第8話(2/6)
☆
そして当日。集合時間の五分前、祭り会場最寄りの駅の改札口に俺はいた。ここに来るまで三十分強。しかもこれからさらにバスで移動するらしい。
なんでこんな辺鄙なところで……。そう思ったが、学校から近いと姫宮の知人――それこそ諸先輩方も来ている可能性が高く、その時俺という異性と一緒にいるところを見られてしまっては姫宮にとって損害になり得るからだろうと納得した。
そんなことを考えていると、
「あ、先輩。お待たせしました」
後ろから声が掛かって振り返ると、浴衣に身を包んだ藤和がいた。
地は紺色。そこに桃色の紫陽花があしらわれ、帯も同じ色をしている。大人しくありつつ可愛さも主張している、藤和らしい浴衣だ。普段は降ろしている髪も今日ばかりは丁寧に結われ、花の髪飾りが施されている。そして珍しいことに化粧もしているようだった。
「あれ。もしかして先に来てた?」
到着してからずっと改札口を向いて待っていたが、藤和の姿は見ていない。俺より先に来たがトイレにでも行っていたのだろうか。
「いえ、今来たところです。電車は混んで大変だろう、って父が送ってくれたので。まぁ車も結構混んでましたけど」
「なるほど」
「ヒナちゃんは、まだみたいですね」
ああ、そう答えた時、ポケットに入れていたスマホが震えた。
「……ちょっと遅れるらしい」
『ごメェ~んなさい』という謝る気があるのか分からない羊のスタンプとともに遅刻する旨が書かれていたメッセージを読む。
「みたいですね」
藤和も自身のスマホを見てそう呟いた。
そもそも予定の集合時間まであと数分ある。そこからちょっと、ということは十分程度は待つことになりそうだ。丁度良く少し離れたところにベンチを見つけたので、二人並んで座る。
思えば姫宮と二人になることはよくあれど、藤和と二人になるというのは初めてだった。一体何を話していいのやら、そう考えあぐねていると、藤和の方から切り出してくれた。
「……あの、この浴衣どうでしょうか」
「え?」
藤和は身体を捻ってこちらを向くと、恥ずかしそうに袖を広げてポーズを取る。その行動に俺は面食らっていた。こう言うのもなんだけど藤和はそういった見て呉れに対する評価を気にするような、ましてや直接的に感想を求めるような人間じゃないと思っていたからだ。藤和といえど、さすがに浴衣ともなれば気になるのだろうか。
「あぁ……うん、すごく良いと思うぞ……?」
その浴衣は優美で何より藤和に似合っていたが、藤和がそんな質問をすることに驚いたせいで返答が曖昧になった。
「え、あ、ありがとうございます。けどそうじゃなくて……」
「え?」
そうじゃないとは一体どういうことか。質問の意図が分からなくなり混乱する。
「……気合い入り過ぎてないでしょうか?」
膝元に目線を落として、呟くようにそう言った。
「実は私、家族以外とお祭りに行くの初めてなんです。だから母も張り切って新しく浴衣買ってくれて、着付けも化粧もしてくれて……。けど先輩普通に洋服ですし、先ほどからちらちら私を見る人がいますし、もしかしてやり過ぎなんじゃないかって……」
あぁ、そういうことか。
確かに俺は浴衣や甚平ではなくTシャツに七分丈のパンツという普通の装いだ。けど男は結構そういうもんだ。和装するのは間違いなく少数だろう。
そしてさっきから道行く人が藤和を見ているのも確かだが、それは恐らく……。
「心配しなくても大丈夫だよ。全然浮いてない」
浮いてるとしたら、それは間違いなくまた別の、もっとポジティブな理由だ。
「それに少なくとも姫宮はこういう時確実に浴衣で、しかもバッチリ決めてくるタイプだろうしな」
「よかった……」
藤和はそう微笑んだ。膝の上で握っていた拳も弛緩する。
「普通に似合ってるし、安心していいぞ」
「――センパイが結衣ちゃんを口説いている」
「うわっ!!」
急に耳元で声がして、俺は驚いて立ち上がった。
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