第9話(3/4)
思わず足が止まる。
姫宮を見やると、困ったように笑っていた。「(これは、なんというか……予想外ですね)」と小さく呟く。
一方で吉澤達は俺達どころか、周囲に誰もいないと思っているらしく、無防備に今付き合っているという女達の話を楽しそうに続けていた。
その声を聞きながら、力なく笑い続ける姫宮を見ていると、沸々と怒りが込み上げてきた。
こんなののために姫宮は何日も悩んでいたのか……? 馬鹿馬鹿しい。
ゴミ箱を握る手に力が入っているのを感じ、ふと考える。
どうして俺がこんなに感情を揺さぶられているのか。
姫宮だって複数の男子に粉を掛けていたわけだ。誠実に恋愛をしていたとは思えない。言うなれば因果応報だ。
そう思っても、無性に腹が立って仕方なかった。
「(行きましょう、センパイ)」
穏やかな声でそう促され、我に返る。
ここで俺が激昂したところで一体どうなる。話を拗らせるだけじゃないか。幸い俺達には気付かれていない。姫宮は何も聞かなかったことにして、ただ吉澤からの告白を断る。それが一番良い。わざわざ藪をつつく必要はない。
それに俺は姫宮にとって部活の先輩でしかない。ここで吉澤に詰め寄ることは、後輩部の先輩として必要な行為か? その答えは当然ノーだ。
つまり、やることは決まってる。
「(……姫宮。お前先行ってろ)」
「(え、ちょ、センパイ?)」
強引にゴミ箱を重ねて渡し、俺は踵を返す。
「――おい」
俺が対峙した途端、談笑が止んだ。
「姫宮に謝れ」
俺はポケットに手を入れ、余裕さを装いつつそう告げた。
「……は?」
呆気に取られた顔をする三人。
「姫宮への告白を取り消して、そんであいつに謝れ」
毅然とした態度で、俺は再度そう告げる。
「……あー、もしかして聞いちゃってた感じ?」
俺は黙って頷いた。
「ふーん……」
吉澤はめんどくさいことになったなぁという表情で首の後ろを掻く。他の二人はにやにや笑っていた。
「ってか君、ヒナちゃんのなんなの?」
片割れのうちガタイの良い方が半笑いでそう言った。
「……さぁ。なんなんだろうな」
「は? 舐めてんの?」
違う。本当に分からないんだ。
同じ部活の先輩後輩。それは確かにそうだし、あいつが俺のことをどう思っているかは分からない。ただ俺は、あいつのことを“ただの後輩”なんて評することは出来なかった。
そう呼ぶには、あまりにも色んなことを積み重ね過ぎたから。
例えば今だって、間違いなくただの先輩としての範疇を超えた行動だ。
…………ああ、そういうことか。
だから俺は、神楽坂先輩にとって、“ただの後輩”でしかなかったのか。
突然、ここ半年、ずっと抱えていた悩みが氷解する。
確かに俺は、生徒会の先輩後輩の関係として、彼女と多くの時間を共にした。後輩としてするべきことは完璧に全うした。間違いなく優秀な後輩だった。
ただ、俺は踏み込まなかった。……いや、踏み込めなかった。
俺は何一つ、“生徒会の後輩”という立場を超えた行為をしていなかったんだ。
思えば幾度となく交わした先輩との話は、いつも生徒会か学校のことだった。LINEのやり取りも頻繁に行ったが事務的なことがほとんど。備品の買い出し以外で休日に会ったこともない。
ただ一緒にいただけ。
積み重なったのは仕事仲間としての俺の価値なのに、俺はそれを俺そのものの価値と判断し、算段していた。
関係性に甘んじてたら駄目なんだ。
リスクはあるかもしれない。関係が壊れるかもしれない。
けど、繋ぐものが立場だけなら、いつかきっと離れていく。
立場を超えた何かを積み重ねることで、初めて大切な何かになれる。
それに気付いた時、かさぶたのように居残っていた恋がようやく剥がれた気がした。
同時にその下で根付いていた想いが顔を覗かせる。
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