権力を持つ者

 俺は夢を抱いていただけなのだ。


 実際に異世界転生なんてされてしまえば、これまでも多くの凡人たちに埋もれていた自分が、急に非凡な力を持てるわけがない。こうやって、暴れ喚いているのが関の山だろう。


 何か特殊な力を得て、この世界の者たちにはできないことをやってのけ、勇者だと崇められる。そんなものはただの幻想だ。


 力を与えられたって、それを理解し使いこなさなければ何の意味もない。それができる保証などどこにもない。これが現実なのだ……。


 俺がその場で膝を付いて立ち止まっていると、ヴィンセントはなにも言わずに感情のない瞳でこちらを眺めたままでいた。


「もう、ほっといてくれ……」


 恐らく、俺がどれだけの感情をもってしても、今のヴィンセントには届かないのだろう。彼の言葉を借りるならば、それこそ戦場でない限りは……。


 ああ、そうだ……。今ここで立ち止まっても誰も助けてはくれない。そんなことは理解している。だったら……。


 俺は彼に怒りをぶつけるのを諦めて、赤く充血した瞳を拭いながら立ち上がった。


 俺のその姿を見たヴィンセントは、何も言うことなく踵を返すと、再び廊下の奥へと歩み始める。


 こうなれば、この世界について全てを知ってやる。


 この廊下の奥には、ヴィンセントがと呼ぶ何者かが存在しているはずだ。


 どうせなら、そいつにこの世界のことを洗いざらい全部吐いてもらえば、俺も諦めがついて無駄な夢を見ずに済むはずだ。そうすれば……。


 俺はヴィンセントの後を追い、長い廊下をひたすら無言で歩いた。怒りを抑えるように、奥歯を噛み締めながら。


 そして到着したのは、先程とは比べ物にならない程に重厚な自動扉だった。これまで片側一枚の扉だったのに対し、この扉は両側二枚構造になっている。


 この先にいる者が、どれだけ大きな存在なのか、ヴィンセントに口にされるまでもなく理解できてしまう。それくらい、この場所の雰囲気はこれまでとは異なるものだった。


 先程と同じようなテンキーのボタンを、先程とは比べ物にならないほどの回数押すと、さらにその下にあった薄い板が光を帯び始め、ヴィンセントがそれに掌を合わせる。


 その上『こちらに瞳を向けて下さい』というアナウンスに従うように、ヴィンセントは小さな機械仕掛けの箱へと視線を合わせると、そこから照射されたレーザーのような光が、ヴィンセントの瞳を上から下へと舐め回すように流れていった。


 そこまでやってようやく、『LOCK』という文字と共に赤く点灯していたディスプレイが、青く点灯しながら『UNLOCK』という文字に書き代わった。


 そして、ヴィンセントが扉の前に立つと、開くのが億劫に思えるほどゆっくりと扉が開いていく。開いて初めてわかる扉の厚さに、俺は怒りも忘れて驚いてしまったくらいだ。


「入るぞ」


 平坦に告げられたその言葉に、最早怒りを感じることもない。彼よりも上の存在がいるというのなら、ヴィンセントに怒りをぶつける必要などないのだ。


 俺は喉を鳴らして息を飲んだ。


 どれだけ意気込んでいても、権力のある者と対峙するというのは、それなりの覚悟が必要なものだ。


「よしっ」


 俺は覚悟を決めて扉の向こう側へと足を踏み入れる。どんな奴が待っていたとしても、俺が抱く全ての疑問をぶつけてやろうと……。


 例え、その場で殺されることになろうとも……。


 だがそんな覚悟を嘲笑うかのように、踏み入れ部屋には人影など微塵も見当たらなかった。


 その場所にはヴィンセント以外の気配を感じることは出来なかった。その代わりと言ってはなんだが、巨大なディスプレイが囲うように俺たちを迎えていた。


 ヴィンセントがその中の正面のディスプレイに向き合い、ディスプレイの下に並べられたキーボードを操作すると、真っ黒だったディスプレイが煌々と光を放ち始め、文字列が浮かび上がる。


 ヴィンセントがさらにキーボードの操作を続けると、呼び出し音が鳴り響き始める。


 どうやら、ヴィンセントの言うあの方は、ここではなく何処か遠くにいるらしい。直接会えないことは多少頭にくるが、今それに腹を立てたところで何の意味もない。


 そして数回の呼び出し音の後に、ディスプレイにとある人物が映し出される。


 映し出されたその姿に、俺は呆気に取られてすぐに言葉を発することが出来なかった。だってそこにいたのは……。


「やあ、久しぶりじゃの。そろそろ掛かって来る頃だとは思っておったわい」


 ディスプレイの先でソファに深々と偉そうに座り込む人物は、含みのある笑みを浮かべながらこちらを覗いていた。その、年寄り染みた口調と共に。


「お前は……!?」


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