排除執行

 吐き出された銃弾は、俺の足元で火花を散らしながら弾け飛ぶ。


「ひっ……」


 初めて向けられた銃弾に俺は思わず悲鳴を上げる。これが当たっていれば、痛いなんてものじゃ済まないのだ。


 ただ、銃弾に関してはあまり技術が進んでいないのか、俺が知っているものと同じだ。それとも、まだ他にも武器を隠し持っているのだろうか。


 少なくとも奴等は本当に撃ってくる。


 ここは日本ではないのだ。話し合いなどという悠長な考えをしていれば、そこに残るのは蜂の巣にされた亡骸だけだ。


 俺は全力で駆け抜ける。


 これまでだって死ぬほど走ってきたのだ。自らの脚力には多少自信がある。縮んだふくらはぎの筋肉が一気に爆発し、俺は凄まじい速さで加速していく。


 逃げ遅れた人の隙間を縫いながら、俺はなんとか摩天楼の回廊へと逃げ込む。上空からの攻撃をなるべく避けるために、屋根を探しながら、ひたすら走り抜ける。


 言いたいことはたくさんあるし、正直叫びたくて仕方がない。けれど、今はただ走ることに集中する。少しでも、生き延びる可能性は手繰り寄せるために。


「逃がすな!!追え!!排除して構わん!!」


 追い付かれるのは時間の問題だ。相手は見るからに体力など必要としていない。生身の俺が持久力で勝てる訳がない。


「くそっ!!異世界なんだから脚力を強化するとか、どっか遠くに飛ぶとか、そういう魔法がないのかよ」


 どれだけ我慢していても、思わず悪態が口をついてでてしまう。


 どう考えたって魔法が使えるような世界ではないとわかっていても、せっかくの異世界転生なのだから魔法が使えてもおかしくないだろうと、現実逃避の一つもしたくなる。


 そんなとき俺の頬を一発の銃弾が掠める。


「ぐあぁぁぁぁっ!!」

 

 頬に焼けるような熱を感じたと思うと、そこからは既に赤い鮮血が飛び散っていた。床には斑点模様のように血しぶきが痕を残していた。

 

 その赤黒い液体を眼にしただけで一気に恐怖心が込み上げる。あと数センチずれていれば、俺は地面に伏していただろう。


 額からは汗が吹き出し、垂れた塩水が頬を突き刺す。焼けるような痛みは、意識を奪うように神経へと腕を伸ばす。


「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ……」


 それでも俺の脚は止まらない。止めらない。止めたくない。


 一度は失った命だとしても、そう簡単にこの命を諦めるわけにはいかない。


 それに、異世界転生をした転生者なのだから、こんなところで終わるはずはないのだと、こんな状況になってもなお、俺は異世界転生という言葉に希望を見出していた。


 けれど、焦りと疲労感で足元が覚束なくなり始める。


 全力で逃げることの出来る距離などたかが知れている。涙が視界を奪い、世界が揺らぐ。呼吸は激しく乱れ、頬の痛みは針を押し込むようにズキズキと神経を逆撫でる。


 それでも全力で脚を回し続けていた俺だったが、遂にその場で転倒した。


「ぐっ……、げほっ……」


 足元を踏み外し、肺からヘッドスライディングでもするかのように地面へと倒れこんだ。もう、脚はちゃんと身体についているのかもわからないくらい感覚がマヒしていた。


 すぐに耳に風を切る音が俺の鼓膜に襲い掛かってくる。それが俺には地獄からの呼び声に聞こえて仕方がなかった。


 もう周りには誰もいない。俺は空を飛び交う彼らに追い詰められてしまったのだ。逃げ場など何処にもない。あるのは二度目の死を招く銃口だけだ。


「何なんだよ……。俺の二度目の人生、短すぎるだろ……」


 もう立ち上がる気力も湧きはしない。銃口は獲物が動く気配がないことを悟ったのか、ゆっくりと額に向けてその牙を剥く。


 あの似非女神、もしもう一度会うことが出来るのならば散々に文句を言ってやる。こんな仕打ちを受けたのだ。文句をいうだけでは割に合わない気もするが……。


「排除執行!!」


 その言葉と共に俺は瞼を閉じて死を覚悟した。走馬灯を見ようにも、この世界での時間があまりにも短く、何も脳裏を過ることがないまま、俺はただ襲い掛かる死を待ち続けた。


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