犯罪者たちの根城

 俺は既に降りていた彼らの後についていく。ファブロだけがその場に残って、レガリオンの整備をするようで、既に作業に取り掛かっていた。


 どれだけ荒廃した土地であっても、入り口は自動扉で作られていた。


 そして、迎え入れられるようにその自動扉を抜けると、そこには多くの人達がそれぞれの時間を過ごしていた。


 まるで被災後の体育館のように雑魚寝ではあるものの、誰もそれに不満など抱いていないような雰囲気がその空間を満たしている。


 ただ少しだけ違和感があるとすれば、ほとんどの者が独りで過ぎ行く時間を過ごしており、誰かと言葉を交わしている者は両手で数えられる程しかいなかった。


「同じ仲間なのに、皆あんまり仲良くないんだな」


 俺は先程の意地を引きずったまま、辺りの様子を眺めながら、ぶっきらぼうな口調でヴィンセントへと投げ掛ける。


「仲良くするという概念がそもそも我々には無い」


 その言葉の意味を理解することができない俺は、訝しげな表情をしたままヴィンセントへと視線を移す。


「どういう意味だよ……?」


 仲良くする概念がないって、いくら技術が進んだからって、他人との関わりが無ければ人は生きていくことができないと思うのだが、技術が進めばそれすらも必要なくなるのだろうか。それは何だか、とても寂しい気がする。


 だが、ヴィンセントはその質問には何も答えようとはせず、口をつぐんだまま先へと進んでいってしまう。


「おい、ちょっと待てよ……」


 どうにもヴィンセントとの距離の縮め方がわからない。


 別に気にしていないような態度を取ったと思えば、急に脈略もなく無視をする。一体何を考えているのだろうか。


 まあ、そもそも自分自身が距離を縮める気があまりないのだが……。


 ヴィンセントは部屋の奥にあった自動扉へと向かい、その隣に備え付けられたテンキーのような機械のボタンをいくつか押していくと、赤く点灯していたものが青く点灯する。


「ほら、お前も付いてこい」


 やはり怒っているようには見えない。こちらに話し掛けてくる時は、とても平然とした表情で気さくに話し掛けてくれる。


 そんな態度をされると、こちらはどんどん意地を張っているのが馬鹿らしくなる。


 今は逆らったところで、ここに付いて来てしまった以上、逃げることはできないだろうことは容易に想像が出来る。だから、ヴィンセントの言葉に従って後を追うことにする。


 どうやら一緒にこの場所に来た二人とはここで別れるらしい。


 離れてしまう前に、助けてもらったお礼だけは言っておきたかった。


「あの……、アザミさん、助けてもらってありがとうございました。あの人はああやって言ってましたけど、俺はものすごく感謝しています」


 そうやって言葉にすると、再び少しだけ怒りが奥底から湧いてくる。


 彼女は見ず知らずの俺を、身体を張って助けてくれたのだ。彼女に怒られる言われなどありはしない。


「私は作戦を失敗してしまいました。あなたにお礼を言ってもらう理由はありません。それに、隊長の言っていることは正しいと思いますが」


 同調してくれるのを期待して言った言葉だったが、彼女は俺の意見には一切賛成するつもりはないらしく、そっけない言葉で振り払われてしまった。


「ほら、行くぞ」


 背後からヴィンセントが呼んでいる。けれど、俺にとってはヴィンセントよりも彼女へのお礼の方が大事だった。だから聞こえない振りをして彼女へと告げようとする。


「それでも……」


 けれど、彼女は俺の言葉を最後まで聞くことなく、まるで俺自身を拒絶するように俺の言葉を遮った。


「隊長が呼んでいます」


 たった一言そう言って、俺に背を向けた。


 彼女の感情のない表情が全てを物語っているようで、俺はそれ以上何も言うことができなかった。振り返った彼女の背中を眺めることしかできなかった。


 俺が呆然と彼女を眺めていると、ヴィンセントが首許を引っ張って無理矢理連れていこうとしたので、俺はその手を振り払って吐き捨てるように言った。


「自分で歩ける」


 ヴィンセントはそんな俺を一瞥すると、そのまま自動扉の奥へと入っていった。


 自動扉の奥には、緑色の蛍光灯が今にも命の灯火が消えてしまうかのようにチカチカと光を放つ、鬱蒼とした雰囲気の廊下が伸びていた。


 頭上にはパイプが何本も敷き詰めるように張り巡らされており、ドラマなどで目にする謎の組織の研究所みたいな雰囲気を醸し出していた。


 俺は何も気にすることが無いように平然と前を歩くヴィンセントに、もう何に対するものなのかもわからなくなった怒りを吐き捨てるようにぶつける。


「何でお前の言うことを無視したのに怒らねえんだよ?」


 何かに当たらなければ感情の調節が出来そうもなかった。理不尽な怒りだと自分でも思う。いっそのこと、誰かに怒って欲しかったのかもしれない。


「今の環境下で感情を表に出すことは出来ない。戦闘状況でない限り、我々は余分なエネルギーを使う訳にはいかないからな」


 しかし、ヴィンセントは怒る素振りなど微塵も見せずに、俺の前をゆっくりと歩きながら、視線を合わせることなく応える。


 しかし、その言葉はむしろ俺の怒りを助長するものだった。


「さっきから言ってる意味がわからねえんだよ。何で場所と感情が関係あるんだよ。それとも、俺を怒るのなんて無駄なエネルギーだって言いたいのか?だったら素直にそう言えよ。俺なんて怒る価値もないクソ野郎だって」


 感情がグチャグチャと俺の身体の中を濁流のように渦巻いていくのがわかる。


 このときの俺は心細かったのだと思う。いきなり訳のわからない場所に連れてこられて、その上いきなり死にそうな目にあって……。


 なのに、誰も俺に優しくしてくれる者はいない。誰しもがまるで業務連絡のように感情のない言葉を投げ掛けてくる。


 転生された場所にいきなり馴染むことなんて、そう簡単に出来るものではないのだ。


 その積もり積もった負の感情の塊が、一対一という他の誰も聞いていない環境に置かれて爆発したのだろう。落ち着いて考えれば、こんなのただの甘えだ。


 けれどそんな訳のわからない怒りに対しても、ヴィンセントは毅然とした態度で、落ち着き払った口調で応える。


「お前が我々の言っていることがわからないのは仕方がないことだ。我々とお前では根本が異なる。心配せずとも、これからその全てを打ち明ける。俺ではなく、からな……」


 自分の感情を抑えることも出来ずに、訳のわからなくなった俺は、気が付けば瞳から涙が溢れていた。


 もう、自らの抱いているものが怒りなのかもわからなくなっていた。


「何なんだよ……。異世界転生って、もっと楽しいものなんじゃないのかよ……」


 そんな心の叫びが、狭い通路にこだましていた。


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