彼は驚きのあまり目を大きく見開き、開いた口が塞がらないといった様子でこちらを眺めていた。


 そんな人間らしい姿が可笑しくて、笑みがこぼれそうになるが、唇を噛みしめてながら笑みを喉の奥底へと飲み込む。


「お前は……!?」


 そんな反応もわからなくはない。私はちょっとした悪ふざけで、自らのことを女神だとのたまっていたのだ。女神が普通にこの世界にいれば、驚くのは当然だろう。


「ひどく驚いておるようじゃの。なんじゃ、その鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔は?わしの顔がそんなに珍しいのか」


 恐らく彼の目には、桃色を帯びた髪を後ろで二本に結んだツインテールの、年寄り言葉を喋る幼女が映っているのだろう。何処かで見覚えがあるはずの。


「お前、なんでそんなところにいるんだよ。お前のせいで俺が一体どんな目にあったと思ってんだ。なのにお前は安全なところで、一人で傍観者気取りかよ、この似非女神が。大体な……」


 まあ、その怒りは当然のことだろう。


 その怒りをぶつけてきたということは、彼がどのような目にあったのかも、大方予想がつく。


 自分がやったことを鑑みれば、私は謝って許しを乞わねばならないのだろう。だが、彼を甘やかせている猶予など残されていない。


 私は彼の言葉を最後まで聞くことなく、彼の言葉を途中で遮るように口を挟む。


「まあ、落ち着くのじゃ。言いたいことは山程あるじゃろうが、まずはわしの話を聞け。質問は後でいくらでも答えてやる。それでよいじゃろ?」


 捲し立てるように放っていた言葉も勢いを失い、口をつぐんだまま訝しげな表情を浮かべてこちらを睨んでいる少年は、已む無しといった様子で小さく頷いた。


「ヴィンセント、そやつの護衛をよくぞやり遂げた。誉めてつかわす。じゃが、ここから先は二人で話がしたい。席を外してはくれんかの?」


 黙ってこちらを眺めていた巨体の男に、この空間から出ていってもらうように促す。


 彼が断らないなどということは分かりきっていたが、それでも少年がいた為だろうか、無意識の内に疑問口調になってしまった。


 ヴィンセントは静かに頭を下げると、そのまま自動扉の向こう側へと姿を消す。私も彼も、他の誰かがいない方が話し易いことを沢山抱えている。


 私はひとまず頭の中を整理して、これからどのようにして話を続けていくかについて考える。話の内容を考えるなど、かれこれ何百年もしていないような気がする。


「ではまず、この世界について話をしておこうか……」

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