第8話(3/6)
「びっくりしたー……。ってか口説いてない!」
「ずるいですヒナにも下さい。……ほら、どうですか?」
そう言って姫宮はくるりとその場で一回転し袖が翻る。
白地に色とりどりの細い縦縞が入り、そこを大きな橙色の金魚達が泳いでいる。姫宮らしく可愛らしい浴衣だが、深い紅色をした帯が一つ雰囲気を引き締めていた。髪も藤和同様丁寧に結われ、小さな橙色の花の髪飾りがあしらわれていた。
「…………まぁ、いいんじゃないか。似合ってる、と思うぞ……」
なぜだか藤和の時と違って気恥ずしくて歯切れが悪くなる。
「おざなりですねー。……まぁいいですけどー」
姫宮は頬を膨らましてそう言うと、藤和とお互いの装いを褒め合い始めた。
「ってかお前、遅れるんじゃなかったのか」
「遅れたじゃないですか。二分」
「まぁそうだけど……」
それくらい許容範囲だろう。
「ちょっと色々準備してまして」
「色々?」
姫宮の袖を摘まんでその柄を眺めていた藤和が訊ねる。
「やっぱり優れた後輩は気が利くものですからね。……例えばこれとかこれとか」
そう言って姫宮が巾着から取り出したのは、ウェットティッシュとビニール袋だった。
「ほら、何かと要り様じゃないですか。手とか汚れたりゴミ出たりして」
「おお……」
姫宮が普通に良い後輩をしていた。
「あとですね、すごい自信作があるんです」
「自信作?」
「結衣ちゃん、夏祭りデートで定番のハプニングって何があると思いますか?」
「え? あ、えっと……人混みではぐれるとか突然の雨とか?」
「あ、いいですね! 雨で花火は見れなかったけど二人で雨宿りして密な時間を過ごすみたいな。けど違います」
姫宮は手でバッテンを作ると、次に俺を指名した。
「ヒントは縁起が悪いことです」
「縁起? うーん……あ、鼻緒が切れるとか?」
「正解! さすがセンパイです! 憧れますよねあのシーン」
確かに祭りの最中に鼻緒が切れ、それを男の方が直すという展開には見覚えがある。
「で、一体何が自信作なんだ?」
俺がそう訊ねると姫宮は、よくぞ聞いてくださったばかりに、ふふんと鼻を鳴らした。
「実はこの鼻緒、切れやすく細工しています!」
「…………」
相変わらず努力の方向が曲がっていた。
「センパイ?」
「……先に言っとくけど、俺は直さないからな」
「えぇ!?」
「切れたら自分で直せよ。ほら藤和、バス出ちゃうしさっさと行こうぜ」
「あ、はい」
「え、ちょ、ヒナ直し方は知らないんですけど!!」
……こいつアホだろ。いやまぁ当たり屋作戦を考えた俺が言うのもなんだけど。
そんなことを考えながらバス停に向かった。
「結構並んでますね」
花火がない夏祭りとはいえ、夏祭りは夏祭り。港のものほどでなくとも、多くの人が訪れるのだろう。現に俺達が乗ろうとしているバスも臨時便だ。
数分程度の待ち時間でやってきたバスに乗り込む。ちょうど二人分の席が残ったので姫宮と藤和を座らせ、俺はその傍らに立った。
姫宮の浴衣も下ろし立てらしく、しばらくは浴衣談義が続いた。
「なんでセンパイ浴衣じゃないんですかー」と非難されたところでバスは目的地に着き、祭囃子が微かに聞こえ始めた。
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