第7話(3/5)
姫宮が送ってきたのは、一枚の写真だった。
ジュースやお菓子を風呂ぶたに置いてはしゃぐ姫宮の自撮り。鎖骨から上しか見えないものの、ピースをする左腕につたう水滴や、わずかに上気した頬が扇情的だ。
俺は唾を飲み込むと同時に、こんなもの由優に見られるわけにはいかないと画面を伏せる。そして確かに洗面所からドライヤーの音が聞こえるのを確認してから返信を打つ。
ここで姫宮の身体に触れると負けた気がしたので、『楽しそうで何より』とだけ返した。
『今晩はピザも取っちゃいたいと思います!』
あ、それはちょっと羨ましい。
俺の家は四人家族で、晩ご飯を一人で食べることはまずあり得ない。それが恵まれていることは自覚しているが、一人で豪勢に楽しむというのにも憧れがあった。
なので少し意地悪をして返す。
『宿題もしろよー』
『うわセンパイが水差したー』
『めぇー!』という文字が添えられ怒った羊のスタンプが送られてくる。それもなぜか可愛らしいデフォルメされたイラストとかではなく、やたらリアルなやつだ。
『しかーし! お風呂なので水差されようと大丈夫なのです』
『なんだその理屈』
ニヒルな顔の羊のスタンプが送られてきた。
『ま、風呂場ではしゃぎすぎて風邪引かないようにな』
『分かってますよー♪ ではヒナはスマホでアニメ観ながらパーティするのでこれにてドロンです』
『はいはい』
それでLINEは切れる。姫宮とのやり取りはだらだらと続かないのが良いところだ。
俺も由優が洗面所空けたら風呂入ろうかなー、なんてことを考えながら漫画を再開した。
――そして翌日。
『センパイ、風邪引きました』
「アホだろお前」
思えば電話するのは初めてだなぁ、と思いつつ応対すると、第一声がそれだった。
馬鹿は風邪引かないと言ったが、馬鹿ほど風邪を引くのだと思った。
『アニメが予想外に面白くて、つい長風呂しちゃいました……。あとクーラー効かせた部屋でうたた寝を……』
「なるべくしてなってんな」
『うぅー……喉痛いです……』
「だったら電話じゃなくてメッセージ送れよ」
『それだと途中で力尽きそうで……』
姫宮がしゃがれた声で力なく笑う。
「そんな無理に報告せんでも……」
『あの、それはですね……』
姫宮は息を小さく吸うと、続けざまに言った。
『薬はあるんですけど食べるものがなくて……。あ、全くないことはないですけど、料理しなきゃいけない感じで……。出前もありますけど重いものばかりですし……。それでお話した通り今お父さんもお母さんもいなくて……結衣ちゃんとか吉澤先輩とかは部活だし何より風邪うつしたら悪いですし……えっと、つまり、その……』
あぁ、なるほど。
「見舞いに来いってことか」
『は、はい……申し訳ありません……』
「分かった」
『え、いいんですか!?』
「なんでそう意外そうなんだよ」
『だってセンパイのことだから、「自業自得だろ。一人で勝手に風邪引いたんだから一人で勝手に治せ」って言うかと……』
「やっぱ行かねーぞ」
『ごめんなさいごめんなさい! お願いしまっケッホゲッホ!』
「俺もそこまで性格悪くねーよ。……今日は予定もないしな」
ま、確かに自業自得だとは思うけど。
『えへへ。ありがとうございます』
「じゃ、とりあえず温かくして寝てろ」
『はい♪』
そして俺は、住所と買ってきて欲しいもの一覧をメッセージで受け取ると、『たぶん一時間くらいで着くと思う』とだけ返して、服を着替える。
「あれ? お兄ちゃんどっか行くの?」
「あー、うん、やっぱ外で飯食おうかなって」
姫宮の見舞いと言うとまた茶化されそうだったので誤魔化した。
「そかそか。気を付けてね」
「お前もな」
そう言って由優と別れ、俺は自転車に飛び乗ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます