作戦失敗

「アザミ、全員に告げろ。本作戦は失敗。よって各員早急に十三区を脱出し、八区へと離脱しろ。俺とアザミとクロスだけはここに残り、あの少年の救出作戦を実行する」


 俺の中でこれは天命だと感じた。


 彼を救うことこそ、俺たちが今日この場所にいた意味だと、そう感じた。


 もちろん仲間たちの反応は芳しいものではない。


 たった一人の少年のために、この組織の中核である三人が残り、他の全員が退却するというのだ。こんな作戦、これまでに聞いたことがない。


 だが、その理由を説明している時間はない。


 俺の見たものが正しければ、あの少年はたった一発の銃弾で排除が完了してしまう。俺たちと比べれば、まるで砂糖菓子の様に脆い存在なのだ。


「助けないのではなかったのですか?」


 まあ、一番疑問に思うのは彼女だろう。


 先程まで、助ける価値がないだのと色々と理由を並べ立てていたにも関わらず、突然助けると言い出したのだ。疑問に思わない訳がない。


 だが、それとこれとは別だと言うように、彼女は誰よりも早くに動き出す準備を終えていた。彼女の腕の中にいたノエルは既に他の者の腕の中に抱えられていたのだ。


「理由は後でいいだろ。あいつには危険を冒すだけの価値がある、作戦遂行にそれ以上の理由が必要か?」


 彼女は既に壁の吹き抜けに脚を掛けて、飛び降りる準備は万端だと言わんばかりの様子だった。


「いえ、別にいりません」


 彼女には理由などというものは必要としない。命令とあらば、その命令を完遂することだけに集中する。それが彼女だ。


 そしてもう一人、後ろで一本に結んだ金髪をなびかせ、まるで騎士のような佇まいと、凛々しい表情をした男が、俺の隣に肩を並べる。


 その腰には身長とほぼ変わらない長さの刀が鞘に収まっており、彼もまた理由などを尋ねる前に戦う準備を終わらせていた。


「せっかくなので、後で私にも理由を聞かせて頂きたい。お互い生きていられればですが……」


 そう言いながらクロスも吹き抜けに足を掛けて赤く染まった街へと視線を向ける。


 金髪が風に靡き、凛々しい顔がより鮮明に映り込む。生きて戻れないなどと、欠片も思っていない顔である。


「俺たち三人で、たかが警備兵共に遅れを取るはずがないだろ」


 最後に俺が腕にガトリングを装備して、青い空と赤い街並みが生み出すコントラストを眺めながら吹き抜けへと脚を掛ける。


「既に街は真っ赤に染まっている。だから、遠慮する必要はない。見つかろうが何しようが構わない。何がなんでもあの少年を救出する。いいなっ!!」


 俺の声音も一変する。


 声を変化させたところで、何かが変わる訳ではないとわかっていても、俺を取り巻くどこかの部分が、無意識の内に俺にそうさせているのだ。


「「了解!!」」


 二人の声音も、どこか重くのし掛かるような、決意の滲み出る声音へと変わっているような気がする。


 彼らもまた、俺と同じように感じているのだろうか。


「いくぞっ!!」


 俺たちは百メートル以上の高さのあるビルの上から、一人の少年を救い出すために、何の迷いもなく赤く染まった街並みへと飛び降りた。


 視界が蒼から赤のグラデーションに飲み込まれていく。まるでここが地獄であるかのごとく赤に染まった街並みの中に、俺たちは自ら身を投じる。


 彼を救わなければならないという指令は、本当に自分のものなのだろうか。


 自分の頭部に埋め込まれた半導体の数々に、それだけの判断ができる能力があるのだろうか。


 そんなことを考えるのも束の間、このまま地面に叩きつけられれば、いくら頑丈な身体といえど脚部の破損は免れないだろう。


 俺は背部へと自らの頭部から電気信号を与える。


 背部に装着されたバックパックのブースターから、凄まじい勢いの爆風が放たれ、俺の身体は重力に逆らい自由落下の勢いから逃れる。


 隣のクロスも俺と同じように、背部のブースターで勢いを殺して着地したが、俺よりも余程軽やかに着地を決めていた。


「隊長のその巨体を支えるブースターって、一体どれくらいの燃料を消費するんでしょうか?」


 クロスと俺の質量があまりにも違いすぎるのは仕方がないことだが、最早俺たちに痩せるという行為ができないため、どれだけ自分がクロスの細さに憧れようが、それは叶わぬ夢なのだ。


「黙って作戦に集中しろ。無駄口叩いてないでさっさと行くぞ。既に遅れを取っていることを忘れるな!!」


 そう、三人でビルの上から飛び降りたはずなのに、隣に着地したのは一人だけ。


 もう一人はというと、空を蹴る勢いでバックパックなどを使う必要もなく、少年の元へと跳んで行った。


「なかなか羨ましいものですね、脚部の特殊型というのは。あの動きのクールさは僕も見習わなければと、常々思っているのですが」


「言ってる場合か!!早く後を追うぞ。戦闘に関しては『』と対して変わらねえんだから」


 そんなことを言い合っている間に、アザミは一キロメートルあった少年との距離を、既に五百メートル近くまで縮めていた。


 一体秒速何メートルで走っているのだろうか。自分には到底出来る業ではない。


「では、お先に失礼しますね」


 そういってクロスもまた、俺よりも先に少年の元へと向かう。この身体の悲しい性だが、今はまだ余分な燃料を使う訳にはいかない。


「てめえら、後で覚えていろよ」


 俺は負け犬の遠吠えとしか思えないような台詞を吐きながら彼らの後を追い、少年の元へと急ぐ。


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